68.出雲へ
出雲へ
翌朝、源太は従者五人に大八車を引かせ、八衛門の前に現れた。
八衛門は、五人の従者の姿を見て腰を抜かしそうになっている。
「げ、源太殿。後ろの従者方は、もしや地獄よりお連れになられましたか?」
「いえ、いえ。訳あって、この様な異様な風体を致しておりますが、この里の者でございますよ。」
五人は、着ている服こそ、どこの百姓とも変わらなかったが、その体格は皆、身の丈六尺を超え、がっしりとした筋肉をその着物の下に隠している事が一目でわかる。
そして、頬被りをした顔には、それぞれ意匠の少しずつ異なる般若の面を付けていた。
「なぜ、皆様がこの様なお姿をなさっておられるのですか?」
「その訳は、お聞きになられない方がよろしいかと。では、早速、出発いたしましょう。」
源太が、先に立ち、その隣を八衛門が歩く。大八車は大男たちが軽々と引いていく。
すぐに、古い社が現れた。源太達は、社の前に並ぶと、皆が揃って柏手を打ち、深々と礼をする。八衛門は、その様子を見て、慌てて同じように古い社を拝んだ。
一行は、そのまま社の脇を抜け、裏手に出た。そこには、大きな洞窟が暗く口を開けている。
「ここが、昨夜お話をされていた地下道ですか?」
「はい、ここから入ります。」
洞窟の中に入ると、急に周囲の空気が冷たく感じられた。洞窟は奥行きが八尺ほどで行き止まりになっていて、ごつごつとした岩壁に突き当たった。
八衛門は、おかしいとは思ったが、あえて口に出して尋ねる事が出来ずにいた。
「では、参りますよ。」
源太は、気軽にそう言うと、突き当りの岩壁に手を当て、岩を撫でるような動作をした。
同時に、目の前の岩壁が中央で縦に別れ、そこから白い光が漏れだした。
八衛門は、驚きの余り、その場に尻餅を付き、言葉を失って異様な光景を見つめていた。
岩壁は少し後ろに下がり、光の漏れてくる割れ目が、左右に動いていく。
岩壁の動きが止まった時には、丸い天井と壁で造られた地下道が、所々に灯された不思議な黄色の明かりに照らし出され、ずっと先に延びていた。
「では、お進みください。」
源太が、尻餅を付いている八衛門の手を取って立たせると、そのまま地下道の中に入って行き、その後ろを大八車を押した五人の般若が続いた。
「みんな入り終わったね。」
源太は、そう、確認の言葉を掛けると、少し後ろに戻り、壁に書かれた赤色の模様に触る。すると、開かれていた扉が、滑るように左右から閉じて行く。
完全に閉じ終えた扉には、全く隙間が見えなくなっていた。
「では、出雲へと向かいましょう。」
再び、先頭に戻った源太が、緩やかな下り坂になっている地下道を進み始めた。
八衛門は、促されるままに源太の隣を歩く。
般若面の男たちは、大八車が速度を上げすぎないように荷台に手を掛けてその後ろに続く。
周囲の景色は、白色の壁と前後に広がる丸い穴が見えるだけだ。
その中を無言で歩く息苦しさに八衛門は押しつぶされるような気分になり、源太に話しかけた。
「源太様。この明かりは、どのようにして灯されているのですか?」
「はい。『えにし』を力の源とした電灯と言うものらしいですね。」
「『デントウ』ですか。初めて聞きました。蝋燭や松明の明かりでは無いのですね。」
「そうなのですよ。エゲレスで考え出されたものだそうです。」
「火事にはなりませんか?」
余りに明るいと感じた八衛門が不安になって尋ねる。
「この明かりは、熱をほとんど出しませんから、心配は無用ですよ。」
「もう、どれほど進みましたでしょうか?」
そう尋ねられた源太は、丸い天井に目をやって、答えた。
「もう十町も歩きますと一里を過ぎます。」
「こう景色が変わらないと、時の過ぎ方がわかりませんな。」
「私もそうです。ですから、天井の所々に里からの距離を書かせております。
ほれ、あそこですよ。見えますでしょう。
一里と記された文字が、もう少し先に書かれております。」
そう教えられた八衛門が天井を見上げる。
成程、天井には一里の文字が大きく書かれている。
更に、沈黙のまま、足音だけが静かに響き、一行は代わり映えのしない地下道を、しばらく歩き続けた。
「八衛門殿。間もなく、中間の二里の所に辿り着きます。そこには、簡単な水場を設けて御座いますので、昼食がてら、一休みいたしましょう。」
そう源太が八衛門に声を掛けてきた。
「ああ、もうそんなに歩きましたか。」
と、答えた八衛門が、ほっとして答える。
「ほれ、先方に水場が見えましたよ。」
八衛門を励ますように源太が指をさした。
その場所には、街道にある茶店の様に、壁際に緋毛氈の敷かれた縁台が置かれていた。
そして、壁から突き出した樋から清らかな冷たい水が流れ出ている。
「ふう、ようやく二里ですか。なんとも不思議な道行きですな。
身体はまだ、少しも疲れては居りませんが、時の経つのが遅く感じられます。」
「申し訳ありません。昨日こちらの道をお勧めし、気苦労をお掛けしてしまいました。」
「いえ、何の。お気になさらずに。」
昼食を終わらせ、四半刻ほどの休息を取った一行は、残りの道のりを再び進み始めた。
一里と少し歩き続けた所から、坂の下りは徐々に緩やかになり、残り二十町を過ぎた所からは、一度平坦になり、最後の五町は緩やかな上り坂だった。
ようやく、出口と思われる、白銀の壁に突き当たった所は、完全に平坦になっていた。
「やれやれ、ご苦労様でした。まだ、外は暮れ六つにもなってはいないでしょう。皆さんは、五つ時頃まで、着替えを済ませて、しばらくここで時間を潰していて下さい。横の隠し部屋に着替えは用意させてあります。」
源太は、般若面の男たちに、そう声を掛けた
「八衛門殿と私は、先に出て、所用を済ませてまいります。
では、八衛門殿どうぞこちらへ。」
源太は、そう言うと、扉と思われる壁の側面に歩み寄り、おかしな印の書かれた場所に触れた。
この地下道に入った時とは逆に、正面の平らな壁が少し後ろに下がり、壁が左右に音もなく分かれて行く。
その向こう側は、天然の洞窟のようで薄暗く見えた。
「八衛門殿、扉が閉まりましたら、目が慣れるまで動かないでいてくださいね。」
「はい。」
源太が、岩壁の上に手を滑らせると、岩の扉がピタリと閉じ、真っ暗になった。
暫くの間、八衛門は目を閉じた。
「もう目を開けても大丈夫ですよ。」
八衛門が、そっと目を開けると、洞窟の出口と思われる方向に薄明かりが見えた。
「ここは、まだ暗いので、足元に気を付けてください。」
そう言うと、源太は、出口の明かりに向かって歩き出した。
八衛門は、慌ててその後に続く。
数歩で、出口の明かりがはっきりと見えだした。
出口の上にしめ縄が張られている。
「おや、ここは?」
完全に洞窟の外に出て、周囲を見渡した八衛門は、驚きの声を上げた。
その場所は、八衛門にとって見慣れた場所だった。しかし、恐ろしくて、一度も近寄った事も事の無い場所だった。
「源太様。こ、ここは…。」
「そう、黄泉の比良坂でございますよ。」
「何と恐れ多い事を。貴方様は…。」
「この場所であれば、誰も好き好んで入り込みは致しませんでしょう。」
源太は、殊更、悪びれた様子も見せずに答えた。
「ささ、ここからならば、本間様のお屋敷もすぐですよ。
私は、他の手配が有りますので、これにて失礼を致します。」
そう言い、礼をすると、源太は入り江の方角へと歩み去って行った。
八衛門は、しばらくの間、この事を主人に報告すべきか迷った末、何も見なかった事にしようと心に決めた。




