64.ブラックスワン号の見学会
また、時代が変わります。ブライトン二世号とブラックスワン号が、広州で落ち合った後のお話に戻ります。色々と時間の流れが飛び飛びになり、申し訳ありません。
ブラックスワン号の見学会
広州でブライトン二世号と無事に落ち合ったブラックスワン号は、形式的に貿易品の取引を済ませ、水、食料の補充を終えた。
ただ、その後、船の乗組員の大幅な入れ替えが行われていた。
「いいか、見習い水夫達。お前らは、ここを出た後は、長崎には向かわない。長崎に入るのはブライトン二世号だけだ。」
「では、私たちはこれからどうするのですか?」
マシューが、グレイ船長に尋ねる。
「ブラックスワン号は、今回の目的を達成するまで、ジパングの小島の中に隠し、乗組員は全員、『えにし』の隠れ里に逗留する。期間は今の所、決まってはいない。」
「隠れ里じゃ何をして過ごすんだ、いや、過ごすんですか?」
サムが、グレイの一睨みで語尾を言い直した。
「そうだな、先ずは、地元の人々の言葉を覚えろ。ついでに読み書きもだ。」
「分かりました。グレイ船長。」
エドモンドが、よく理解していない表情でグレイに答えた。
「では、船内を案内させる。ハンス。こいつらの事を頼む。」
「分かりました。グレイ船長。」
ブラックスワン号の甲板長ハンスが、張り切って答えた。
「よし、お前ら。ついて来い!」
ハンスの案内でブラックスワン号の見学会が始まった。
「まず、船底の機関室から案内しよう。」
「機関室?何ですかそれは?」
ルークが、聞きなれない言葉に反応した。
「は、見ればわかる…。訳は無いか。着いたら簡単に説明はしてやるよ。」
ハンスは、にやにやと笑いながら船尾側のミズンマストの側の小さな小屋に取り付けられたドアを開いた。
ドアが開かれた先には、金属製の階段があった。
「すげーな。階段が木じゃねーぞ。」
気付いたルークが、驚きの声を上げる。
「ルーク、よく気が付いたな。ブラックスワン号のほとんどは、『えにし』鋼で造られているんだ。さっき通った扉もそうだぞ。」
「船が、鉄で出来てるんですか?なぜ沈んでしまわないのですか?」
イースが不思議そうに尋ねた。
「それがな、船の中に空気が一杯に入っているから、らしい。空気がたくさん入った革袋の口をしっかり閉めておくと、水に沈められねーだろ。それと同じこった。」
「革袋と鉄じゃ、比べ物になりませんよ。」
ハンスが、困ったように答えた。
「俺だってよく分からねぇんだ。だが、マルジンたち科学者に取っちゃ、それが当たり前らしいぞ。」
階段を降り切って、下のフロアに着いたサムが気付いた。
「ハンスさん。ここは、少し涼しくないですか?」
「おう、気が付いたか。ブラックスワン号の船殻は、超強度の『えにし』鋼と、熱の出入りを邪魔する『えにし』鋼の二枚が、張り合わされて出来てんだ。だから、甲板から下の部分の気温はいつだって、二十三度程度になっている。」
「へぇ~。」
見習い水夫組の全員から、期せずして同じ声がこぼれた。
ハンスは、構わず(それ以上の質問が出る前に急いで)ずんずんと下のフロアにつながる階段を下りて行った。
「さあ、着いたぞ。ここが、第四『機関室』だ。ここと同じような設備が、この隣と、他にも船首側に二つある。」
「ここは、何に使うんですか?」
イースが、自分の背丈よりも少し大きい、丸い物体を見上げながら聞いた。
「うむ、この丸い容器の中には蒸気機関で海の水が無理やり、大量に詰め込まれている。その水を、ほら、ここの筒で、船の外に噴出させると、船がその勢いだけで動くんだ。
だから、ブラックスワン号は、この機関を使えば、引き船に引かれなくても前にも、横にも、後ろにも自由に動けるんだぜ。」
「あれ、広州では、港の引き船に引いてもらって、接岸していましたよ?」
「ああ、この機関を搭載している船は、世界でもブラックスワン号だけだからな。世間には秘密にしるんだ。」
「へぇ~。」
また、見習い達全員が、声を合わせたように感嘆の息を漏らした。
「よし、次は厨房だ。行くぞ。」
ハンスは、得意げな表情を浮かべ、一つ上のフロアへと戻って行く。
「あれ?チャンさんもこちらの船に移動したんですか?」
厨房には、ブライトン号で世話になっていた料理人のチャンが、仕事をしていた。
「違うあるね。ブライトン号にいるのは私の弟ね。呼ぶ時は面倒だから、同じチャンでいいあるよ。」
ブライトン号のチャンの姿を思い浮かべ、違いを探そうとしたが見つからない。
「この船では、食事は全員、厨房の隣の食堂を使うよろし。グレイ船長の方針あるね。」
ハンスが、厨房の隣の部屋のドアを開けて案内を続けた。
「ここが、食堂だ。」
その部屋は、長方形の広い部屋で、長テーブルと椅子がずらりと並んでいた。
「この部屋は、食事以外にも、船長が、全員に指示を出す時にも使われる。食堂に集合の命令が出た時は、全員ここに集まれよ。」
ハンスは、食堂のドアを閉めるとさらに上のフロアへと向かった。
階段を上った先に広がる廊下の両脇には、いくつものドアが並んでいる。
「ここが、君たちの部屋の有るフロアだ。デッキからすぐ下の層だな。」
ハンスが、廊下を船首方向へと向かって歩き出した。ドアの上にはそれぞれ部屋の名前か番号を記したプレートが付けられていた。船医室、主計長室、航海士室、その後は、201から左右向かい合わせに202。向かって右が奇数、左が偶数になっている。
215のプレートが付けられたドアの前でハンスが、立ち止まった。
「さあ、ここが君たちの部屋になる。」
そう言ったハンスは、ドアを大きく開いて見せた。
ルーク達は、ハンモックの吊るされた部屋があると勝手に想像していたが、全く違っていた。
ドアの正面の壁には、丸いガラス窓がはまっていて、その向こうには広州の港の光景が広がっている。左右の壁には、それぞれ、三段のベッドが取り付けられていた。
「本来、この部屋の定員は六名なのだが、現在、ブラックスワン号の乗員は定数より少し少ない。だから君たち五人でこの部屋で寝てもらう。ベッドの場所は、みんなで相談して決めなさい。」
「俺は、一番上がいいな。」
サムが、最初に希望を述べた。
「馬鹿と煙はやっぱり高いところが好きなんだな。」
エドモンドが茶化す。
「俺は、右の一番下を貰うぜ。」
イースが、早い者勝ちで、ベッドに荷物を置いた。
こうして、それぞれが自分の希望のベッドに荷物を置いたところで、ハンスが言った。
「では、このフロアの他の部屋を案内しよう。」
さらに、数ヤード船首側に向かうと、突き当りに二枚のドアが並んでいる。
ドアの上には、『大砲室』のプレートが両方に取り付けられていた。
ハンスは、左のドアをノックして声を掛けた。
「アレックス。いるかい?見習い水夫を連れてきたんだが。」
「ああ、入ってくれ。」
ドアの向こうから、すぐに返答があった。
ハンスが、ドアを手前に引いて開けると、その向こうには、船首の形に添って壁が湾曲した部屋があった。そして、一番に目を引いたものは、白銀に輝く二門の大砲だった。
「ようこそ。慈悲深い大砲の住処へ。」
そう言って迎え入れてくれたのは、明るい金髪に同じく明るい緑の瞳を持った、いかにも軍人、という風格を持った、グレイ船長と同じ年頃の落ち着いた風貌の人だった。
「やあ、アレックス。紹介するよ。見習い水夫達だ。左から順に、イース、ルーク、サム、エドモンド、そしてマシューだ。追々顔と名前は憶えてやって下さい。
こちらは、主砲長のアレックスさんだ。グレイ船長とは、軍隊時代に一緒に反乱に参加された強者だよ。」
「おい、ハンス。いい加減その紹介は止めてくれないか。俺は、グレイ程の暴れん坊じゃないぞ。」
「分かりましたよ。また、大事なお嬢さん方のお手入れですか?」
「ああ、マルジンたちが色々と手の込んだ装置を思いつく限り取り付けてくれたんで、点検が大変なんだよ。」
イースとエドモンドが、目の前にある風変わりな大砲に目の色を変えていた。
「とても変わった大砲ですね。もしかして、砲弾と炸薬は後込めなのですか?」
「良く分かったね。そうだよ。
そして、砲身は、砲撃反動を自己吸収できる装置が付けられている。このおかげで、一分間に三発は発射できるんだ。」
「開発部が取り組んでいる噂は一度聞いた事がありましたが、完成していたんですね。」
エドモンドが、感嘆の声を上げた。
「ジュニア。これってそんなに凄いの?」
「サム、その呼び方は止めろって、何度言ったら分かんだ!
この大砲は、最新式の夢の大砲なんだ。スゲーんだぞ。」
「もしかして、エドモンドは、エドの息子かな。」
「ああ、そうだ。で、エドの奴は息子と同じ船に乗るのは恥ずかしいって、ブライトン号に逃げていきやがった。」
「エドらしいな。ジュニア、この大砲に興味があるんなら、暇な時に見においで。色々教えてあげるよ。」
「アレックスさんも、ジュニアは勘弁して下さいよ~。
でも、ぜひゆっくり大砲は見せて下さい。よろしくお願いします。」
「ああ、了解した。ジュニア。」
「だから、ジュニアは…。」
『大砲室』を後にした一行は、最後に甲板に戻って来た。
「今日の案内の最後は指令所だ。」
そう言うと、ハンスは、フォアマストの前に鎮座しているガラスの部屋へと向かった。
「失礼します。船長。見習いの案内が、一通り終わりました。」
ガラスの部屋に入ったハンスは、敬礼して、グレイに報告した。
グレイは、答礼を返して、
「ご苦労様、ハンス。ありがとう。」
「見習い達。ここが最後の見学所だ。ここは、指揮所と呼んでいる。この部屋で、航路の確認と、操舵が全て行われるんだ。」
「操輪は船尾ではないのですか?」
イースが、驚いて尋ねた。
「ああ、この部屋で、全て船の操船が行える。ブライトン商会開発部の苦心の賜物だ。」
「そ、それは凄いです。本当にブラックスワン号は夢のような船ですね。」
イースの興奮が収まらない。
「では、見学はこれで終了だ。夕食は、七時に食堂で取れ!
それまでに甲板の清掃を完璧に済ませておけ。では、掛かれ!」
「はい、分かりました船長。」
全員が、敬礼をすると、自分たちの仕事に取り掛かった。




