イースの疑問とカルチャーショック
イースの疑問とカルチャーショック
航海も丸二か月も過ぎると、サムたち見習い水夫達も、日々の仕事にも段々と慣れていた。
ある日、サムとイースは一緒に見張り当番をしていた。
「なあ、不思議だと思わないか?」
「イース、いきなり何だよ?」
「俺は、小さい頃からずっと漁師として船の上で暮らしてきた。船の上で暮らす時に、一番大事なものは何だと思う。」
サムは、しばらく考えてから答えた。
「魚が、たくさん取れるか、どうか?」
「いや、違うよ。一番は水だ。」
「なんで?」
「漁をしていると、時には、嵐にあって、遭難しかけることもある。何日も小さな船で海を漂うこともある。その時に、飲み水がなけりゃ、命に係わる。」
「海の上だから、周りは水で一杯じゃねーか。」
「馬鹿野郎、海の水なんて飲んだら、喉が渇いてすぐに死んじまうぞ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「ああ、だから船に乗る時には、飲める水を余分に準備して、節約して使うんだ。」
「で、何が不思議なんだよ。」
「いや、この船はでかいけど、そんなに水を積んでいないんだよ。
でも、誰も水を節約しろとは言わないだろ。」
「ああ、樽には、いつも新鮮なうまい水が、たっぷり入ってるしな。」
「で、毎朝その水で顔を洗える。」
確かに不思議なことだった。水はどこから調達しているんだろ?
「それと、もう一つ。船乗りは航海中、普通は塩漬けの肉や、魚しか食えない。
塩漬けにしとかないと食い物はすぐに腐っちまう。
ところが、俺たちは、豪華じゃないにしても、新鮮な肉や魚を毎日食わせてもらっている。それに、野菜も新鮮だ。
こんな事は、普通じゃあり得ない。」
「じゃあ、見張り当番が終わったら、チャンさんに聞いてみようぜ。」
「ああ、そうだな。」
二人は、その後も鐘がなるまで、見張り台の上で、周囲の見張りを続けた。
「チャンさん、ちょっと教えてほしいんだけど、良いかな?」
「いきなり、何あるか?」
「うん、この間、補充した水があるじゃないか。
でも、俺たちはそれよりたくさんの水が使えているような気がするんだ。どうしてだろ?」
「それは、ブライトン商会の商品開発部のお陰あるよ。」
「へ、どういうこと?」
「去年から、この船には海水の浄化装置が付けられたある。」
「海水の浄化装置?」
「海の水を入れておくと、おいしい水と、塩が出来てくるあるよ。おかげで、船長や航海士殿、船医殿は、自分の部屋で、水浴びもできるね。」
「もしかして、この船にも、『水道』や、『シャワー』があるの?」
「おい、何だよ、その『水道』とか『シャワー』って?」
イースが、話についてこれずにサムに尋ねた。
「ああ、俺たちの暮らしてた孤児院は、ブライトン商会の新商品開発の実験場になっていたんだ。
あそこでは、『蛇口』ってのを回すと水が出てくる『水道』や、暖かなお湯を浴びられる『シャワー』が使えてたんだよ。」
「そんな、魔法の道具があるのか?」
「ま、魔法じゃないらしいけどな。それじゃあ、この船には冷凍室や冷蔵室もあるとか?
「もちろんあるよ。」
チャンが事も無げに答えた。
「何なんだそれは。」
「うん、冷凍室の中は真冬みたいに寒くって、真夏でも中の物が凍り付くんだ。
で、冷蔵室は、少し寒いけど、凍るほどじゃなくて、野菜や、チーズ、バターを腐らせずに保存できる部屋だよ。」
「し、信じられない…。」
イースは、放心して部屋に戻ると、ハンモックの上で仰向けになり呆けていた。
そこに、エドモンドが帰ってきた。
「なあ、ジュニア。お前は親父さんから、海水の浄化装置やら、冷凍室の話を聞いたことがあるのか?」
「ああ、この航海に出る前に、親父がそんな事を言ってたな。
ブラックスワン号には、他にも、すごい新商品が積まれてるらしいぜ。」
マイクが、甲板で夕日が水平線に沈む様子を眺めていた。
サムは、マイクに質問がしたくなり、後ろから声をかけてみた。
「マイクさん。ちょっとお聞きしても良いですか?」
振り返ったマイクが、無言で頷いた。
「ブライトン二世号も、ブラックスワン号も寄港先で必ず新しい水を積み込みますよね。
でも、さっき、チャンさんに聞いたら、この船には、海水から真水を造る機械が取り付けられているそうじゃないですか?
何故、わざわざお金を出して、水を積み込むんですか?」
「ああ、その事か。理由は二つある。
まず、第一に、海水浄化装置は、まだ一般に販売していない、秘密の商品だからな。俺たちも、普通に水を積み込んで、間違っても疑われない為だ。
だから、この船を降りたら、絶対に、この話は喋るなよ。
で、第二の理由は、船長からの命令だからだ。
見習い水夫が、重たい水樽を担いで船を上り下りすれば、いい訓練になるからだとさ。
お前たちが積み込んだ水は、一週間もしねぇうちに全部使い切っちまうがな。」
「第一の理由は、納得出来ました。ただ、第二の理由は納得出来きません。
くそう、グレイの野郎、俺たちをいびる為かよ。」
サムの頭に拳骨が落ちた。
「馬鹿者。船長の名前を呼ぶ時は、必ず、グレイ船長と呼ばんか!
そして、水運びをさせているのは、グレイ船長の親心だ。感謝しておけ。
マルジンたち科学者が、色々な機械を発明してくれたおかげで、航海中の生活は、驚くほど良くなったのは確かだ。
それまでは、腐りかけた水を大切に飲んで、体を洗えるのは雨が降った時だけだった。
ビスケットには、しばらくすれば虫がわくし、肉も塩辛いカチカチに固まったものしか食えなかった。
酷い時は、半分腐ってやがった。
食い物についちゃ、お前たちは、本当に恵まれてるんだよ。」




