正体不明の敵
正体不明の敵
「平本さん。敵がようやく罠にかかりました。」
いよいよ、夏が本番となり、まだ、暑さの残る帰り道を平本が歩いていると、ナナが唐突に話しかけてきた。
「敵?何のことだい。」
「もうお忘れですか?私と同型のパーソナルAIが、乗っ取られた件です。」
「あ、そんなこともあったっけ。」
「私が作り出した、セキュリティに脆弱性を持たせた疑似AIにアクセスがりました。
今回も模造の『えにし』が使われているようなのですが、おかしな点があります。
発信源が西暦千九百年前後の時代からなのです。この時代には、当然生体脳との同調チップもAIも物資的に存在していません。」
「あれ、正規の『えにし』が周辺にあれば、偽物は、コントロールできるんじゃないの?」
「この時代では、まだ、『えにし』が、そんなには普及していません。
模造『えにし』が、誰も住んでいない荒野に置かれていたり、または、巧妙にその存在を隠蔽されているのか、周囲の正規の『えにし』のコントロール範囲には、捉えられ ません。
また、存在年代についても1900年から1940年頃というだけで、その都度違う観測結果になっています。」
「また、厄介そうな話だね。」
「さらに、厄介なことに、どうもマシューたち孤児を狙っているようなのです。」
「また、マシュー達狙い?何でだろう。」
「彼らの中に、後の歴史的出来事で、犯人にとっては、都合の悪い活躍をする人が含まれている、と推測できます。」
「また、悪霊が出てくるの?」
「いいえ。今回は、その時代に生活している人間に直接干渉しようとしています。」
「じゃあ、誰かが犠牲になる前に阻止しないとね。今夜にでも行けそう?」
「はい、そうしましょう。」
ポーツマス港へ
ルイスが開いてくれたパーティの翌朝、サムたちが荷物を持って、玄関を出ると、玄関先には、馬が四頭つながれていた。
鞍も載せられて、いつでも出発できる状態だ。
一頭の馬上には、グレイが既に乗っている。
「準備はいいな。どれでも好きな馬を選んで乗りな。馬に乗れない奴はいないよな?」
グレイの顔には、挑発するような、試すような表情があった。
「もちろん、みんな馬ぐらい乗れますよ。」
サムが、『見くびるな』という表情で、一頭の馬にまたがった。
グレイは、全員がきちんと馬に乗ったことを確かめると、出発の号令をかけた。
「最初は、並足でゆっくり行けばいいぞ。その間に、それぞれの馬の癖を掴んでおけ。」
孤児院の玄関には、ルイスとマリー、そして他の子供たちが並び手を振っている。
「みんな、気を付けてね。」
シェリーが精一杯の笑顔を作って声をかけるが、既にその目は潤んでいた。
「ルーク、元気でね。」
「マシュー、きっと帰ってきてね。」
「サム、頑張れよ。」
と、最後にニックがかけた言葉に、サムが応じる。
「ニック、お前こそ頑張んな。じゃあな。」
グレイを先頭に一列になり、馬が歩き始めた。
残された子供たちは、四人が街道の角を曲がり、姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
「ポーツマスは、みんな行ったことはあるな?」
「はい、グレイさん。」
マシューが、生真面目に答える。
「小さい頃から、何度も行ってるぜ。」
と、ルーク。
「おい、ルイスから、大人の人には丁寧な言葉で話すよう躾られていないのか?」
「グレイさん。申し訳ありません。こいつらは言葉が汚くて。」
「ま、いいさ。俺もガキの頃は、そんなもんだった。」
(グレイ、お久しぶりです。ちょっとお邪魔しますよ。)
(ナナか?)
(はい。)
(て、ことは、平本もいるのか?)
(久しぶり。お邪魔するよ。)
(で、今度は何だ。)
(今、連れている子供たちが、また狙われているんです。)
(また?そう言えば、ルイスが、そんなこと言ってたな。だが、こっちには、そんな情報は流れてきてないぞ?)
(事前に襲撃を準備していた訳ではないようです。)
(分からんな。簡単に説明してもらうことはできるか?)
(はい。では、簡単に。
ポーツマスの街の二マイルほど手前に、盗賊がいます。その盗賊の精神が、何者かに乗っ取られ、こちらを襲ってきます。)
(何者かって、誰だ?)
(全く分からないのです。適当に、そこにいた人間の心を乗っ取ったとしか思えません。)
(厄介だな。)
(どうします?また、視野を切り替えますか?)
(ああ、あれか。そうだな、頼む。)
平本とグレイの視野が共有され、視界の左上に敵の位置が表示された。
(四人だけか。それぐらいなら何とかなるだろ。)
(それが、心を乗っ取られた時に、潜在能力が一部開放されています。)
(げ、そんなこと、お前ら以外にもできたのか?)
(はい。私も驚きましたが、潜在能力を制限しているのは、心なので、理論的には可能です。)
(で、潜在能力が全開の相手ってことか。)
(それが、そうでもありません。人間の本能が自己防衛のために抑えている部分もありますから、せいぜい六割程度の解放ですね。)
(そうか。後ろのガキどもがいなきゃ、何とかなるんだが。守りながらになると不利だな。
そうだ、平本の力で、ガキたちの動体視力と反射神経だけ、潜在能力を開放できねぇか?)
(え?三人まとめて?そんなこと…。)
(平本さんと私であれば可能です。全開にしますか?)
(いや、そこまでは必要ないだろう。六割か七割ってところか。)
(おいおい、ナナさんや。そんなこと安請け合いして、いいの?)
(オコナー大尉の時のように、平本さんの意識の一部を、三人に子供たちに引っ付けます。今回は、動体視力と反射神経だけですから余裕ですよ。)
(また、人の意識を粘土みたいに扱う…。)
(大分近づいてきたな。
ガキらには、俺から説明する。
こいつらも、戦闘訓練は相当に積んでるからな。余裕で倒せるさ。)
「おい、お前ら。何か武器は持ってるか?」
「武器ですか?そんな物は、持たされていません。」
即座にマシューが答える。
「どうも、もう少し行くと盗賊どもが襲ってくるらしい。丸腰で戦えるか?」
「武器にはならないけど、『エニシ』鋼のナイフなら全員持ってるぜ。こいつがあれば、盗賊の武器ぐらい簡単に防げるさ。」
サムが、気軽に答えた。
「馬鹿野郎。相手は何度も実践を経験している連中だ。油断するな。
だが、『えにし』鋼か、確かに役に立ちそうだな。
いいか、お前ら。
今から戦いが終わるまで、周りの物の動きがいつもより、ゆっくり動くように、見る力を解放してやる。戦いが始まるまでに慣れておくんだ。」
(平本、ナナ。頼んだ。)
(では、始めるよ。)
「うわ、すごい。本当に、動きが遅く見える。」
ルークたちが、口々に、変化に対して驚きの声を上げる。
盗賊の姿が、はっきりと見えるところまで近づいていた。
「お前ら、馬を降りて、ナイフを抜いとけ。」
「あいよ。」
サムが、気軽に答えると、馬から飛び降りてナイフを抜いた。
ルークとマシューがそれに続く。
盗賊が、十ヤード程の距離に迫っていた。
グレイも馬を降りると軽く身構えた。
盗賊が、声も上げずに腰の剣を抜くと走り寄ってくる。
「全員、それぞれの距離を開けて、ばらけろ。一人が、一人の分担な。一撃で気絶させろ。」
サムたちは、言われた通り、それぞれ距離を開けて迎え撃つ。
まず、最初に攻撃を受けたのはルークだった。
ルークは、敵の剣をナイフで受け止めようとしたが、『えにし』鋼のナイフは、敵の剣を切り落としていた。
予想外の出来事に、一瞬慌てたルークだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、ナイフの柄で相手の後頭部を強打して、昏倒させた。
その様子を横目で見ていたサムは、すぐにナイフを鞘に戻し、横なぎに振るわれた剣を一歩後ろに下がって躱すと、すぐに踏み込み盗賊の顎を下から殴り上げた。男は、膝から崩れ落ちる。
マシューは、サムをまねてナイフを鞘に納めると、訓練通り、剣を頭上に大きく振りかぶった敵の懐に素早く踏み込み、相手の鳩尾に全体重を乗せて肘をめり込ませた。
グレイは、少し後ろに下がり、三人の戦い方を、満足げに見ていた。
そして、残りの一人が振り上げた剣の柄を片手で受け止めると、男を両腕で高く持ち上げ、背中から地面に叩きつけた。
「すげー、荒っぽいな。」
「うん、狂暴そうだ。
「力技かよ。」
三人が、それぞれに思ったことを口にしたところで、グレイが言った。
「最近、暴れてなかったからな。ストレス発散だ。」
(グレイ。ありがとうございます。これで、盗賊たちの精神は解放できました。)
「よし、片付いたな。おい、小僧ども。この革紐でこいつらの手足を縛っとけ。」
グレイは、ポケットから革紐を取り出して、子供たちに手渡した。
(ナナ。もしかして、気絶させなくても精神の解放はできたんじゃないか?)
(はい。平本さんの能力の方が、はるかに高いので、それは簡単にできました。
ただ、精神を支配している者の気を、戦いの方に逸らせている間に、敵の居所を探りたかっのです。おかげで、大体の居所は割り出せました。)
(じゃあ、今日はこれでお終いかな。)
(そうですね。グレイ。お邪魔しました。)
(ああ、まあ助かったよ。ただ、こいつらが、自分の実力を勘違いしなきゃ良いんだが。)
(じゃあ、俺たちは帰るよ。)
「よし、お前ら、今日のところは、褒めておいてやるよ。相手が丸腰だったら、俺が余計なことをしなくても、一人ずつなら余裕だったな。」
「別に、武器を持ってても一緒だよ。」
サムが、不満げに言い返す。
「馬鹿野郎!今日は、相手の動きが、遅く見えるようにしてやったから、余裕で倒せただけだ。
まだまだ、お前らは、修業不足なんだよ。これから、しごくからな。覚悟しとけよ。」
ポーツマスの街の入り口で衛兵に盗賊の回収を依頼し、四人は港へと向かった。




