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Enisi  作者: 中田 敦
ブラックスワン号編
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47/208

サムたちの門出

     サムたちの門出


 この日の勉強と訓練は、なぜかいつもより早くに切り上げられていた。

 訓練が終わった後、ルイスは、ルーク、サム、マシューを自分の書斎に呼び出した。

 そこには、ルイス以外に、もう一人見慣れない男が一人座っていた。

 日に焼けた褐色の肌と、黒髪。意志の強そうな茶色の瞳。そして、引き締まった長身の男だった。

 「やあ、ご苦労さん。よく来てくれた。紹介しよう、こちらがジョン・グレイ船長だ。」

 グレイは、部屋に入って横一列に並んで立っているルークたち一人一人を、値踏みするように静かに見ていた。そして、唐突にイタリア語で語りかけた。

 「やあ、初めまして。私がジョン・グレイだ。」

 「イタリアの方でしたか、初めまして、私はマシューと申します。」

 マシューがすかさずイタリア語で返答した。

 すると、グレイは、今度はドイツ語で喋りだした。

 「他の二人も名前を教えてくれないか?」

 面食らったが、ルークとサムは、流暢なドイツ語に切り替えて答えた。

 「始めまして、僕はルークです。」

 「初めまして、私はサムと言います。」

 「うむ、素晴らしい。ところで、フランス北部の言葉は使えるかね。」

 グレイは、今度はフランス語に切り替えて問いかけた。

 「小さい頃から、毎日練習をしてきましたから、フランス語も南部・北部とも問題ありません。」

 サムが、挑戦的な瞳の色を浮かべて答えていた。

 「よし、言葉は、全員合格だな。ルイス先生は、他は何を教えてくれた?」

 今度の問いかけは、英語だった。

 「はい、各国の言葉を使った読み書きと、基本的な算術は一通り習いました。」

 「他には、大工仕事も最近身に付けました。」

 「でも、一番厳しかったのは格闘術です。」

 三人が、それぞれ代わる代わるに、英語で答えていた。

 「さすが、ルイスだね。」


 「あなたは、僕たちを買いに来られたんですか?」

 サムが、気後れすることもなく、正面からグレイの目を見て問いかけた。

 「うーん、少し違うかな。俺の船の乗組員として雇いに来た。」

 「私たちは、船に乗ったことはありません。」

 「それは、大丈夫だろう。俺も似たようなものだった。船大工として船の造りは大体知ってはいたが、俺も十四で初めて航海に出たんだ。

 お前らには、これから船乗りとして、一から修業してもらう。」

 「売られる訳ではないのですか?」

 「ああ、俺は、人を売り買いするような人間は大っ嫌いだ。」

 静かに横から話を聞いていたルイスが、子供たちに語り掛けた。

 「お前たちをこの孤児院に引き取るにあたって、ルークとサムは確かに金を出して買い取った。

 しかし、それは、お前たちを財産の一部と思い込んでいる大人たちを納得させるためだ。

 奴隷として育ててきたつもりはねえぞ。」

 「シェリー達は、これからどうなるんですか?」

 マシューが、ルイスに尋ねた。

 「ああ、シェリー達、女の子は、もうしばらくここで礼儀作法や、貴族並みの教養を身に付けてもらう。それが終わったら、本人たちが気の済むまで、ブライトン商会の店員として働いてもらう予定だ。」

 「では、彼女たちも売られることは無いのですね。」

 サムが念を押した。

 「ああ、ここまで丹精を込めて、自分の娘として育ててきた子たちだ。本人が幸せだと思える一生を送らせてやりたい。」

 「分かりました。で、俺たちはいつから船に乗ればいいのですか?」

 「グレイ、いつからにする?」

 ルイスが、グレイに問いかけた。

 「ああ、明後日の朝には、ここを出て船に向かう。準備をしておいてくれ。」


 翌朝、ルイスが孤児院の子供たちを全員集めて、昨夜のことを報告した。

 話を聞き終えたクレアが、離れ離れになるのが嫌だと大声で泣きだし、マシューにしがみついた。そして、つられたニックとテッドがすすり泣きを始め、ローザは、まだ、話の内容が理解できていないにも関わらず、シェリーに抱き着いて泣き始めた。


 「さあ、ルークもサムもマシューも、一人前の船乗りになれば、また帰ってこられる。

 今夜は、次の再会を祈ってパーティにするぞ。さあ、みんな、準備だ!」

 ルイスの掛け声で、それぞれが手分けをして、パーティの準備が始められた。


 質素だが、子供たちにとっては御馳走が並んだテーブルを囲み、子供たちが、別れを惜しみ、再会を誓っている様子をルイスは、グレイと酒を酌み交わしながら眺めていた。

 そこに、サムが近づき声をかけてきた。

 「ルイス先生。今日まで本当にありがとうございました。

 修道院に来た時に、俺は、ルークに、大きくなったら売られるんだ、と教えられていました。シェリーも同じです。

 でも、そうじゃなかった。先生は、本当に俺たちのことを自分の子供として育ててくれた。このご恩は、一生忘れません。」

 突然のサムの言葉にルイスの口から、嗚咽がこぼれた。

 「サム。お前は、これから俺の下でジェントルマンを目指すんだ。それが、ルイスに対する一番の恩返しになる。」

 グレイが、サムの両肩を大きな手で優しく掴み、真剣な表情でそう言った。

 「はい。頑張ります。」

 ルイスの視界が涙でぼやけた。

 「ルイス先生。俺たちもサムと同じです。きっと立派な男になって帰ってきます。」

 「それまで、シェリーや、他のチビ達をよろしくお願いします。」

 ルークとマシューが、いつの間にかサムの背後に立ちルイスに声をかけた。

 ルイスは、たまらず三人をまとめて抱きしめ、嗚咽を漏らし続けた。


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