グレイとサム
グレイとサム
「よし。着いたぞ。倉庫の横にある厩に、馬はつないでおけ。馬の世話は厩の人間に任せて構わない。
自分の荷物を降ろしたら、ここに戻って来い。」
グレイは、そう言うと、倉庫の中に入って行った。
マシューは、自分の乗ってきた馬と共に、グレイの馬の手綱を引いて厩に向かう。
「なんか、威張ってないか?アイツ。」
サムが、不満げにルークに話しかける。
「しょーがねえだろ。俺たちの雇い主で、船長だって言うんだから。」
サムたちが、倉庫の前に戻ると、グレイは、既に用事を済ませ待っていた。
「おめーら、ちんたら歩いてんじゃねーぞ。行動は、常に素早くしろ。」
「なんだよ。さっきから命令ばっかりしやがって。」
サムが、不満を漏らした瞬間、頭に拳骨が降ってきた。
「痛え。何すんだよ。」
「まだ、よく解ってかってねえ奴がいやがる。船乗りにとって、船長の命令は絶対だ。逆らうんじゃねぇ。」
サムは、俯いて舌を鳴らした。
「サム、お前は言葉遣いの練習が必要そうだな。分かったら、『分かりました。船長』と言ってみろ。」
「分かりました。船長。これで良いんだろ。」
再び、サムの頭に拳骨が降った。
「後の一言が、余分なんだよ。馬鹿やってねえで、行くぞ。他の連中が待ってる。」
スタスタと歩き出したグレイの後を、三人が慌ててついて行く。
グレイは、そんなに速足で歩いているように見えないが、三人は、追い付く為に小走りにならなければならなかった。
船の側には、大男が一人と、サムたちと背丈の変わらない少年が二人待っていた。
「マイク、ご苦労。待たせたな。」
「いいえ。船長。私たちも、今来たところです。」
マイクと呼ばれた大男が敬礼をして答えた。
「君たちが、エドモンドとイースだね。」
「はい、船長。」
二人が元気よく答える。
「こいつらは、ルーク、サム、マシューだ。色々教えてやってくれ。」
「はい。分かりました。船長。」
ポーツマスの港の北端に位置する埠頭に、二隻の遠洋航海用の商船が舫われている。
一隻の船名は「ブライトンⅡ」と船首と艦尾に書かれていた。少し型は古いが、船足の速いクリッパーだ。
そして、もう一隻は船体が、全て黒色に塗装された新しい船だが、通常のクリッパーとは、少し異なる不思議な形をしている。
三本のマストは、全体に少し船尾側に偏って立てられていた。そして、船首側のフォアマストの前に、ガラス窓で囲まれた部屋が鎮座している。おかしな格好だ。
「見習い水夫は、今回の航海では、君たち五人だ。仲良くするように。
君たちは全員、ブライトン二世号に乗り組んでもらう。
マイク、済まないが、こいつらの面倒を見てやってくれ。」
「はい、分かりました。船長。」
再び、マイクが、敬礼をして答えた。
「では、俺はブラックスワンの方を見てくる。」
グレイは、そう言い残すと風変わりな船の方へ歩き去った。
源太の悩み
「うーむ。困った。どうしたものか…。」
『えにし』の隠れ里の長である源太は、頭を抱えていた。
問題の始まりは、前回、イギリスからやって来たグレイの頼みの事だった。
グレイが、この里を訪れたのは二度目だが、信義に厚く信頼のおける人物だった。
その上、姉の綾からも「何卒、頼みます。」と書かれた手紙を持参していた。
「源太殿、『えにし』の生産量をもっと増やせませんか?」
「いや、これ以上工房を増やそうとすれば公儀に目を付けられてしまう。
領主様は、上納金で目をつぶって下さり、荷を積み出すにも色々と便宜を図って下さるが、これ以上は危険すぎる。」
「では、製法の秘伝をご教示頂くことは出来ませんか?」
「いや、それは…。」
「こちらの里で造られた『えにし』については、今まで通りの値で引き取らせてもらいます。
更に、私共が自国で生産した分についても、その数に応じて歩合をお渡しします。」
「しかし、わたくしの一存、決める訳には参りません。長老方の賛同も得なくてはなりません。」
「もう、明日の朝には、私たちは帰国します。この次に参りますまでに、お考え下さる様、何卒、お願い致します。
無茶なお願いである事は、重々、承知しておりますが、これを成せれば、世界中に平安をもたらす事が出来ると考えております。
また、成し得なければ、将来、大きな国々同士が相争い、多くの民の命が失われるでしょう。」
グレイの依頼を真剣に検討し、長老たちにも是非を図ってみたが、未だに結論が出せずにいる。
後、二月もすれば、再びグレイがこの里を訪れる予定だ。
源太は、ほとほと、弱り果てていた。




