孤児院の子供達
孤児院の子供達
サムは、今年で、十一歳になっていた。修道院のルイスに五ペンスで買われてきてから三年と半年。あの頃に比べて、身長も伸び、肉付きも見違えるほど、しっかりとしてきた。
「ルーク、サム。畑から野菜を取ってきてよ。あ、それから牛乳もお願い。」
シェリーが、朝食準備をしながら二人に頼んできた。
「全く、シェリーは、人使いが荒いな。」
「ルーク。文句ばっかり言ってたら、朝ご飯は、抜きになるよ。」
「へいへい、行ってきますよ。」
「サム、牛小屋の方は、任すわ。俺は野菜を見てくる。」
「おう、牛小屋の掃除とミルク絞りな。いいぜ。」
サムは、文句も言わず、すぐに牛小屋へ向かった。
悪党が、修道院を襲撃してきた日に、一人も欠けることなく、この新しい家に引っ越してきた。
これも、ブライトン家の人々と、ルイスのお陰だと、サムは心の中で感謝していた。
マシューは、小さい子供たちにテキパキと指示を出し始めた。
「シェリー、俺は、チビどもと一緒に部屋の掃除をしてくる。ニック、テッド、お前らは男部屋だ。クレアとローザは、女部屋な。その間に俺が食堂と玄関の掃除を済ませる。
みんなの掃除の出来具合は、後で点検しに行くからな。頑張れよ。」
新しい家は、以前住んでいた、石膏で塗られた古ぼけた修道院とは違い、真新しい木造の建物だった。
女子棟と男子棟に分けられた建物が、その間の平屋の玄関ホールと食堂、そして厨房でつながっている。
厨房には、ブライトン商会の最新の調理器具が備えら、湯を沸かすにも、オーブンでの調理も、全て『えにし』の力で賄われていた。おかげで、薪拾いの仕事は、一切必要なくなっている。
そして、「水道」と言うものが備えられており、井戸に水汲みに行かなくても、「蛇口」を回すと水が出るようになっていた。
「あら、もうこんな時間。マリーさん、朝食の準備は任せても大丈夫かしら?」
「ええ、大丈夫よ。そろそろ先生を起こしに行かないとね。」
「はい。昨日も夜遅くまで、マルジンたちとお酒を飲んで話をしていましたから。」
シェリーは、男子棟の一階の奥の部屋へ向かい、ドアをノックした。
「ルイス先生。もう朝食が、出来ていますよ。起きて下さい。」
「ああ、悪い。二日酔いが酷いんだ。水を一杯もらえないか?朝食はいらん。」
「もう、先生ったら。明け方近くまでまた、みんなとお酒を飲んでたんでしょう。体を壊しますよ。
お昼ご飯までには、シャワーを浴びておいて下さいね。お酒臭いと、小さい子に嫌われますからね。」
ブライトン商会の新商品で、さらに、サムたちを驚かせたのは、「浴室」の存在だった。蛇口をひねると、「シャワー」と呼ばれる、ジョウロのような部分から、暖かなお湯が、ふんだんに出て体を洗うことができた。
浴室には、石鹸が備えられており、清潔な体を毎日保つことができる。
子供たちは、朝食前に言いつけられていた仕事をすべて終わらせ、食堂に戻って来た。
「マリーさん。ルイス先生は、朝食、要らないそうです。二日酔いですって。」
「修道士が、浴びるように酒を飲むのは許されるのかい?」
サムが非難する。
「なんでも、ルイス先生が言うには、“これも付き合いの内だ。俺はプロテスタントだ。イエス様だって、弟子たちとワインを酌み交わしてるだろうが。酒は命の水だ”」
と、ルークがルイスの物真似をして見せる。
「あれ、この間はピューリタンだって、誰かに、言っていなかったか?」
すかさず、サムが突っ込む。
「節操がないんですね。」
と、マシューがさらに追い打ちをかける。
「さあ、破戒坊主は放っておいて、朝飯を食おうぜ。」
ルークの言葉にマシューが賛同して言った。
「そうですね。早く食事を済ませて昨日の作業の続きをしましょう。」
新しい納屋造りは、冬の間に図面を引くところから教えられ、材料となる木は、裏の林から、子供たちだけで切り出してきたものだった。
重い丸太を、五人の子供たち全員で、力を合わせて、一本ずつ担ぎ上げて運ばされた。
これも、体力作りの為だと言って、ルイスは、一切、手伝おうとはしてくれなかった。
マルジンがくれた『えにし』鋼の刃物がなければ、木材の加工は、途中で音を上げていただろう。
『えにし』鋼の刃物を使うと、どんなに硬い木材でも粘土を切るように加工ができた。
図面に合わせて、正確に寸法を測り、印をつける作業は、マシューが殆ど一人で片づけた。
こういった細かい作業には、ルークもサムも向いていないようだ。
しかし、力仕事はルークとサムの独壇場だった。マシューの細い腕では、苦労していたことだろう。
適材適所で、全員が協力し、納屋は完成に近づいていた。
今日は、昨日しっかりと立て終えた柱に、梁を組み、屋根を完成させる予定だ。
ルイスが、「授業」として教えてくれた梃と動滑車を使い、地面から梁を持ち上げる。その作業は、マシューと、まだ、九歳になったばかりのニックとテッドが顔を真っ赤にして成し遂げた。
柱の上で、それぞれの両端を受け取ったルークとサムが、マシューの指示に従って組み立てて行く。
昼前に今日予定していた作業分は、無事に終わった。
「おう、みんな、良くやった。おめーらでも、大人と同じ位にできちまったじゃねーか。」
ようやく、シャワーを浴びてすっきりしたのか、ルイスが姿を現した。
全員の誇らしげな笑顔が、ルイスにはまぶしく見えた。
「よう、先生。もう二日酔いは大丈夫なのかい?」
サムが、上からルイスを見下ろして言った。
「ああ、もう大丈夫だ。マルジンの野郎、とことん突き合せやがって。ひでー目にあったぜ。」
「先生、この納屋が出来たら、ここには、何をしまうんですか?」
マシューが、ルイスに尋ねた。
「また、マルジンが新しい機械を開発中なんだとさ。なんでも、牛の力を借りずに畑を耕したり、木の根を掘り出せる機械らしい。これが成功すれば、全世界が、豊かになるんだとさ。」
「それは、楽しみですね。」
孤児院の建物は、外から見れば、質素な作りだった。しかし、一歩中に入れば、王侯貴族だけが備えている『えにし』製品にあふれていた。
なぜ、ここに最新の『えにし』製品が揃っているのかと言うと、実は、ブライトン商会が、商品開発部の試験場にしている為だった。
「スイッチ」一つで、明かりを点けたり消したりできる照明器具や、暖炉とは全く違う煖房器、そして、夏でも食べ物を凍らせたり、冬のような冷たさを保って食料を保管できる道具、なんでも簡単に切ることができる包丁(ただし、生きているものは全く切れないが)などと、魔法使いの物語の中にいるようだった。
新しい道具の扱いに一番苦労していたのは、マリーさんだった。
マルジンが、新しいものを作っては、試してみてくれ、と使い方の説明をして行く。
しかし、あまりにも、これまでと勝手が違いすぎて、理解が追い付かないようだ。
そんな時には、シェリーとマシューが、丁寧に使い方を説明し直している。
昼食を終えると、いつものように勉強の時間となり、これが終わると格闘技の訓練だ。
一日の課題を終えた、子供たちは暖かいシャワーを浴びると、ベッドに潜り込み熟睡していた。




