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Enisi  作者: 中田 敦
ブラックスワン号編
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ブライトン商会商品開発部

  ブライトン商会商品開発部


 その夜は、ポーツマス郊外にある商品開発部に、店主のトムを始めとして、ブラックスワン号の設計・建造・艤装に関わった主要人物が集まっていた。

 「いよいよ、ブラックスワン号の進水を行えますね。」

 トムが、嬉しそうに言った。

 「ええ、ここまでたどり着くために大変な苦労をしましたが。」

 建造技師の主任を務めたジェームズが、遠い目をして、感慨深げに答えた。

 グレイが、ジェームズに尋ねた。

 「新しい船は、全て鉄でできているんだったよな。本当に水の上に浮くのか?」

 「はい。船が海水で一杯にならない限り沈みません。」

 「しかし、鉄が水に浮くと、聞くと信じられんな。」

 「全部が鉄の塊じゃなくて、中には空気がいっぱい入っていますから、実は海水より船の方がはるかに軽いんですよ。その上、船体は、最強のの『えにし』鋼です。水漏れなんて絶対に起こしません。」

 「しかし、あの硬い『えにし』鋼でよくそんなに大きなものが作れるよな。」

 グレイの言葉に、ジェームズが反応した。

 「いや、『えにし』鋼の加工自体は、比較的に簡単でした。ただ、これらを接合させる為の方法を見つけるまでには苦労しましたよ。」

 「接合?木の船ならば、ほぞを組み合わせたり、杭で止めたりすればいいんだが、確かに金属ではそうもいかないのか。」

 「そうなんです。その為に、今回は大規模な『溶接』を使って切り出した部材をつなぎ合わせました。」

 「『溶接』とは?」

 「はい、『えにし』の電気によって発生する火花で継ぎ目を溶け合わせました。」

 「それを溶接と呼ぶのか。」

 「ただ、その際に発生する火花が眩しすぎて、作業者の目を潰してしまうため、特別な工夫をしないと『えにし』が連続して火花を出してくれないのです。」

 「『えにし』らしい話だな。で、どんな工夫を?」

 「色付きのガラス眼鏡を準備して、眩しい光で目を傷めることが無い様にしました。」

 「問題はそれだけでではなかったろうが。」

 マルジンが、口をはさんできた。

 「ええ、そうでしたね。船体が大きいもので、太陽の光で温められた部分と、日陰に置かれているもので寸法が大きく狂うのです。」

 「なぜそんなことが?」

 トムが尋ねた。

 「金属は、木材と違って温度によって伸び縮みが大きく表れよるのじゃよ。」

 「そうなのです。そこで、『えにし』鋼の種類の異なるものを張り合わせて寸法の狂いが発生しないようにしました。」

 「二種類の『えにし』鋼?」

 「蒸気タービンにも使っている温度が常に二十三度に保たれる方ですよ。」

 「ああ、以前、ジョセフ殿が蒸気タービンの過熱タンクの外側を覆っていると教えてくれた奴だな。」

 「これにより、完成した船内の温度は、北極に行っても、赤道で太陽の光に晒されても、常に二十三度に保たれるようになりました。」

 その言葉を聞いて、グレイは、思わず感謝の言葉を述べた。

 「それは有難い。」

 「まあ、無事に建造を行う為の工夫から生まれた副産物ですがね。」

 「いや、これまでの船では、赤道直下の船内は、地獄の暑さになるからな。」

 「電磁波の受信・発信装置は大丈夫そうかね。」

 既に、スコッチの酔いが回り始めたマルジンが確認をする。

 マルジンは、王立科学アカデミーの学長を務める稀代の科学者だ。

 「はい、メインマストをそのまま電磁波の送受信に使えるようにしてあります。明日の午後から、ロンドンの本店との交信試験を予定しています。」

 「電磁波?何だ?それは。」

 ルイスが、横から、聞きなれない言葉に、食いついてきた。

 「わしが、新しく作った言葉じゃよ。電気と磁気の性質を併せ持つ波の事だ。」

 と、マルジンが胸を張って答える。

 「いやー、さっぱり解りませんよ。一体何の役に立つんです?」

 「うむ、わしの理論では、遠く離れていても、すぐ近くにいるように、話ができるはずじゃ。」

 「大声で話をするんですか?」

 「うむ。そうではない。声は音波と言って、音の波だが、そんなに遠くには届かぬ。その代わりをしてくれるのが電磁波じゃ。」

 「いや、やっぱり、ちんぷんかんぷんで。」

 「まあ、まだ科学アカデミーでも発表しておらぬし、するつもりもないから、理解せんでも良い。」

 「マルジン先生。やはり、『えにし』鋼で作成した砲は、戦闘には使えないのか?」

 グレイが、マルジンに尋ねた。

 「ああ、だめだな。着弾点にカモメの大きな群れでもいようものなら、全く発射できん。小さな虫や一本・二本の生木までが限度じゃ。とても、戦争には使えぬよ。

 射程距離・命中精度・破壊力のいずれをとっても、現在この世に存在する砲の中で、桁外れの性能なんだがのう。」

 グレイは、少し思案を巡らせた後で、ジェームズに聞いた。

 「ジェームズ。前に頼んでいた、発煙弾は出来上がりそうかい?」

 「ああ、そいつならもう出来上がって、ブラックスワンとブライトン二世に、たんまり積んであるよ。」

 「そうか。それなら十分だろう。」

 「そう言えば、ルイス。闇商人の手配は付きましたか?」

 「それなら、ばっちりですよ。どこをどう探ってもブライトン商会の名前は出てこないようになってます。」

 「では、彼らを使って、出来るだけ多くの国に『えにし』製の高性能な新型砲を売り込んでやって下さい。

 今しばらくは、どの国もにらみ合いばかりで、実戦に使われる心配はないでしょう。古い大砲は全て、買い取ってやって下さい。よろしくお願いします。」

 「お任せください。」

 ルイスは、底意地の悪そうな表情を浮かべて答えていた。

 「ジェームズ。話は変わるんだが、ブラックスワンン号に取り付けた蒸気機関の事で、疑問があるんだが。」

 「何でしょう。」

 「蒸気機関の内部の温度はどの位だと言っていた?」

 「はい。今回の機関は千℃を少し超える程度に造られています。」

 「その温度なんだが、普通の温度計で測れる温度は、百℃程度だろ?どうやってそれ以上の高い温度を確かめられたんだ?」

 「グレイ君。多分、士官学校の座学で、気体や液体の、体積と圧力と温度の関係は習ったであろう?」

 「はい。マルジン先生。確か、体積を固定すると、温度と圧力は比例すると。」

 「さすが首席だな。その通りじゃ。よって、内部の圧力を測定できれば、その温度も特定できる。さらに、わしの研究所では、『熱電対』という道具を発明したものがおっての。

 白銀とそれ以外の金属の線を繋いで温度を変えると、その温度によって特定の電圧が起こることを見つけ出した。これを使えば、白熱した金属の温度も計れるのじゃ。

 これまでは、鍛冶職人が、長年の経験と勘で熱くなった鉄の色を見て、刃物の焼き入れや、焼き戻しをしていたが。熱電対のお陰で、見習い職人でも間違いのない温度で刃物を鍛えられるようになったのじゃ。」

 そこからは、マルジンとジェームズの間で、科学者にしか理解できない話が一晩中続いて行った。


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