グレイの心配事
平本君の日常
平本 一は、最近、退屈気味だった。
ナナを使うようになってから、仕事は順調だが、何かが足りない気がする。
いや、正確には何が足りないかは、判っている。
前回、レオンの中に入ってから、ずいぶんと時間が経ったように思えるのだ。
しかし、カレンダーを見れば、あれからこちらの時間は、二週間しか経っていない。
ようやく、梅雨本番となり、そのせいで退屈に感じているだけなのかも知れない。
「平本さん。そんなに退屈ですか?」
ナナが、唐突に言ってきた。
「ああ、そうだね。向こうにいる時間が長いせいかな。こちらでの時間の進みがとても遅く感じるよ。」
「そうですか。確かに、感覚時間については、違和感が出てきてもおかしくないですね。向こうでの数か月が、こちらでの一晩で済んでいますから。何か、感覚のずれについての対応策を検討しておきます。」
「もし、可能なら頼むよ。」
「承知しました。しかし、対応策を立てる前にまた、今夜は、向こうに呼ばれるようですよ。」
「そうなの?それは楽しみだ。今度はどこへ行くのかな?」
「はい。少年時代のグレイ君の所です。」
「もしかして、グレイが少し思い出したがらない、『クレイジー・グレイ事件』?」
「その通りです。」
「うわー、とうとう行くのか。」
「はい。海軍士官学校時代になります。」
グレイの心配事
一年半の座学を中心とした士官学校での日々が、この春で終わる。
春からは、いよいよ軍艦に士官候補生として乗り組み、船乗りとしての実践訓練が始まる。
三十人は、基本的に全員ばらばらの軍艦で訓練を受けることになるそうだ。
乗艦については、各自の家柄と成績で決まっていく。
最新の戦艦に乗り込むことになるか、旧式の戦艦が割り当てられるか。
その日を前にして、学校内の空気は少し、緊張感が増してきている。座学一つとっても、グレイの独壇場、とはいかず、ちょっとでも気を抜けば誰に首席の座を奪われるか分からない。
教練も入学時とは全く違う熱の入り様だ。
まあ、その原因の大半はグレイのせいでもあった。
グレイに付いて行って、下町に出かけるたびに、喧嘩に巻き込まれ、実戦(と言ってもただの喧嘩だが)の場数を踏んできた、成績上位者の熱の入りようが、半端ではなかった。
「グレイ君。やっと僕の番が回ってきて嬉しいよ。」
寮の同室のカインが嬉しそうに言った。
「いや、カイン君が頑張って成績を上げたからね。」
「うむ、カインの成長は確かに目覚ましい。」
チャーリーが、おだて上げる。
「で、今日はどこから行くのだ?やはり、先ずは、見世物小屋で良いか?」
「そうだな。まだ、昼飯も食ったばかりだから、屋台を冷やかすには早いかもな。」
「よし、では決まりだ。ソフィーちゃん、今行くぞ。」
相変わらず、女の子目当てにブレがない。
(ナナ、これはグレイに間違いないとは思うんだが、今は何年頃なの。グレイがずいぶん若いと言うか、幼いんだけど。)
(今は、1747年の3月ですね。グレイは、まだ、十四歳になったばかりです。)
(え?これで十四歳?ずいぶん体が大きいね。)
(そうですね。この時代のイギリス人の十四歳の平均を大きく上回っています。)
(でも、隣を歩いているもう一人も大きいよ。上級生だとか?)
(いいえ、今、グレイが在籍している海軍士官学校は設立されたばかりで、上級生はいません。ああ、彼のデータが有りました。彼はチャールズ・カドガン。カドガン伯爵家の継子です。)
(伯爵の息子か。その割に平民のグレイと対等に話すんだね。
(グレイが、その実力で同級生の貴族にも認められていると言う事ですね。)
(やっぱり、グレイは、すごいね。)
下町に向かって歩きながら、グレイは、何か違和感を感じていた。
どこからか、誰かに見られている。しかし、周囲に注意を向けても、全く気配は感じられない。何かがおかしい。
「おい。二人とも気をつけてくれ。さっきから、誰かに監視されているようだ。」
「何?賊に狙われているのか?」
「いや、まだ判らん。殺気も感じない。」
「怖い事言わないで下さいよ。」
(平本さん、同調はいつも以上に慎重に進めて下さい。)
(ああ、グレイは勘が良いね。)
違和感が弱くなった。
「監視がいなくなったようだ。だが、用心して進もう。」
「うむ、分かった。」
チャーリーが、同意した。
見世物小屋を一通り見て回り、おやつ代わりに屋台を冷やかしながら、グレイは、知り合いの一人一人に声を掛けていた。
「よう、最近この辺りで変わったことはないか?」
「そうだねぇ。他から入って来た人間が、少しいつもより多くなったかね。」
「人相の悪い傭兵のような男がうろついていることが多くなってるぞ。」
「鸚鵡亭が、最近店を開けなくなった。どうしたんだろうね。」
「鸚鵡亭が?」
「おい、グレイ。鸚鵡亭へ向かうぞ。
横から、話を聞いていたチャーリーが、言った。
「ああ、そうだな。行こう。」
トマスとジョセフ
ブライトン家の書斎で、トマスが書類に目を通していると、ジョセフが入って来た。
「父さん。ちょっといいですか?」
「ああ、構わないよ。どうかしたのか?」
「実は、ポーツマスの港町にイタリアのマフィアが入り込み始めたという情報が有りまして。」
「ほう、イタリアか。」
「で、裏で動いているのが、リッケンバッカ商会の様なのです。」
「ああ、リッケンバッカか。前から、あまりいい噂は耳にしていなかったが、とうとう、イタリア人と手を結んだか。」
「それで、いま、詳細な情報を集めさせているんですが、父さんの方でも協力をいただけませんか?ブライトン商会だけで調査をすると目立ちますので。」
「いいよ。すぐにポーツマスに適任者を送っておこう。」
「宜しくお願いします。」




