ドン・ギーニ
ドン・ギーニ
「なあ、ジャック。悪い話じゃないだろ。この店をお前の腕前ごと、俺が高く買ってやるって。」
「ギーニ、それ話は、断ると何度も言っとるだろう。」
「酒の仕入れだって、俺のつてで、安く仕入れられるぜ。」
「しつこい。帰ってくれ。」
「しょうがねぇーな。だが、悪い話じゃねえんだ、少しは考えておいてくれ。じゃ、今日ところは、引き上げるとするか。」
「二度と来るんじゃねぇ!」
人相の悪い、小男が店を出て行った。
「親父さん。今の奴は、誰だい?」
カウンターで飯にありついていたグレイが聞いた。
「あいつか?この辺を縄張りにしようとしてるギーニさ。イタリア辺りから流れてきたらしいな。」
「そうか。新参者か、どうりで、俺が顔を知らねーわけだ。」
「グレイ、あいつには気をつけろ。イタリアマフィアが絡んでるって噂だ。」
「へー、怖ぇーな。」
「グレイ。マフィアとはなんだ?」
隣で一緒に飯を食っていたアーサーとチャーリーが同時に聞いて来た。
「ああ、俺も詳しくは知らないが、イタリア人の犯罪者集団らしい。金になる事なら何でもやるんだとさ。誘拐、人身売買、殺人、強盗…」
「そんな悪人共が我が国に入ってきているとは。」
「おい、アーサー。言葉使いが普通になってるぞ。」
こいつは、何でも古い王家の血筋が入っている、公爵家のご子息様だ。
「アーサー、チャーリー、飲み物のおかわりは、いかが?」
この鸚鵡亭の看板娘のリーシャが尋ねてきた。
「ああ、リーシャ。一杯頼む。」
「あいよ。同じもので良いかい?」
「ああ。」
「俺は、エールが良いな。」とチャーリー。
「あいよ。ちょっと待ってておくれ。すぐ、持ってくる。」
リーシャは、元気一杯に店内を回っては、客に笑顔を振りまいている。
「やっぱり、リーシャ嬢は、可愛いな。」
「おい、あいつもお前より一つ年上だぞ。」
「関係ないって。可愛いもんは、可愛いんだよ。」
「いや、ソフィーの方が可愛いぞ。それに、歌が上手い。あの天使の歌声は素晴らしいぞ。」
「お前ら、勉強しに来てんじゃねえのか?」
「うむ、それは、建前だ。」
二人が、また、同時に答えた。
ここ、鸚鵡亭は、昔からグレイの通いなれた店の一つだった。親父さんは、フランスから流れてきて始めたらしいが、フランス料理だけではなく、イタリヤや、スイスの変わった料理を食わせてくれる。このあたりの人気店だ。
ただ、客の半分は看板娘のリーシャの顔を見に来ているという、噂もある。
「さ、二人とも、そろそろ時間だ。門まで送って行くぞ。暗くなってきた。」
「ん、もうそんな時間か。仕方ない、帰るか。」
三人はリーシャに勘定を払って店を出た。
「鸚鵡亭の料理は最高だな。我が家の料理人では、この味はだせん。」
「だからって、あの親父さんをスカウトするなよ。この辺じゃ、大事な店なんだ。」
「分かってるよ。」
暗い夜道を、三人が喋りながら歩いていると、前方に人影が、わらわらと飛び出してきた。
「てめーら、運が悪かったな。有り金を全部おいていきな。大人しくしてりゃ、命までは取らねえでやろう。」
グレイは、飛び出してきた人数と、獲物を素早く確認した。
九人。獲物は、こん棒だけか。いや、ナイフ持ちもいる。
「グレイ、どうする?」
アーサーが、楽しそうに聞いて来た。
「もう、俺もあいつらには負けねぇ。」
チャーリーが、待ってましたという表情で笑う。
「アーサー、チャーリー、二人ぐらいは譲ってやるから、遊んでやりな。」
「心得た。三人でもいいぞ。」
「欲張るな。ナイフを持ってる奴が三人いるぞ、気をつけろ。」
チャーリーとアーサーは、通りの左右に分かれると、軽く身構えた。
まず、グレイが中央から飛び出し、こん棒を構えた男の懐に、素早く飛び込んだ。
喉を右手で捕まえ、持ち上げる。それと同時に捕まれた喉の手をはがそうと、落としかけたこん棒を左手で取り上げる。
男の後ろに陣取っていた、華奢な男が、ナイフを鞘から引き抜こうとしたところに、こん棒男を押し付けるように投げた。
「ぎゃ。」
ナイフを抜きかけていた男は、避けることも、受け止めることも出来ず後ろに倒れ、後頭部を強打し、気を失った。
チャーリーは、前方からこん棒を振り上げて走り寄る男に向かい一歩、素早く踏み込むと、こん棒の根元を掴み、背負い投げを決めていた。
アーサーは、前からナイフを腰だめに構えて突っ込んでくる男を、右ステップで華麗に躱しざま、相手のテンプルに右ストレートを叩き込んでいた。
グレイは、アーサーとチャーリーが落ち着いて戦えていることを確かめると、左に回り込んでこん棒を振り上げてきた男の脛を、取り上げたこん棒で、思い切り払った。そして、続いて右からナイフを突き出してきた男の手首を打ち付け、ナイフをはたき落とす。
多分、どちらの男も骨が折れているはずだ。
残った正面の男を睨みつける。
背後の様子を伺うと、どうやらアーサーもチャーリーもすでに賊を倒し終えているようだ。
「おい、残りはお前だけだが、まだやるかい?」
「ヒィ、お、お前ら何もんだ。お、覚えてやがれ。」
様にならない捨て台詞と共に、一人だけで、一目散に逃げだした。
「あーあ、仲間は。置いてきぼりかよ。情けねぇな。」
グレイ達は、地面に打ち倒された男達から、ナイフとこん棒を取り上た。
そして、まるで、こうなることを予期していたように、グレイは、ジャケットのポケットから細い革紐を何本も取り出した。
「アーサー、チャーリー。この紐で、こいつらの手足を縛ってくれ。」
そう言って、二人に革紐を手渡した。
「おう、任せろ。」
三人で、手分けをしながら、男達を手早く縛り付ける。
「で、こいつ達は、どうする。衛兵の詰め所に連れて行くか?」
「そんな事をしたら、士官学校に連絡が行ってしまうだろ。このまま、朝まで放って置こう。そのうち、誰かが見つけてくれるだろ。」
グレイが、そっけなく言い、学校への帰り道を歩き出すと、二人は、慌ててその後を追った。
「しかし、教練で練習した技が決まると気持ちの良いものだな。」
「うむ、確かに。もう誰にも負ける気がしない。」
二人の会話が耳に入ったグレイが言った。
「あの程度の奴を打ちのめせても、本当に強い奴には敵わないよ。あいつらは、軍の教練も受けていない上に、戦場にも行ったことがない。
戦場帰りの騎士や傭兵は、とんでもなく強いぞ。今の驕りは早く捨ててしまえよ。」
「何だと。グレイでも勝てない相手がいるのか?」
「ああ、山ほどいる。俺なんて、彼らの遊び相手にもならないよ。」
その後は、三人は無言になり、寮に帰って行った。




