トマス・ブライトンの隠居
報告会議
ブライトンの家のは、驚くほどに小さく、使用人もいない。
そこに住んでいるのは、トマスとジョセフ、そして、トマスの妻である綾と今年四歳になったばかりのトムの四人だけだった。
ここが、イギリスで、いや、エウロパ中で有名な大商人であり、大金を稼ぎだしているブライトン商会の主が住んでいる家、と言っても誰も信じない事だろう。
ウイーンからの長旅を終えたジョセフは、一カ月ぶりの自宅のドアを開けた。
二階へ続く階段を、少し大きくなったトムが駆け下りてくる。
「お父さん。おかえりなさい。」
そう言うと、トムが飛びついて来た。
ジョセフは満面の笑みを浮かべてトムを抱きしめて言った。
「ただいま、トム。いい子にしてたかい?」
「うん。もう、字も全部覚えたよ。」
「それはすごいな。後で見せてくれ。お母さんは、どこだい。」
そう言った瞬間、キッチンのドアが開き、エプロンを付けた綾が飛びついて来た。
「あなた、お帰りなさい。」
「ああ、長い間留守にして済まなかった。」
「お父様も三日前にお帰りですよ。今夜の夕食は、久しぶりに、賑やかになりそうですね。」
「そうか、親父も戻っていたか。」
奥のトマスの書斎兼寝室となっているドアが開き、トマスが姿を現した。
「ジョセフ。おかえり。ウイーンの首尾はどうだった。」
「うん。幸運に恵まれて上々の結果だと思うよ。それより、父さんの方こそ、良く無事に帰ってこれたね。」
「トムや。これからジョセフと色々と仕事の話をするから、お母さんの手伝いをして来てくれるかい?」
「はい、おじい様。分かりました。」
トムは、そう言うと、名残惜しそうな表情を浮かべ、綾と共に台所へ向かった。
「では、私の部屋で話そうか。」
ジョセフは、旅の荷物を自分の部屋に入れると、すぐにトマスの部屋に向かった。
「父さん、暗殺者に狙われてたってね。もう大丈夫なの?」
「ああ、レオンが見事に片づけてくれたよ。雇い主も、銀行協会が手を打ったから、もう何も出来はしないさ。」
「それなら良かった。」
「で、お前の方は?」
「最初は、どうなる事かと思いましたが、本当に奇跡的にフランツ公にお会いできて、無事にシュレージェン開発の許可は取れそうです。」
「そうか。良くやってくれた。これで、わしも隠居できそうだな。」
「何を言っているんですか。まだまだ、これからが忙しくなりそうだと言うのに。」
「今回の件で、大きな戦はしばらく起こるまい。商売も順調に進むはずじゃから、のんびりと余生を過ごさせてくれ。」
「ダメです。まだ、やって頂かなければならない事は、たくさん残っていますからね。」
「いや、せめてブライトン商会の店主は後退させてもらうからな。そうして貰わんと、やりたいことも出来なくなる。」
「今度は何をされるのです。」
「うむ。学校と病院を出来るだけ沢山作る。それに、大学と孤児院もじゃ。全て商売は抜きになる。店主として、商売は、ジョセフお前に任せるよ。」
「仕方ないですね。では、そちらは、全てお任せします。」
こうして、ブライトン商会はジョセフに譲られ、ブライトンの名前の出ない学校と病院がエウロパだけではなく世界の植民地に作られ始めた。
そして、そこで育てられた人材がその後のブライトン商会の世界経済支配の原動力となって行った。




