『エニシ』鋼についての追加試験
エニシ鋼の追加試験
ジョセフが、ウィーンから戻った二日後、ブライトン商会商品開発部を率いるマルジンが、ロンドン本店のジョセフの部屋を訪ねてきた。
マルジンは、エニシの初期の研究で国王に認められ、科学アカデミーの初代学長を務めたマルジンの弟子であり、現在はマルジン二世を襲名していた。まだ、二十六歳になったばかりだが、その天才的な開発力でブライトン商会の商品開発部を率いている。
「やあ、マルジン君。ロンドンに顔を見せるのは久しぶりじゃないか?」
「はい、どうもこういった騒がしい街は苦手なのですが、今日は、どうしても折り入ってご相談をしたい件が有りまして。」
「ほう、私で何かお役に立てることが有ったかな?」
「プロイセンの皇太子殿下にエニシ鋼の防具と武器を提供することが本決まりになったというのは本当でしょうか?」
「うん、一応、千セットの提供は行うことになりそうだよ。」
「それなのですが、あの装備に関しては、まだ、未解明の性質が隠されていると思うのです。」
「未解明?」
「はい、本物の戦争でエニシ鋼がどのような反応を示すか、今一度試験を行う必要が有ります。」
「君が指揮を執って、入念に試験は繰り返してきたと思っていたのだけれど…。」
「今一度、極秘に試験を行うご許可をいただけませんか?」
「今度は、どんな試験を?」
「あの装備一式を野盗に渡して、イギリス陸軍の駐屯地を襲撃させてみたいと思います。」
「また、物騒な提案だね。」
「もちろん、ブライトン商会の名前が出ないように細心の注意を払って行います。」
「もう少し、詳しく計画を聞こうか?」
武器商人
ロンドン郊外にその館は有った。
マルジンから許可を貰った、リッキー・ライトは、深夜にその館の門を叩いた。
「マーカスだ。ロデリックの旦那は居るかい?」
門を少し開けて、訪問者を確認した人相の悪い男が答えた。
「あんたが、マーカスか?ロデリックの旦那が、お待ちだ。中に入んな。」
「その前に、表に停てある馬車を門の中に入れさせてくれ。中の荷物をお見せしたい。」
「良いだろう。だが、その前に荷台は確認させてもらうぜ。」
そう言った男は、表に停めてある荷台の中身を確認した。
「何だ、こいつは? 騎士様の装備一式かい?」
「ああ、この間ブライトン商会の倉庫から盗み出した新商品だ。」
「よし、馬車を入れな。荷物は一緒に運んでやるよ。」
マーカスと偽名を名乗ったリッキーは、門番をしていた男と共に、防具と剣を玄関ホールに運び込んだ。
そこに、小柄で髪の毛が薄くなり始めた中年男が、二階から降りてきた。
「お前さんがマーカスかい?」
「はい。お初にお目にかかります。」
「で、すごい武器と防具を持っているって?」
「へい。こちらにあるのがそうでさぁ。」
「で、どこがどうすごいんだ?」
「まず、この剣をみてくだせぇ。この剣の前じゃ、切れない物は有りません。」
「おい、ブルーノ、試してみな。」
そう命じられたブルーノは、剣を鞘から抜くと、色々な物で試し切りをし始めた。
「こいつはスゲェ。何だってバターみたいに切れますぜ。」
「うん、確かにすごいな。で、その鎧はどうなんだ?」
「こちらは、今、試してもらった剣以外では、傷一つ付けられません。」
「おう、ブルーノ、やってみな。」
ブルーノは、さっきの剣以外の、部屋に置かれたあらゆる武器で、防具に傷を付けようと試したが、全く刃が立たなかった。
「どうです?スゲェでしょ?こいつを二十セット売りてぇんで。」
「いくらで売る?」
「一組で二千ポンド。」
「高すぎる。どうせ、お前が盗み出したものだろう。」
「で、では、千ポンドで。」
「ふ、話にならんな。」
「でも、こいつを野盗共に渡して、税金の保管所を襲わせりゃ、あっという間に五千ポンドは稼げますぜ。」
「わかった。一組二百ポンドで十組だけ、先ずは買ってやろう。」
「そ、そんな…。」
「それとも、ここで命を無くすか?どっちだ?」
「わ、わかったよ。二百で手を打つよ。」
「じゃあ、残りの九組を明日、この時間に持って来い。金はその時に払ってやるよ。」
「マルジン。うまく話は付いたよ。」
「ああ、これで、有意義な実験ができますね。ライトさん、ご苦労をおかけしました。」
ライトの報告を受けたマルジンは、すぐにジョセフに手紙で詳細の報告をした。
税金保管所の襲撃は明後日の夜になるらしい。
ジョセフは、トマスとマルジンと共に実験結果を見に行くことにした。
税金保管所の襲撃
「おい、野郎ども、用意は良いか?」
腕の立つ野盗を雇ったブルーノが、全員の装備を確認した。
「へい、ボス。任せといてください。」
税金保管所の守備には、二十名の小隊がついていた。
深夜になり、ブルーノたちが、保管所の鉄製の門をエニシ鋼製の剣で切り落とし、なだれ込んできた。
「おめーら、衛兵は、全員この場で切り殺せ、行くぞ!」
前方で槍を構える衛兵に向かって、殺気だった野盗が襲い掛かろうとしたその時、異変が起こった。
軽量のエニシ鋼で作られている鎧の重量が一気に重くなり、さっきまでは、軽く、スムーズに動いていた関節部は固くなり、手足が全く動かせない。
野盗は、全員がだらしなく、地面に張り付いたまま、身動きが取れなくなっていた。
「想像していた以上ですが、やはり、こうなってしまうのですね。」
物陰でトマスやジョセフと共に観察していたマルジンが呟いた。
「マルジン君。いつ頃から、こうなることに気づいていたのですか?」
「はい、様々な実験の結果から、戦いを拒否するのは、剣だけではないだろうと考えていました。『エニシ』の魂が、重さまで変えてしまうとは思いませんでしたが。」
「お父さん。この件は、フリードリヒ公に報告しますか?」
「ああ、そうするしかあるまい。しかし、内密にな。」
「では、フランク公にも念のためお伝えしたいと思います。」
「ああ、そうしておいてくれ。」




