悪霊からの救出
悪霊からの救出
まだ、何も見えないけれど、周囲が明るくなったことが分かった。
重苦しさが無くなり、息をすることが、急に楽になったような気分だ。
さっきまで、クレアの精神の中にいたはずなのに、クレアの気配は感じられなくなっている。
「失礼します。大変遅くなり、申し訳ありません。救難要請により参りました、ナナと申します。」
「え?ナナさん?助けに来てくれた?」
「はい。」
「エーちゃん、いる?」
「申し訳ありません。あなたにご利用いただいておりましたAIは、少々、不具合を起こしておりましたので、現在あなたとの接続は解除させて頂いております。」
「不具合?」
「本来、貴方がこの1765年のクレアと精神同調するはずが無かったのですが、何らかの理由で、AIが、あなたに、時空間を超えた精神同調を起こさせたようです。
現在、鋭意原因を調査中です。」
「エーちゃんはどうなるの?」
「あなたが、目覚められた時には、すべてが元通りになっています。」
「殺された子供たちは?」
「襲撃より少し前の時間から修正を行いましたので、誰も殺されていません。全員無事です。
では、良い目覚めを」
「ナナ、結局この人はどうなるの?」
「朝、なんの夢も見ずに気持ちよく目を覚ましてお終いです。何も思い出すことは無いですし、今後、二度と時空を超えることもありません。」
「まあ、それが無難な納め方だよね。
AIの神経同調システムに不具合があるなんて知られたら大問題だもの。」
「でも、原因の徹底調査は行いますよ。」
「それは、宜しく頼みます。」
次は、クレアの番だ。
俺はクレアの包みに意識を集中する。
明かるい光の中で、小さな女の子が泣いていた。
「どうしたの?」
「みんなが死んじゃった。
どうしよう、私がきちんとみんなに、神様の言葉を伝えられなかったから。
みんな殺されちゃった。」
「どうして、伝えられなかったの?」
「だって、急に黒い煙に包まれて、だれにも、私の声が届かなかったの。」
「それで、みんなが殺されるところを見てたんだね。」
「そう、私と小さなローザだけが隠れてたの。そうだ、ローザはどこ。」
「もう、大丈夫だよ。君たちを助けに来たから。」
「あれ、あなたはさっきの神様じゃないんだね。」
「うん。違うよ。神様は、みんなが助かったことを確かめて、帰って行ったよ。」
「でも、ローザはいなくなったし、ルークも、サムも、マシューも、シェリーも殺されたわ。人間は一度死んだら戻って来ないんだよ。」
「神様の力は特別さ。ほら、見てごらん。あそこで、先生と他の皆が、心配して待っているよ。さあ、帰ろう。」
「ほんとだ。みんなちゃんといる。」
「では、帰るよ。一度、目をギュッと閉じて。
準備はいいかな?」
「うん。」
「じゃあ、いまから、三つ数えるから、三って言ったら目を開けてね。
一・二・三。」
クレアの目覚め
「先生、クレアが目を開けた!」
馬車の荷台で、クレアを抱きかかえて、心配そうにのぞき込んでいた、シェリーが声を上げた。
ルイスは、その言葉で、馬車をゆっくりと減速させて、道の端に止めた。
「クレア、クレア。大丈夫か?
どこも痛い所は無い?」
荷台に乗り込んだルイスが、クレアをシェリーの腕から抱き上げて言った。
「先生。どこも痛くないよ。大丈夫。」
ルイスの頬を伝って、涙がクレアの顔に落ちた。
「良かった、平本、ナナ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「先生。今からどこかにお出かけする?」
「ああ、これからお前たちはみんなでお引越しするんだよ。」
「お引越し?」
「ああ、先生の知り合いでトムって人がいてね。しばらくその人のお家に住まわせてもらうんだ。」
「みんなで、一緒に?」
「ああ、みんな一緒だ。その為に、トムさんが、新しいお家を建ててくれてあるんだ。」
「うわ、良かった。神様、助けてくれてありがとう。」
「さて、これで片付いたかな?
あれ、小さくは、なったけど、この黒い奴は、ほっとくんだっけ?」
「そうですね。万が一を考えたらきれいに消しておいた方がいいでしょう。」
「うん、そうしよう。で、どうやって消す?」
「そうですね。一番簡単な方法は平本さんが包みの中で強い大きな光をイメージして黒いのにぶつける感じでしょうか。」
「めずらしく、屁理屈は無いんだ。気に入った。じゃあ、やるよ。」
俺が最後に残った包みに意識を集中して中に入ると、
「お前が邪魔をしたのか。憎い奴め。取り殺してやる。」
もう、最初に感じたほどの強い力は残されていなかった。
弱々しく、それでも薄汚い憎悪の塊に向かって俺は光りのイメージをぶつけた。
狂いモヤモヤは、光に当たると同時にすっかり消え去り、もう、何も残っていない。
「ナナ、これでお終い?」
「はい。憎悪の方向のベクトルは、全てバラバラの向きに変化して、時空間に拡散しました。
あんなアバウトな説明で、よく見事に片づけましたね。」
「だから、言っただろ。理屈じゃないと。」
「平本、ナナ、まだいるかい?」
ルイスが、呼びかけてきた。
「ああ、まだいるよ。」
「今回は、本当にありがとう。いつか、恩返しが出来るといいんだが。」
「そんな事は必要ないよ。
それよりも、子供たちをこれからも、大切にしてあげて下さい。」
「ああ、あんたらが、助けてくれた子供たちだ。俺が、命がけで守っていくさ。」
「これから、トム・ブライアンの所へみんなで行くんですね。」
「ああ、だが、男の子は、あと一年程でジョン・グレイに預けることになる予定だ。」
「グレイに?」
「ああ、グレイなら、あいつらを商船乗りとして鍛えて、逞しい男に育て上げてくれるだろう。」
「それは、寂しくなりますね。」
「なあに、女の子たちは、みんなこっちに残すしな。」
「それは楽しみですね。
さて、こちらでの私たちの用も済んだのでそろそろお暇します。」
「そうか。この恩は、一生忘れねぇよ。達者でな。」
「では、さようなら。」




