森のくまさん
森のくまさん
オコナーは、焦れていた。
「ええい。土民どもを締め上げるのに何故そんなに時間がかかる?
もう二時間も経つというのに、まだ誰も戻らないのか。
マッキントッシュの奴、まさか宝物を独り占めにしようとしておるのではないか?」
オコナー大尉は、小隊員を集めて、上陸準備の指示を出し始めた。
「まず、大砲を陸揚げしろ。弾薬もありったけ準備するんだ。それが済んだら全員上陸を開始しろ。私も行く。」
全員の上陸が終わったのは正午を少し過ぎた頃だった。先ず、昼食の準備を命じ、オコナーは、自ら海岸線を歩き回り、森へ入る小道をつぶさに観察し始めた。
昼食を終えたオコナー大尉の小隊は、オコナーが直感で選んだ小道に進軍を開始した。
「酋長、見張りから報告です。上陸した兵士たちは、コニー広場への道を進み始めました。」
「何、コニーへ向かうと?
グレイ殿、場所を教えたのか?」
「いいえ。何も情報は与えていません。多分、悪人独特の勘でしょう。全く、困ったものだ。」
コニーの広場とは,、昨夜、グレイ達が宿を取った所で、村人たちが一番多く集まっている。
もちろん、一族の戦士を警備に配置しているが、ライフルや大砲を使われては多くの死傷者が出る恐れがある。
警備の戦士たちには先制攻撃は絶対にしないよう言い含めてあるが、どのような突発事態が発生しないとも限らない。
(グレイ。私に考えが有ります。)
突然ナナが話しかけた。
(考え?どうする。)
(私たちが、村へ向かう部隊の進軍を遅らせます。その間にグレイ達は逆方向から村へ向かって下さい。)
(ナナさんや、また俺に何かさせるのかな?)
(はい。平本さん、お願いします。)
(ふう。わかりましたよ。何でもやりますよ。)
(では、グレイ、そういう事で私たちは一度ここを離れます。)
ナナがそう言った瞬間、俺はグレイの頭の中から、別のだれか(何か)に強制移動させられた。
ここは、どこだろう。視界はグレイより少し低いかな。嗅覚が鋭く周囲の風の匂いをとらえている。精神状態は、穏やか。
「ナナ、ここはどこ。今の俺は誰の中?」
そうナナに問いかけた瞬間、視界の位置がぐんと高くなった。
(うわ、なんだ?)
(後ろ足で立ち上がっただけです。)
(この前の狼とは、少し感覚が違うね。)
(そうですね。体の大きさが格段に違っています。)
俺は、気付かれないよう、そっと、精神の同調を深め始めた。基本的に穏やかな性格。多分、図体の大きさからくる余裕。王者の風格。
その時、風の中に気に食わない匂いが混ざり始めた。人間の匂いだが、この土地の人間ものとは違う、嫌なにおいがする。
四つ足に戻り、静かに匂いが漂ってくる方向に進み始める。
(ナナ、この子はもしかして熊さんかな?)
(大正解です。この森の王である灰色熊です。)
(灰色熊?それって、グリズリー?)
(はい。この森の無敵の王者。人々からは神として崇められる存在。)
(で、今この子が向かっている先は?)
(お察しの通り、オコナー大尉のところへ向かっています。周辺の地図を表示しますか?)
(頼む。)
視界が例によってゲームのような画面に切り替わる。前方約五百メートルの地点を二十一個の三角マークがゆっくりと動いていく。
そのマークの先頭は赤色。多分大尉を示している。そこから十個ほどが二列になって進む。その後ろは黄色になっている。
多分大砲だろう。あと三百メートル程先に進むと、緑のマークに出会うことになる。そこは、コニー広場。ヤバイ。このままでは先に着かれてしまう。
「おい、止まれ。」オコナー大尉が命じた。
その後方に汗だくになって大砲を引く兵士と後ろから押す兵士がいて、命令に救われたように足を止め一息をついた。
「ジミー。この先の緩いカーブをぬけた先に村がある。偵察に行ってこい。」
「イエッサー」
ジミーと呼ばれた兵士は、オコナーのお気に入りで大砲引きには加わっていなかった。
ジミーは、藪に隠れるようにカーブの先まで行き、偵察を始めると、すぐに駆け戻ってきた。
「報告します。前方には二十以上のテントと、百人以上の土民がおりました。服装は整っていて、豊かそうであります。」
「そうか。」
オコナーは、顎に手を当てて舌なめずりをした。
「直ちに占領する。攻撃準備!」
「しかし、土民の半分が武器を持った戦士です。」
「構うものか。全員銃に弾を込めよ。訓練通り二段構えで銃撃を加える。」
「大砲はどうしますか?」
「まだ、ここに置いておけ。」
「イエッサー。」
尋ねた兵士は、厄介者から暫く解放されることを密かに喜んだ。
兵士たちは銃に弾を込め終わると、二列横隊の陣形を組みそっと前進を始めた。
標的の村が、はっきり視認できる位置に着くと、前列の兵士は、片膝をつき射撃姿勢を取り、大尉の命令を待った。
その時だった。後方に置きっぱなしだった大砲が勢いよく横隊を組む兵士の背後に迫ってきた。
大砲は獣の唸り声をあげている。兵士は一気にパニックに陥った。ドミノ倒しのように、大砲に衝突され弾き飛ばされる兵士たち。
大砲の横を大砲と同じ大きさの灰色の獣が駆け抜けて行き、大砲に挽かれ損ねた兵士を跳ね飛ばしていく。
狙いもまともに定めずに発射された銃弾があちこちを飛び回り阿鼻叫喚の騒ぎとなった。
(平本さん、今の隙に熊さんは森の中に姿を消しましょう。)
(判った。流れ弾に当たって怪我をする前に、おさらばしよう。)
熊の意識を森の奥に向けさせて一目散に逃げだす。RPGゲーム状態になったままの視野は、グレイ達がコニー広場に到着したことを告げていた。
グレイは、コニー広場に到着寸前で数々のバラバラな射撃音を聞き、足を速めた。
広場の入り口(オコナー大尉が入りかけた所とは逆の入り口だが)に入ると、村人が銃撃に驚いて逃げまどっていたが、特に誰もけが人は出ていないようだった。
そして、もう一つの広場の入り口が大混乱に陥っていた。
大砲は、広場の入り口付近で横転していた。その周辺に倒れているのは、イギリス軍の制服を着た兵士ばかりで、ほぼ全員がけがをしているのか、地上でうめいている。
そちらに駆け寄って更に詳しく様子を見ようとしたとき、灰色の塊がまだ立っている兵士に体当たりをかませて、吹き飛ばしていた。
こちらに向かってくることを予測して身構えたグレイ達に対し、灰色熊は興味を示すことなく、森の方へ向きを変えて静かに立ち去って行った。
「何だったんだ?」
(近くに来ていた灰色熊に助けを求めました。)
突然、ナナの思考がグレイに流れ込んできた。
(おかえり。有難う、助かったよ。)
(グレイの環境適応能力は、すごいな。)
(なぜ?)
(よくこの状況で平然としてられる。)
(これが平然?
あきれてものも言えないだけじゃないか。)
(それはそうだろうね。)
(何二人で分かり合ってるんですか。それより、グレイ。皆に指示を出してこの事態を収拾しないと。)
グレイは、改めて周囲を見回すと、グレイ小隊に指示を出し始めた。
「オコナー小隊の武装解除と拘束にかかれ。ホーク、すまないが武装解除と拘束を他の戦士にも手伝わせてくれないか?」
「判った。お前たち、グレイを手伝え。」
「オコナー大尉。失礼して武器を預からせてもらう。」
どうも、オコナー大尉は大砲に追突された拍子に腰を痛めて立てない様だ。グレイが、大尉のサーベルと拳銃を取り上げてもうめき声しか出せなかった。
ボブは、そんなオコナーに対して容赦無く後ろ手に縛りあげる。
全員が縛り上げられたことを確認し、怪我人の手当てを始めた時に、思い出した。
マッキントッシュの隊を同じように縛り上げたまま放り出して忘れていた。多分、ホークの部下が離れて見張っているはずなので、問題はさっき見かけた大きな熊の餌になっていないかだ。
「フランク、コーダー。」
「はい、何でしょうか?」
「悪いが二人でマッキントッシュの無事を確認しに行ってもらえないか?」
「いいですよ。で、無事だった場合どうします?」
「あいつらは、そんなに痛めつけていないから、足の縄をほどいてやれば、自力でボートへ戻れるだろう。ま、また途中で悪さをされると困るんで、ボートまでお見送りしてもらえると助かるな。」
「了解しました。」
そう返事をした二人はすぐに最初の広場へと取って返していった。
「ホーク。酋長は、今どこにおられる?」
「まもなくコニー広場に到着されるでしょう。」
「そうか。」
「グレイ海尉。オコナー部隊の状況報告をよろしいでしょうか?」
アレックスが、かしこまって言った。
「うん、頼む。ついでに、そのかしこまった喋り方は止めてくれ。」
「自力で歩けない兵が、オコナー大尉を含めて六名。重いものを持てないくらいの負傷者が三名。残りは比較的軽傷です。いま、村の女たちが手当てをしてくれています。」
「村人たちの被害は?」
「流れ弾が当たって穴が開いたテントが四つと、逃げようとして転んで、ひざを擦りむいた子供が一人いました。」
「そうか。それだけで済んだか。」
グレイは、安堵のため息を漏らしてから命じた。
「よし。手当てが終わった者から、大砲の前に連れてきてくれ。」
「オコナー大尉。災難でしたな。」
「海尉!縄をほどけ!命令だ!」
「余り大きな声を出さない方がいいですよ。腰の痛みがぶり返しますよ。」
「何故だ。マッキントッシュ中尉はどうした。」
「命令書を受け取った時からこうすると決めていました。
私が誇りに思う海軍も、王国も、悪意のない弱者を痛めつける事をする人間の集まりじゃない。このような命令に正義は無い。私はこんな不正義を認めない。海軍を辞めさせて頂く。」
「そんな勝手が許されるものか。」
「誰にも許可を求めてはいません。俺が、俺自身で決めたことだ。」
「ガキのようなことを言っていないでこの縄をほどけ。」
「あなた方をここで全員抹殺する事は容易いのですよ。
しかし、自分の同胞に対してそのようなことをするつもりは有りません。おとなしく艦に戻り、イギリスに帰る事をお勧めします。
そして、二度とこのような侵略行為は止めて、もっと友好的に貿易の交渉をすることをお勧めします。」




