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はなやぎ館の箱庭  作者: 日三十 皐月
第2章 「箱庭の夢語」

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終幕 「希望の星々」





「おばあちゃん、あの星には何があるの?」



ーーーおばあちゃんは、聞けばいつだって私の声に応えてくれた。


それがどんなに突拍子のない質問でも、何度か繰り返し聞いたようなありきたりな質問でも。

どんなに忙しく手を動かしていても、どんなに遠いところにいても。


私の声が耳に届く限り、聞けば答えてくれて、呼べば飽きることなく応えてくれた。



「あの星に何があるか?そうねぇ、地球と同じじゃないかしら」


「同じ?」


「全てのことは相対してるんだもの。あの星と同じ座標で起きたことが、此処でも同じように起きてる。地球にあるものも、次元を超えて形は違っても同じように存在しているかもね」


「そうなんだ!」



庭仕事をしていたおばあちゃんは、薔薇の剪定を終えて、幼い私の頭を愛おしそうに撫でた。

その暖かさに心地よさを覚えながら見つめた、手入れが行き届いた綺麗な庭。

そこはまるで、絵本を彩る1ページのようだった。



「じゃぁ、あまねがここにお花を植えたら、どこかの星でもいつかお花が咲くのかな?」


「あら、とっても素敵だわ。そうしてみましょう。丁度昨日コスモスの種を貰ったのよ、スコップを持って待っていて」



私専用のかわいいスコップを持って待っていると、花の種を持って戻ってきたおばあちゃんが手際よく準備をしてくれた。

ふかふかの土に種を蒔いて、日付と名前を書いた紙を挿す。



「違う星では、どんなお花が咲くんだろう。虹色のお花かな?ぴかぴか光ってるお花かな?」


「きっと、あまねが望むものがそこにあるはずよ。あなたが今を一生懸命生きた先で、いつでもあなたを待っている未来なんだから」


「そうなの?それって素敵!じゃぁ、花束みたいなお花がいいな~。一つ植えたら、花束みたいにたくさん咲くの」


「良いじゃない。丁寧に毎日お水をあげましょうね」



お返事をして、いつかの遠い未来だというお星さまを見上げる。

昼の空で瞬いているそれは、不思議と私の心に夜空の中よりもずっと眩しく映った。



「あまねね。此処でしたことと同じことが違う星で起きるなら、やりたいことがあるの」


「あら、何かしら」


「世界中の人を繋げるお仕事をしたい。あまねが此処でたくさんの人を繋げるお仕事をしたら、未来の星でもきっと誰かが案内してくれるでしょ?」


「周らしい考え。そうね、きっとそうだわ」


「違う星ではきっと、言葉が通じないこともあると思う。そんな時にね、誰かが言葉を繋げてくれたら嬉しいから。だから、あまねは此処で先に同じことをする。そしたら、地球だけじゃなくて宇宙のその先でも皆が仲良く暮らせるって思うの」



ぐるりと見渡した、青空。

星々の歌が聞こえてきそうな快晴を仰げば、太陽の光が燦々と降り注いで。

見守るように浮かぶ真昼の白い月に、うさぎを思い浮かべて不思議と笑みが零れた。


そんな私の体を抱き寄せて、おばあちゃんは優しく言葉を紡ぐ。



「周にしかできないことがある。思うように生きてごらん」


「うん。ありがとう、おばあちゃん」



ーーー小さい頃、遠い昔の記憶。

当時の温もりさえ思い出せそうな暖かい記憶は、私の中にいつまでも留まって。


最後の時なんて来ないんじゃないかって。

そんな勘違いをしてしまいそうなほど、優しく、いつまでも。








*   *   *   *   *








「おばあちゃん、元気?」



ーーー不意に降って来た声に顔を上げると、潮が歯磨きをしながら聞いてきた。

周は静かに頷いて、眺めていた写真を手に微笑んでみせる。



「あれ…話してたっけ?」


「んにゃ。何も知らないけど、写真見て何となく元気かなーって思ったから。聞いてみた」


「ふふ、元気は元気なんだけどね。お姉ちゃんのことは分からなかったみたい。私も次に会ったら、誰?って聞かれちゃうのかな~って思ったら怖くて。中々会いに行けてないんだよね」


「そうなん?知らんかった…でも何か、神社のお手伝いとかは結構頻繁にしてるって言ってなかったっけ?」


「うんとね、分からないのは部分的にって感じなんだって。日常的にやってたことは自分で全部できてるんだけど、それ以外のことを少しずつ手放してるように見える、ってママが言ってた」


「そっか。じゃ、数回会ったことあるだけの我々はもう砂埃ほども覚えていらっしゃらないだろうなぁ」


「年に3回顔出してたお姉ちゃんでさえ忘れられてるから、もしかしたらそうかも…忘れられるって悲しいことだから、皆には内緒にしておいてね」


「もちのろんですわい」



しゃかしゃかと歯磨きの音を立てながら、周の座るソファに腰掛けた潮。

写真を覗き込んで、思わず笑みを浮かべた。



「ちっちゃいあまねん。かわよすんぎ」


「ありがと。この時は、おばあちゃんが私のこと分からなくなるかもなんて夢にも思ってなかったな~」


「会ってないんだからまだ分かんないでしょ。そう悲観的にならないで」


「うーん、でも、お姉ちゃんのこと分からなかったって聞くとね…自信なくなっちゃう」


「大丈夫。例えおばあちゃんがもう覚えてなかったとしても、こうして写真と周の記憶に残ってる思い出が全てで、宝物だよ」


「うん…そうだね…」



祖母に抱きしめられて、愛らしい笑顔をカメラに向ける幼い周。

不安そうな周の横顔をじっと見つめた後、潮は一度洗面所へ行って歯磨きを終え、手にアルバムを携えて戻ってきた。



「なぁに?はなやぎのアルバム?」


「ーーーいや、わい家のアルバム。そんでもってこれ。何とわいの兄貴です」


「えっ!!!え~~~~!!!初めて見た!!えっ!!潮にお兄ちゃんいるって聞いたことはあったけど、あまりにも話題に出ないから冗談なのかと思ってた…!!ホントだったんだ…!」


「まぁ、こんな時でもないと取り立てて話題に出そうと思うことでもないんでね」



ローテーブルに開かれたアルバムを、まじまじと見つめる。

古い写真には、幼い潮と少年が無表情で映っていた。



「この無表情さ加減…!う、潮みを感じる…!」


「潮みとかいう表現作るのやめてね。私はお母さん似だし、兄貴は父さん似なんだけど…とはいえ雰囲気はバチクソ似てるなぁって自分でも思うわ」


「うんうん!ほぇ~…お兄さんも顔整ってるね~…え、ちょっと待って。ちっちゃい潮がかわいすぎる…」


「ま、この無表情な兄妹の写真をただただ見せたかったわけじゃなくてですね」



言いながらページを捲っていく潮。

その様子をにこにこと見つめていた周だったが、やがて小首を傾げ始める。



「我が家は母方の祖母が長男大好きでね。恥ずかしながら私は母方からはいないものとして扱われてきたわけですが」


「い、いないもの…?潮も全然笑ってないし、ていうかちょっと、お兄さんの写真が消えたような…?」


「おお、良くお気付きですね、さすがあまねん。何と、兄貴はあまりにも可愛がられた結果、母方の祖母の方へ行ってしまいましたとさ。めでたしめでたし」


「えぇぇっ?!じ、自分の意思で…?」


「まさか。兄貴はお母さんが大好きだったし、お母さんも兄貴のこと大事に思ってたよ。でもうちのお母さんは、自分のお母さんに反抗できるような育てられ方をしてなかったんだよねぇ」


「……え…?てことは…嫌だったけど、頼まれたから…ってこと?そんな…」


「母親として命懸けで産んだ子供を渡したくないって気持ちより、お母さんに逆らったらいけないっていう感情の方が勝っちゃうような関係性だったってことなのさ」


「でも、そんなの…潮のお父さんたちは納得いかないんじゃ…?」


「どんだけ父さんたちが納得いかなくとも、これはお母さんにとって全ての感情を上回るほどの『命令』だった。有無を言わせない事象だった、言われた以上絶対にそうしなきゃいけなかった」


「……、」


「てなわけで、わいは早い段階で兄貴とは離れて暮らすことになってね。で、全く関わることもなかったんだけど」



何と言えば良いのか迷っている周に軽く微笑みかけた後、薄いアルバムの真ん中で捲る手を止めて潮は続ける。



「それがね、兄貴が社会人になってからかな?急に父方の祖父の方に連絡があって」


「え!」


「その時に手紙が送られてきたんだけど……あー。これ見てもらう前に前提情報として伝えとくと、母方のおばあちゃんは私のお母さんのことが嫌いだったのね。でも生まれた子供は男の子で、お母さんに似てなくて可愛かった。だからほしくなった。って感じなんだけど」


「え、えぇ…?!あの…え…?」


「うちではね、色んなことが普通だったのよ。家系としてそういう業があったということで、流し聞きしてくださいな。で、これが手紙」



アルバムに挟まれていた、丁寧な字運びで綴られた手紙を受け取って、周は息を呑む。



『小さい頃から永遠に聞いていたお母さんの悪口も今はなく

ひたすら赤ん坊のようになった祖母がベッドの上で朗らかに微笑んでいます

あれだけ暴力的に愛情をかけてきたはずの俺のことなんて、欠片も知らないようです


これまで、母方の祖母の家で暮らすことが最大の親孝行だと思って生きてきました

祖母が俺を忘れた以上、この役目は終わりです

連絡もなく長い間離れて何を今更、と思うかもしれませんが、

妹や両親に会う機会を与えては頂けませんか』



「何だろう、言葉の綴り方にも若干の潮みを感じる…」


「まぁちょっと分かる」


「それで、お兄さんには会えたの…?」


「うん。全然一緒にいなかったから、ほぼ他人と初めましてしたって感じだったけど。『酷い毎日だった。よく分からないまま母さんから祖母と住むよう言われて、暮らしたら母さんの悪口を聞かされ続けて、買い与えられるものはいつもどこかずれてて、言うことを聞かなければ暴言を吐かれて、思うように行動しなければ夜通し喚き散らされていた』って言ってた」


「………」


「そんな毎日でも、泣きながらお願いしてきた母さんの為に我慢してきた。でも、結局最後に残ったのは、自分のことなんて何一つ覚えていない祖母ただ一人だけだったって」



当時を思い出しながら話した潮の横顔を、周が今にも泣きそうな顔で見つめる。

それを感じ取った潮は、軽く首を振ってみせた。



「いやいや、こんな重たい話をただ聞かせたかったわけじゃなくてですね」


「うぅ…ふらっと聞くにはだいぶヘビーだったよ…潮…!」


「すまんすまん。まぁもうちょい暗い話が続くが聞いてくれないかい」



気を取り直して、今度は周の持っていた写真を見つめながら話を続ける。



「あんまり話したことなかったけど、実は私も同じようにお母さんからは嫌われてたんだよね。兄貴のことに関しては『連れて行かれたのが潮だったら』ってめちゃくちゃ言われたし」


「えっ…」


「母方にはね、そういう業があるのよ。自分のことを好きになれなかったお母さんは、自分と顔が似てる私のことを愛せなかった。でも兄貴はお父さんに似てたから可愛かった。此処までの理由は全部おばあちゃんと一緒。変えられないループが起きてる」


「……潮…」


「私はそのループを変えたくて、自分で選んでお母さんのお腹から生まれて来たんだって、小さい頃からそう思って生きてるんだけど。はは、変でしょ?」


「そんなことないよ。潮、そんな顔して笑わないで…」



無理して笑った潮の背中を、周が優しく撫でる。

その暖かさに零れた笑みと、言い難い切なさ。



「まぁ話した通り、そういう家系の端っこに生まれてきたわけだからさ。昔は写真っていうものにあんまり特別さを感じてなかったのね。むしろ自分が映ってるってだけで敬遠してたし、要らないくらいに思ってた」


「……」


「でも、はなやぎでこうして皆と思い出が増えていくようになって、写真を残そうって思えるようになってさ。柄にもなく思うんだよね。いつかこの日々を忘れる日が来ても、皆との大切な瞬間を切り取ったこの写真たちのことはーーー例え何も分からなくなったとしても、ずっと暖かいまま愛していけるんじゃないかって」



背中を撫でてくれた手を取って、そっと手を重ねる。

人肌の温もりというものの尊さを、魂は既にどこかで知っているかのようだった。



「あまねんとおばあちゃんが映った写真も同じ。こんなにも愛情溢れた写真が、こうしてあまねんの気持ちと一緒にきちんと残ってるんだ。それって忘れ去られていく記憶よりも、ずっと暖かく此処に在り続けるものなんじゃないかな」


「…うん」



分け合う体温が、互いの温度を知って徐々に合わさっていく。

冷たい方は暖かさを分けてもらい、温かい方は冷たさを分けてもらう。

双方の真ん中で留まった温度は、人肌の温もりを身体にどこまでも知らしめた。



「兄貴は結局、ばあちゃんに全部忘れられた後に残ったのは空虚さだけだった。思い出にばあちゃんからの愛情なんて本当はなかった…そこに暖かさなんてなかった。残された写真もない。ばあちゃんが可愛がっていたのは、兄貴のことじゃなくてずっと自分自身だったって、どこかで気付いてたんだろうね。きっとばあちゃんも、同じようなループで空虚さを感じながら幼少期を過ごしてたんだ」


「…それは…潮のお兄さんを通して、幼少期の自分がされたかったことをすることで…満たされて朗らかな最後を迎えられたってこと、かな…」


「そうだね。自分の血を継ぐ女の子は愛せず、男の子はお人形遊びのように扱う。子供たちがその先でどんな風に生きていけるのかという責任も取らず。このループは、終わらせないといけないループだった」



潮が手を離すと、空気に触れた肌が少しだけその温度を落とす。

一生触れ合っていると分からない僅かな温度の違いを、潮は少しだけ愛おしく思った。



「最近ようやくそのループが終わってね。見て、家族写真」


「わ!え!潮のお母さん初めて見た!!めちゃくちゃ綺麗~!!」


「少なくとも、私と兄貴の顔は無表情じゃなくなってるでしょ?何かこう、家族のあったかさを…人並みには感じられる写真だよね」


「感じるよ~!素敵な写真」



アルバムの最後に飾られた、家族写真。

全員が微笑んだ瞬間に撮影された写真は、過去どんな写真よりも鮮明に映っているようだった。



「家族として皆で過ごしてきた時間は、ほとんどなかったけど。兄貴はこの写真を見て、『ばあちゃんみたいに全部忘れる日が来ても、この写真だけは忘れられない気がする』って言ってた。私もそう思う。同時に、母さんが私のことを忘れる日が来ても、このあったかい写真と思い出さえ私が忘れずにいればそれでいいかもなって思うんだ」


「…潮…」


「だからさ。長くなっちゃったし、何が言いたいのか分からなくなっちゃったけど…」



アルバムを閉じて、ソファで周に真っ直ぐ向き合った潮。

真摯な態度を受け止めて、周は嬉しそうに微笑んだ。



「大丈夫だよ、あまねん。忘れられていたら悲しいと思う気持ちと、大切な思い出は此処にあるっていう確かな想いは、どっちも暖かいものだから。両方大事にして。それで、もしおばあちゃんと向き合えたら…気兼ねせずに話してくれたら嬉しい」


「ありがとう、潮…」


「辛い時は我慢しないで。いつだって此処にいるからさ」



潮のアルバムに、自分の幼少期の写真を重ねて。

周は潮を力いっぱい抱きしめた。



「潮、ありがと~~~!!!」


「ぐぇーーーー!首絞めてる首絞めてる!!」



そうして一頻り騒いだ後、潮は改めて可愛らしい格好をしている周に質問をする。



「それで?かわいい格好して。どっか良いとこお出かけですか」


「うん!近くに美味しいカフェが出来たから、一緒に行きませんかって誘ってもらったんだ~」


「お。もしかして…」


「そう、栄さんに誘ってもらっちゃった!」


「ひょえーーーお熱いですなぁ。気を付けて行ってきてね」


「ありがとう!楽しんでくる。美味しそうなものがあったらお土産に買ってくるね」


「チョコ系で。チョコ系で頼む」


「は~い!潮も、無理せず休みながらね!」



今から執筆をするのだろう潮にそう声を掛けて、玄関ホールに向かう。

新調した靴を履いて、周は改めて言った。



「潮、本当にありがとう」


「何を仰いますやら。こちらこそ身の上話聞いてくれてありがとね」


「聞けて嬉しかった!おばあちゃんのこと、暗い気持ちじゃなくてあったかい気持ちで向き合えそう。だから、ありがとう」


「そりゃ良かった」



行ってらっしゃい、行ってきます。

暖かいやり取りを終えて、はなやぎ館を出る。

また此処へ帰って来たら、潮は此処にいて。

おかえり、ただいまと伝え合えるのだ。


暖かさが全身を巡って、周はどうしようもなく満たされた気持ちになっていた。








*   *   *   *   *







「ーーーっていうことがあって…」



その後、カフェで栄と合流し、食事を楽しんでいる最中。

潮の身の上話は割愛しつつ今日の出来事を話した周の声を、栄は真剣に聞いていた。



「忘れられてたら悲しいけど、やっぱりおばあちゃんのあの暖かい手のひらは、触れる内に触れておきたいなって。そう思えたんです」


「……」


「まだちょっと怖いけど」



すると、そう笑って言った周の手を、栄がしっかり握った。



「会いに行こう!」


「えっ?」


「会える時に会っておこう。怖いなら、一緒に行こう。会っておきたかった、って泣いている周ちゃんの顔は、お友達も俺も見たくないよ」


「……、」


「笑顔の君が何よりも美しいと思うから。忘れられてても、会えて良かったって君が笑えるならそれが全てだと思う」



近くの席に座っていた人たちが、栄の言葉に小さく黄色い声を漏らす。

恥ずかしくなって一瞬顔を紅くした周だったが、すぐにその言葉の真っ直ぐさに心を震わせた。



「ありがとう…じゃぁ、一緒に行ってくれますか…?」


「勿論」



繋いだ手のひらがあまりにも暖かくて、涙が零れて落ちた。

いつかプレゼントしたハンカチを慌てて取り出して拭いてくれた、栄の優しさに触れて。


周は勇気を出して、祖母のいる家へ向かうこととなった。






ーーーカフェで会計を終えた後、バスに揺られて祖母の家へ到着した2人。

先に訪れていた母親に声を掛けて、周はどきどきしながら祖母と対面した。


ベッドの上で休んでいた祖母は、窓の外に向けていた視線をゆっくりと周へ向ける。



「おばあちゃん…周だよ、分かる?」



部屋に入って来た周と栄を、交互に見比べて。

祖母は、朗らかな表情で口を開いた。



「あぁ……ごめんなさいね。誰だったかしら…こんな美人な知り合いがいたなんて」


「………」


「そこに座ってくれるかしら。せっかく来てくれたんだもの、ゆっくりしていって頂戴ね」



ベッドの傍にあった小さなソファに、2人で腰掛ける。

栄はショックで声が出ない周の背中を、そっと支えた。


その時、祖母の顔が何かを思い出したように明るくなる。



「………あら、待って…何か…嗅いだことのある香りがするわ。こちらへ寄ってくれる?」


「!うん」


「あぁ、待って。この香り…」



急いで立ち上がって、祖母の傍に寄る。

しばらく時間をかけて記憶の細糸を辿る様子を見つめているとーーーやがて、しっかりとした眼差しが周を捉えた。



「もしかして、あまね…周でしょう?あらあら、急に大きくなったのね」


「おばあちゃん…!」


「…周ちゃん。多分、周ちゃんが小学生くらいのままの姿で記憶が止まってるんじゃないかな…」



小声で言った栄の言葉を受けて、慌てて写真を見せる。

受け取った祖母は、嬉しそうに写真と周を見比べた。



「そうだわ…そうそう。周。私のかわいい周…あなたが周なの…?驚いた…」


「周だよ、おばあちゃん。覚えていてくれて嬉しい…」



溢れ出た涙を隠せず、そのままぎゅっと抱きしめる。

背中をとんとんと優しく撫でてくれる暖かさを、周はぎゅっと噛みしめるようにして味わった。


その光景を見て涙ぐんでいた栄を視界に捉えて、祖母は不思議そうに質問をする。



「あら…それで、お隣のお兄さんはどちら様だったかしら?」


「周ちゃんと親しくさせて頂いてます。さかえ 史千珈ふみちかと申します」


「そうなの。そう…素敵な方と出会ったのね、周」



頷きながら離れて、ソファに座り直す。

並んで座った2人をよくよく眺めて、祖母は栄に向けてゆったりと話し始めた。



「ーーー周はね、とっても身体が弱かったの。それでカナダのおばあさまも小さい頃遠くから良くいらしてね、とっても心配なさってた。小学生に上がる頃には随分強くなったけれど、それまではずっと病院で」


「そうだったんですね…」


「幼稚園にまともに通えないままいきなり小学校に通ったから、お友達と上手くやれなくて。とても苦労していたわ。だって、病院はご年配の方がほとんどでしょう?同い年の子と関わる機会がないんだもの。ようやく身体が強くなったと思ったら、今度はお友達とのことで傷ついて帰ってくるばかり」



香りから引っ張り出してきた記憶の引き出しの中には、たくさんの思い出が入っているようだった。

溢れ出てきたお話に、栄は真剣な面差しで耳を傾け続けた。



「この子は病院でずっと頑張ってきて、辛い思いもたくさんしてきたのに。代われるなら代わってやりたいけれど、全てのことは経験。泣いて帰ってくる背中を撫でてやることしかできなくて、ずっと歯痒かった…」


「……」


「でもね、どんなに慰めても、大丈夫だからってにっこり微笑むの。心の声と反対のことを口にするのはとても苦しいことなのに、この子はいつもそうやって笑っていた」



お茶を持ってきてくれた母親も、その話を聞く為に別の椅子へ腰掛けた。

どこか違う時の流れにいるかのような佇まいで、祖母は続ける。



「だからいつも言って聞かせていたわ。『言葉は、あなたの心を正しく外へ響かせる為に使うもの。出すことも出来ずに飲み込んでしまった本当の言葉は、お腹の中でずっと響き続けてしまうのよ』って。『ずっとずっとお腹の中へ飲み込んで、とうとう自分の本当の声が聞こえなくなってしまうことなどないように。自分に正直に生きて』と」



いつか聞いた言葉が、時を超えてすっと心の中に入って来る。

意味を持って存在するその言霊は、周の道をいつだって真っ直ぐにしてくれた。



「お兄さん。この子はとっても優しい子だわ。どんなに辛くても、大丈夫よと微笑む子なの」


「はい」


「どうか、この子の心の声に耳を傾けて。傍で支えてあげてくださいね」



涙目で力強く頷いた栄に、母親も祖母もにっこりと微笑んだ。

祖母はその後、周の持ってきた写真を手に取って聞く。



「周ちゃん、このお写真…私にくれないかしら」


「うん、勿論だよ」



気を利かせて写真立てを持って来てくれた母親。

写真を丁寧に収めて手渡すと、祖母は幸せそうに受け取った。


それから、白いメモ用紙に、周と達筆で書いて写真立てに貼りつける。



「何だか何もかも、上手く思い出せないのよ。でも、これならきっとすぐに思い出せるわね」


「うん。おばあちゃん、そしたらこれも一緒に」



いつか写真館でプレゼントしてもらったはなやぎのメンバーとのポラロイドを、写真立ての隣に飾る。



「思い出せなくても、大丈夫。周はおばあちゃんのことが大好きだって、それだけきっと覚えていてね」



メモ用紙をもらって、だいすきと添えると。

祖母は心底朗らかに微笑んだ。



「素敵ね。また会いに来てくれるかしら」


「うん。絶対に会いに来るからね。覚えててくれて、ありがとう…」


「ありがとう」



愛おしい時間が名残惜しくて、最後にもう一度手を繋ぐ。

分け合った温もりを心にしっかりと焼き付けて、2人は祖母の部屋を後にした。



「周。写真立て、二枚入りの写真立てに変えておくからね。おばあちゃんに会いに来てくれて、ありがとう」


「う゛ん…!会えて良かっだ…」


「栄さん。こちらまで来てくださってありがとうございました。泣き虫な娘ですが、今後ともよろしくお願いします」


「いえいえ!急に伺ってお邪魔しまして…ありがとうございました。おばあさまにもお会いできて、本当に良かったです。どんな周ちゃんも素敵だと思ってます。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」



どぎまぎと返事をした栄に微笑んで、靴を履く。

軽く別れの挨拶を終えて家を出ると、清々しい風が周の傍を駆け抜けて行った。



「…今回、普段自分のことをあんまり話さないお友達が、私を励ます為にたくさん色んなことを話してくれたんです。言いたくないこともあったはずなのに」


「…周ちゃん…」


「栄さんもこうして、私の背中を押す為に、おばあちゃんの家まで着いてきてくださって…本当にありがとうございます」


「俺は………………」



道すがら感謝を述べると、隣を歩く栄が口を噤んだ。

何だろう、と見上げた周の瞳に、耳まで真っ赤にした栄の顔が映る。



「俺は、その…………」


「……はい………」


「…………周ちゃんが……………」


「はい………」


「…………………」


「…………………」


「……幸せな笑顔で溢れる道を、ずっと進んで生きて行ってくれたらいいなって。いつもそう願ってる…んだよね……」


「…ありがとう、ございます…」


「だから、えっと…その、一緒におばあちゃん家に行けて良かったし…えーと…」



かつてないほどカクカク歩いている栄を見つめて、思わず吹き出しそうになる。

それにも気が付けないほどあわあわしている栄は、歩きながら続けた。



「みんな、周ちゃんのことがダッ!大好き…なんだよね…!だから、おばあちゃんも言ってたけど…周ちゃんの思うように生きられるように、これからも支えさせてほしい」


「………」


「おっ、俺からはそんな感じかな…!じゃぁその、えっと、い、行こうか…!」



暖かな太陽が降り注ぐ中。

真っ赤になった栄の隣を、周は緩んだ頬をそのままに歩幅を合わせて進む。


ついて歩く2人の影が、仲睦まじく寄り添っていた。










*   *   *   *   *   epilogue









(潮!ただいま~!)


(お。お帰りー。早かったね)


(カフェに行った後、栄さんと一緒にね、おばあちゃんに会いに行ってきたの!覚えててくれたよ~!)


(おお!?急展開ですな。覚えててくれたか、そりゃ何よりですわい)


(潮がね、たくさんお話してくれたお陰だよ。素敵な時間だった。ありがとう)


(身の上話をした甲斐があるってもんです。会える時に会っとかないとね……てか栄さんと一緒におばあちゃん家に行くて。おいおいマジかよ激アツじゃんかよ。デートもしたし、もしかしてそっちも急展開ある?)


(ふふ、美味しいもの食べ歩いたりは結構してるけど…どうだろう?)


(いやー、聞いてるだけで何かどきどきしちゃうわ。進展あったら教えてね)



(あ、そういえば。栄さん、今農家さん継いでいらっしゃるでしょう?それでね、今後は小梅さんのところと提携してカフェを開きたいんだって)


(いや全然別方向の進展あって草。カフェマ?)


(そのお手伝いをする為に、どんな風にするのがいいかな~って相談がてら『一緒にカフェ巡りしてみよっか』っていう流れで今回そういうカフェに行くことになって。まさかそのままおばあちゃん家に行くとは思わなかったけどね)


(いやぁ、さすがに秒読みですかねぇ。つーかカフェ展開ガチあっつ。農家カフェってこと?神じゃん)


(すごいよね。しかも聞いて!この前2人でバンビさんのお店にランチ食べに行った時にね。今借りてる店舗を移転したいのよね~って話してて。すっごいタイムリー!と思って農家カフェのお話もしたの。だから農家カフェにバンビさんインする可能性もアリ!)


(ゑ?農家カフェにバンビのイタリアンまで投入されるってこと?神展開キタコレ)


(小梅さんのところの食材を使ってお菓子のメニューとかも練っててね。美味しいものいっぱいのカフェになったらいいなって、今から楽しみなんだ~)


(マジかよ…)


(デザインもできるし、パソコン詳しいし、農家もしっかりこなしてるし、カフェも開こうってなさってるし…栄さんってさ、すごいよね!)


(うんうん、すごいよねぇ)


(あ!ちょっと!やめてよその感じ~!)


(うんうん、豪快なノロケ聞かされちゃってるよねぇ)


(もう!そんなんじゃないから!潮にはもう話さないもん!)


(ごめん、ほんとにごめんなさい。ノロケでも真剣に聞きますから、お願いだから進展は聞かせて。頼む)


(ふーん!)



(あ、そうだ。今日見てた写真、はなやぎにも飾りたいから貸してくれない?写真館に頼んだらやってくれそう)


(あ…ごめん、おばあちゃんに渡しちゃった。元のデータがないかお母さんに聞いてみるね!)


(ありがと。そっか、おばあちゃんに渡したか。そりゃ良い写真でいつでも思い出せるね)


(えへへ。ねぇ、潮のちっちゃい時の写真も飾ろうよ!アルバムどこに置いた?)


(もうしまっちゃいましたー)


(え~!!じゃぁ私のも飾らない!)


(えー…)


(マジテンションのえー…やめて?!いいじゃん、潮のも飾ろうよ~。あ、4人の家族写真の方にする?)


(じゃぁ、うちらだけってのも何だし、中央ホールの一角にそれぞれの家族写真飾る場所設けますか。それならいいよ)


(アリ!それすっごくアリ!叶うなら、セリーたちの家族写真も見たいな~。ご主人と、セリーと、萌ちゃんの3人で映ってる写真)


(ああ、それならわいが腐るほどデータ持ってるから、もう勝手に現像して飾っとくわ)


(さすが潮…!ナイス…!)


(かのあは姉弟の写真が良いかな?あ、そうだ。蛍も姉弟3人だよね。写真とかないんかな?)


(それなら私が持ってるよ~!かわいいやつ持ってる!今からお母さんに連絡してデータもらって、今日このまま写真館行っちゃう?)


(いいね。おそのは確か、おじさんが和菓子屋の前で撮ったって言ってたからそれ貰おう。で、かのあはこの前の遊園地写真で3人で並んで撮ってるやつあったからそれで。じゃぁ準備してきますか)


(いいね!お母さんに電話してくる!)



(データあるって!写真館に持って来てくれるみたい!)


(おっけおっけ、おじさんもすぐ対応できるってさ。んじゃすぐ出ますか)


(は~い!)



(家族写真なんて飾っちゃったら、はなやぎがどんどん素敵な場所になっていっちゃうなー)


(ふふ。潮がこの場所を私たちに作ってくれたんだよ)


(…好きな友達と一緒に暮らして、毎日楽しく過ごして、色んなイベントごとして。夢みたいだわ)


(……もし、おばあちゃんみたいに忘れる日が来ちゃっても。この場所はきっと、ずっと暖かいままだね)


(そうだね。そう在りたいな)


(もっともっと、楽しいこと分け合っていこう!素敵な毎日をありがとう、潮)


(こちらこそ。素敵な思い出をありがとう、あまねん)








終幕 「希望の星々」 了







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