生兵法は大怪我のもと
夜久が設置した魔法時計は十二時間の設定で、あと四時間ということは、すでに八時間は経っている計算となる。
夜久はこの時計を設置してから、ずっと起きて時計を見守っていたのか。
「見守るわけ無いじゃん。睡眠は大事だからね。俺も寝たさ。」
「でも、秒針だけの時計じゃないの!」
「都希の体内時計を使ったんだよ。君の睡眠時間は八時間。猫並みに長すぎるが、まあ君はお子様だ。いや、流石に現役女子高生と褒めてやるよ。規則正しい生活がよくわかる体内時計だった。体がちゃあんと日常の時間をちくたくちくたく正確に可愛く刻んでいるんだ。」
私は自分の体を自分で抱きしめた。
なんだか知らない間に夜久に体の中を弄られた感覚だ。
「あんた。私が寝ている間にすけべえなことしていないでしょうね?」
「して欲しかったか?指一本お前ン中には入れてねえが、入れて具合を確かめるぐらいしても良かったかな。寝ている間に開発しておくってのも、エロ漫画っぽくて確かに燃えるな。」
「このどすけえべえが!」
私は枕を投げ飛ばしていた。
夜久は楽しそうに枕を受け取って笑い、まるで恋人にするみたいにちゅっとキスの真似事をして見せた。
単なるおふざけ。
ウィンクとか投げキッスとか、その程度の振る舞いだ。
夜久のすること成す事ムカつきはするが、夜久のろくでなしさを知っているから流しまくっているというのに、この、キスの真似事だけには我慢できないのは何故であろうか?
本気でキスされなくて良かったって思うべきでしょう。
私がじとっと夜久を見つめてしまったからか、ドルイドである彼は私の内面を読んでしまったのだろうか?
彼はその長い足でたった二歩だけ歩いて私の真ん前に立つと、無駄にデカい体を屈めて私を子供にするみたいにして見下ろした。
「どうした?可愛い都希の困りごとなら、俺が聞いてやるよ?キス一つで。」
昨日の私だったら、夜久のこの言葉に反応して、彼に対して大声で罵りの言葉だけを返したことだろう。
だって昨日の私だったら、夜久の言葉も振る舞いも、単なる助平なだけの男のするものにしか見えなかったのだもの。
では、今日は?
昨日よりも夜久が見えている今日は?
私は自分が羽織っている夜久の青いシャツ、警察官の制服の青シャツのボタンが弾けてしまう勢いで前を開いた。
「そう困っているの。ブラジャーもつけて下さる?前払いのキスはどちらのほっぺにすればいい?」
夜久の視線は私の胸に釘付けとなり、顔に浮かべている笑顔は仮面にしか見えないぐらいに凍り付いた。
「夜久さああん。信用しておりますのよ?パンツの時みたいに私にブラジャーもつけて頂けるかしら?」
自分こそ一体何をしているのだろうか。
人に見せるには発達途上過ぎる胸であり、もっと恥じらってもいいはずなのに、夜久が私に本気でキスも嫌らしい行為もする気が無いとわかった途端に、さあ何かしてみろと見せつけてしまうだなんて!
夜久は一歩前に出た。
私と彼の体が密着するぐらいの近さとなり、私の中の私は一瞬その親密さに逃げ出しかけたが、新たに生まれた挑戦的な私は胸を反り返らせて夜久に挑んだ。
夜久は両腕を私の背中に回し、私を自分に引き寄せ……無かった。
私の背中側で、両手を大きく打ち合わせたのだ!
ぱちんと。
「きゃあ!って、わああ!」
急に私の中に羞恥心が蘇った。
私は自分ではだけさせたシャツを打ち合わせ、自分が一体何をしようとしていたのかと夜久を茫然と見上げるしか出来なくなった。
夜久は、ああ、夜久は、私の背中に今度こそ両腕を回し、自分に私を引き寄せてぎゅうと抱きしめた。
私が彼を罵らなかったのは、抱きしめ方が嫌らしくなかったからだ。
なんだか五歳児を抱き締める感じに彼はぎゅうと私を抱いていると、そんな風に感じる抱き方なのである。
やっぱり。
「……あなたは出まかせばかりなのね?私に何か嫌らしい事をする気なんて、もともとなかったんだ。」
「それで怒ってたんだ。あんなにも色々嫌らしい事をした俺を持ち上げるなんて、都希はマゾっけがあるんじゃ無いのか?俺は都希にキスがしたいよ?ただし、キスしたら最後までやるけどいいんだろうな?」
「嘘ね。絶対にキスもしないし、やったりもしない。」
「ふう。君と妖精さん回路を繋げた俺の責任かなあ。妖精はエッチが大好きな種族だもんな。」
「え?繋げた?」
夜久はふっと微笑んだ。
そして私の頬にすれすれに自分の唇を近づけた。
「言っただろ?君を通して妖精狩りをしたんだと。」
そして私の背中に回す左腕に力を込めて私をほんの少し持ち上げ、私はそのために殆ど爪先で立っているような不安定な姿勢となった。
不安定ならば?
揺るがないものにしがみ付く。
私の両手は夜久の両肩をそれぞれ掴んだ。
私の手という留め具を失ったシャツは再びはだけ、私の肌を潜り込んだ空気がなぞり、私の両の胸の先端がきゅっと尖って持ち上がった。
それも私は夜久の肩から手を外さなかった。
私にぶら下られた男はクスクス笑いを響かせながら、私を背中を抱いていた右手を動かしてその手の指先を私の顔へと持ってきて、自分を見上げるように私の顎を持ち上げた。
私は為すがままとなって夜久を見つめた。
前髪が落ちている夜久の顔は幼く見えて、私を見下ろすその表情を純情な男性の真摯なもののように見せている。
私は両目を瞑ってみせた。
キスを絶対にしないとわかっている相手にさせようと試みるなんてと、自分の中で生まれた奔放さに驚いてはいた。
けれどもこの行動は、昨日から散々に夜久から受けた刺激で生まれた感覚によるものだからと、夜久を恨んでの仕返しも含んでいるのである。
勝ち負けで考えれば夜久には負け続けだったから、私は見つけたばかりのこの事実で夜久に勝ちたいと拘ってしまっているだけかもしれない。
「後には引けないよ?」
「脅えているのはあなたの方じゃないの?」
そう、絶対に夜久は引く。
この男は警察官。
ろくでなしを装っているだけなんだわ!
「ただの男になったら、君が責任を取ってね。」
「え?」
パチッと目を開けた途端に、私の視界は夜久の顔で遮られ、私の唇は柔らかな夜久の唇で塞がれた。




