ドルイドの真髄
カチカチという音で目が覚めた。
昨夜はパンツを履かせてもらったそこで私は夜久に唆されるままにベッドに横になり、惰眠を貪ってしまったのだと思い出した。
惰眠か?
唆されるままに?
夜久に信頼を寄せて安心しきってしまったなんて!言いたくは無いじゃない。
自分の背中とくっついた夜久の背中が温かで、硬くてゆるぎない感じがしたから物凄く安心できて、ついでに夜久の唇までも思い浮かべてしまったなど、死んでも認めちゃいけないでしょ?
眠る前の夜久は、出会った時から今までで、一番に恰好良く感じた。
最初からそんな男を演じておけよ、そんな風に思った程だ。
これなら安心だろ?
優しすぎてかえってムカつく。
どうせ私は小さくて子供みたいにしか見えないわよ!
「わあ!私こそどうして子供に見られて喜ばないの!あいつに変態行為をされなくて良かったって喜ぶべきよ!」
私は自分の思考に抗議したまま大声まで上げており、自分の喋った言葉の内容は夜久に聞かれたら瞬時に死ねると慌てて口を両手で押さえた。
ぽすん。
私はベッドに仰向けに転がった。
いるはずの硬い壁が消えている。
「あれ?夜久はどうした?」
ベッドには彼の姿は無い。
カチカチカチカチ。
「ああ、煩いなあって――!!」
のっそりとベッドから起き上がり、音のする方へと振り向けば、何もなかった壁に大きな時計がはめ込まれており、それの秒針がカチカチと音をさせながら盤上を動いていたのである。
「なんだ?これ?」
「時限爆弾。」
私は夜久の声に、え?となりながら振り返った。
そしてすぐに顔を時計に戻した。
首がむち打ちになったら夜久のせいだ。
風呂上がりらしい男は、全裸に首にタオルをかけて登場したのだ。
首にかけたタオルの端が見事に見事な胸筋のある胸の乳首を隠していたが、隠すならばプラプラ股にぶら下ってるそれを隠して欲しい。
後ろの方で軽い笑い声と乾燥の呪文が聞こえ、この登場の仕方は普通に私への揶揄いでしかなかったと夜久にムカついた。
カチカチカチカチカチ。
直径が夜久サイズもある時計にも私はムカついた。
なんだか、さっさと交尾をしろと煽っているように感じるのだ。
早くやらないと爆発しちゃうぞ、って、おい、夜久は時限爆弾って言った!
私は再び夜久に振り向いた。
彼はにやっと微笑むと、履いたばかりのパンツを下げようとした。
「やめて。朝からそんなものは見たくない。」
「朝でもないけどね。昼でもない。ここは妖精が作った時間など消えた異次元空間だ。」
「じゃあ、この時計は何なの?時限爆弾って、時間が無いのに?」
夜久は時計を見返して、ひひっと笑った。
それがとっても悪辣な表情で、私こそびくっと震えた。
「あの、何なの?これは?」
「強制的に時間を刻む時計だよ。妖精には時間が無いから永遠だ。そこで、俺が妖精に時間を与えたのさ。奴は君に関与して君の感覚を欲しがっていたからね。君にシンクロしようとする奴に俺の魔法を植え付けたのさ。」
私は急に眠くなったことを思い出し、あれは妖精が私に干渉して来たからなのだと思い立った。
夜久が私に背中をくっつけようと提案したのは、私を守るため?
いや、それこそ全部夜久の魔法?
「都希が俺に心を開いてくれたお陰かな。君をゲートにして奴に接触することができた。」
「私にパンツ履かせたりと良い男ぶりをして見せたのは、全部妖精を捕まえるための演技だったのか。」
「俺は一石二鳥が好きなんだ。妖精も捕まえる。可愛い女の子も捕まえる。」
悔しい。
可愛い女の子のところで私の頬が真っ赤になっている!
「おうや?俺を罵倒しないのか?とうとう俺に惚れたか?」
「逃げ出した後でいくらでも罵倒するわよ。夜久はちゃんと妖精と戦ってここから私を逃がそうとしてくれている。私はそれだけで嬉しいもの。」
え?
夜久こそが顔を真っ赤にして私から顔を背けたぞ?
妖精は褒めて褒めて自爆を誘い込む。
やっぱり、夜久もそれが効くのか!
「それに、ええと、昨夜は感動したの。いくらでも私の唇を奪えるのに、頬へのキスで済ませたところとか。なんか、物語の騎士とか王子みたいだなって。」
「ダウト。やり過ぎだよ。」
私はちぃっと舌打ちをした。
夜久はそこでワハハと嬉しそうな笑い声を立てると、私に寄り添うようにしてベッドに腰かけた。
そして自分の成果をさらに示すようにして、時計を指さした。
「人間と同じ時間を共有して身に時を刻んだその時は、妖精の身体は人間界の時間というものを知ってしまう。つまり、彼らは妖精で無くなるのさ。」
一度言葉を切ると、夜久は低い声で笑い出した。
地面のそこから響く様な悪魔みたいな声だった。
「あと四時間の命だ。ゆっくり噛みしめな、アルノルディー。」
「あ、じゃあ、あと四時間以内に妖精は妖精でいたいからと、私達を解放する?」
「いいや。妖精は理解できないまま四時間後に消えてなくなるだけだ。」
「じゃ、じゃあ、私達は!」
夜久はそこで私に振り向くと、私が聞きたくも無い台詞を呟いた。
「俺達も一緒に死んでしまうな。」
私は思い切りの笑顔を夜久に見せつけてから、夜久の裸の背中をバシバシと真っ赤になるぐらいに強く叩いた。
「いた、お前、痛いって、うわ!」
「だって、この時計!死にたくなかったら四時間以内にお前とやれって私への脅しと同じなんじゃないの!」
夜久は、あ~、と気の抜けた声を出した後、それでもいいかな、と言った。
「いや、そっちの方がいいか。俺は女子高生とやれるし、妖精の呪縛から一般人を救出した実績も出来る。ついでに、この時計をこのまま残しておけば、俺をふざけた目に遭わせた妖精も滅ぶ。おお~。一石三鳥だな。これで行こう!」
私は再び夜久の背中を叩いていた。
「痛!痛いって。」
「元々の案を言って!じゃ無いと何があってもやらせない!」
「うわお!」
「しまった!」
私は自分の口から飛び出した言葉に失敗したと思いながら両手で口を塞いだが、言葉はもう出てしまっているので無駄な行為でしかない。
夜久はヒヒっと嬉しそうに笑うと、口元を覆う私の左手の甲に唇を寄せてちゅっとキスの音を立てた。
「何かあって欲しいねえ。だから教えてあげよう。」
夜久は私を抱き寄せて、それは妖精に聞かれないためなのか、とっても小さな囁き声で彼が本来計画していた対処法を語ってくれたのだ。
「妖精が滅ぶその瞬間、放出されるエネルギーに乗ってこの閉じられた空間を脱出する。」
私は死にはしない。
絶対に助けてもらえると確信した。
「すごい!夜久はちゃんとできる男の人だったんだ!」
私は夜久に抱きついていた。
出口が見つかった嬉しさで、感謝ばっかりで抱きついてしまっていた。
この男は妖精を手の平に乗せて謀ることもできる悪辣な奴だ。
そんな事も忘れて、私は単純に喜んだ気持ちのまま抱きついていた。
だから、その後に起こることは自分では想定していなかった。
嘘よ、嘘。
昨晩夜久にキスされなかったために、私はずっと考えていたのだ。
男の人とキスするってどんな感じなのか。
彼は指先で私の顎を持ち上げて顔を傾けた。
私はそっと両目を瞑った。
ちゅ。
夜久は私にキスをしたが、それは私の鼻の頭に、だった。
信頼できる大人の男の振る舞いをしてくれてありがとうと、この部屋に閉じ込められて初めてぐらいに感謝できる素振りであったに関わらず、私はむっとしたまま夜久を突き飛ばしていた。
どうしてムッとするのかわかんないけど。




