十二話 新たな生活
人を殺した。いや正確に言うと殺したかもしれない。
「誰か、誰か来て、人が落ちた、人が落ちたんです」と、めちゃくちゃ焦ってる僕。
「お客さん、誰が落ちました?」
「ここに傷があって、こっちの耳が切れてる男です」
「おい、ベンじゃないか。誰か船内にベンがいないか探しに行け。船長を呼んで来い」と、偉そうな船員が指図する。
「お客さん、何があったんです?」と、船長。
「そこを歩いていて、いきなりあそこの隅に引っ張られて、金を出せと言われて」一息ついて「そこで相手の腕を取って振り払ったら転んでここから海に転落したんです」
「船長、どうもベンがやらかしたみたいです」と、先程の船員。
「お客さん、怪我はない? 金を盗られてない? じゃあ、忘れなさい。蚊に刺されただけです。きれいに忘れましょう」
「ほれ、皆戻って、戻って、何もなかったよ」と船員が集まってる人間を散らす。
最悪だ。今朝まで船酔いもない快適な船旅が、スタンガン魔法を当てた奴の顔がちらつくし、船酔いが始まるし、食欲も無くなるし。それからエイミーの子守だけをして過ごした。
船員の半分が「奴も船員だし、お日様が出てるから岸に泳ぎ着いたよ」、もう半分が「奴は怠惰だしいつも酔っぱらってるから溺れたな」と言ってる。
次はストラスフィートの王都からストラスフィートで三番目に大きな町カードゥに向かう馬車で起きた。荷物の量が多い、エイミーとのふたり暮らしに慣れるまで荷物の量を減らせない。ハンググライダーもある……面倒だったので乗合馬車でなく馬車を仕立てカードゥに向かった。
「御者さん、カードゥまで馬車を仕立てられる?」
「空いてるから良いよ、何人?」
「僕とこの子のふたり。あと、荷物がちょっと多い」
「じゃあ、すぐ出発しようか?」
「えっ、今出るの?」
「カードゥは、朝出て二泊してカードゥに昼着くか、昼出て二泊してカードゥに夕方着くかのどちらかだ。今日はちょっと遅いが殆ど空荷だ余裕で追いつく」
「単独で走って追剥や山賊の心配は無いの?」
「ここ何年もそんなもの聞いたこと無いな。大丈夫、大丈夫」
「良し、荷物積んで出発!」
なぜか強盗が出た。因みに僕の中では、山賊は最低の身なり。強盗はマシな身なりで分けてる。どうも王都からつけられたらしい。御者もグルかと疑ったが真っ青でガタガタ震えている。これは違うな。
下卑た三人が笑いながら馬で寄ってき、
「おい、金を持っていそうな坊や大人しくしてろ」
「最高だなガキと赤ん坊も売り払えば証拠も何も残らねえ」
寄ってきた三人に軽くスタンガン魔法を当て落馬させ、ひとりずつスタンガン魔法で完全に気絶させた。その後、奴らの馬の尻を叩き、馬を逃がした。
もう一度スタンガン魔法を当て完全にダウンさせ奴らの財布と武器を取り上げた。空を見るとだいぶ日が傾いてる。
「御者さん、この時間だと明日までここは誰も通らないよね?」
「そうだね、もう通らないな」
「そうか、行こうか」
「はい、行きましょう」
僕も御者も見なかった事にした。船酔い、寝不足、食欲無しで僕の心はささくれ立ち、ちょっと投げやりだった。屑どもが熊や狼に襲われないことを祈ってあげた。
現金だけポッポに仕舞い、財布と武器は途中で草むらにポイしてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
子育ては大変だ、甘く考えてた。世界中の赤ちゃんのママさん御免なさい。仕事なんてできない、国からくすねてきた金で生活することにした。
始めは、カードゥの街の下町で下宿をする事にした。老夫婦の二階の一室を借りた。朝と晩の食事付き。エイミーにはバランスを考えてプラス一、二品とおやつを僕が作る。
「エイミー、こっちおいで」
「にー、にー」と、エイミーが答えてくれる。完全な兄バカ。
ほぼ一日部屋でエイミーと遊んでるか、抱っこ紐でエイミーを抱え街をうろうろしてる。抱っこ紐は衣料品店に作ってもらった。元の世界で住んでた所が新興住宅地で休日公園を通るとよく見たものだ。二十個、僕の金で作らせた。全部売れたら試作品代と今後の利益の一部を頂戴する約束をした。僕自身が歩く広告で抱っこ紐はそこそこ売れた。少し儲かった。
一年ここに住み、エイミーも手がかからなくなってきたので猟師生活を始めることにした。色々聞き回った結果、モートラック村に決めた。近くに大きな領都があり、獲物の需要がある。この村の農地の向こう側は広葉樹の森、その向こうはアードモア大森林が広がり獲物に不自由しないと思う。
早速一軒家を借りた、幼児連れは夜逃げや踏み倒しが無いと思われたのか家はすぐ借りれた。しかし、ここは村というより町だ、近くの領都の生鮮食品の供給を賄う大農村だ。しかもアードモア大森林から獲れる食肉の供給基地でもある。
引っ越しも終わり、領都より人目に付かないのでここで生活することにした。当分はエイミーと村の中で遊んで顔つなぎしている。猟師で鋳掛も出来ますとおばさん連中にアピールして回った。
「こんにちは、今度そこの一軒家に越してきたシオンです。よろしくお願いします」
「あの家借りたのあんたか。何やってるんだ?」
「猟師です。あと鋳掛もやります。鋳掛は安くしますよ」(鋳掛は鍋や釜の修繕、僕はこれを土魔法で行う)
「みんな考える事は一緒だね、ここは猟師の競争が厳しいよ」
いい考えだと思ったんだが、最悪のチョイスか?
僕は仕事を猟から鋳掛けに大きくシフトした。猟は早朝に鳥か兎を獲る自家消費分だけだ。
この村の周辺は狩り尽くされ、いるのは商品価値のない野鳥と兎くらいだ。真面目に猟をしてる人間は、2、3人で1日かけて広葉樹林を抜けアードモア大森林に入り込み、豊富な獲物のいる場所で猟を行っている。この方法だと天候さえ間違わなければ決まった報酬が得られる良い仕事らしい。
まあ、僕とエイミーには無理なので早々に諦めたわけだ。
鋳掛けの仕事の暇なときは、エイミーとお散歩したりエイミーと同じ年頃の子供と遊ばせてそれを見ていたりする。エイミーとふらふらしている時に鋳掛の仕事を頼まれたりもしてる。鋳掛けの仕事は結構繫盛している。鍋、釜だけでなく包丁、鎌、鍬などの金属製品は全て対象だ。刃物を研ぐのは上手くないが、刃の欠けた部分の土魔法による金属の再生、クラックなど罅の再結合など農村での仕事は十分にある。
エイミーの5歳の誕生日をお祝いした。僕はエイミーに勉強を教え始めた。
「エイミー、今日は兄ちゃんと書き取りをする約束だろ!」
「今日はお友達と竹馬で遊ぶ約束してる!」
「兄ちゃんとお勉強の約束はどうする?」
「みんな、お勉強しないのに私だけ勉強するのはずるい」
「……」小さい子の『みんな』がでると厄介だ。それになにが『ずるい』のかも良く分からない。
そこで僕は教会に相談に行った。ここの教会はこの村の子供たちに教育を施してる。(本当に簡単な読み書きだけが無料、算術や高等な読み書きはお布施が必要)ここの教育のレベルと授業の雰囲気が知りたかった。
司祭といろいろ相談し話をした結果、僕が臨時の先生をする事に為った。何でだ? その代わりエイミーと友達ふたりをお布施無しで授業を受けさせてもらう。シスターを連れてエイミーの友達ふたりの両親の説得に向かった。お布施無しで授業が受けられると唆し実現させた。
エイミーはちょっと膨れっ面だが友達ふたりは喜んでいるため反対できない。僕の勝利だ。
翌日から僕は算術と読み書きの先生だ。
分かりやすい授業、飽きさせない授業が僕のモットーだ。勉強に興味を持たせたくて簡単な読み書きの授業後に、小さな子供を対象に古王国の成立や戦いのお話を面白可笑しく話したらとても受けた。子供たちの僕に対する好感度が著しく上昇している。
今日から教会で先生を行う。以前からしてた? 昨日までの先生は、ボランティア、無給、奉仕だった。今日からは有給、お金がもらえる。今までは週二日午前勤務が、週四日のフルタイム勤務に変更だ。
*この世界は一週間は6日、休みは6日目、教会は5日目が奉仕の日で司祭やシスター以外の先生(僕)、雑務員、生徒はお休み。教会の先生と生徒だけ週休2日で普通の学院、役所、商店、商会は皆週休1日です。
以前、僕が司祭に相談した時は、生徒が多すぎて先生が足りない状態だったらしい。それで先生ができるかと振ったところ簡単に了承し、見た目が貴族のボンボン風だったので取りあえずやらせてみた。そうしたら教え方が期待以上で逃がしたくないから正式採用したらしい。と、若いシスターのおねえちゃんが教えてくれた。
また、妹三人組と一緒に地理の授業を受けてる。大陸全般の大まかな地理は把握してるが、ストラスフィートの国内の地理は把握していない。国内の地理は他国の人間が受けることなど出来ないから貴重な体験だ。
今日も授業後に古王国の戦記をちょっと脚色して面白おかしく話をしたら、
「え~、きょうのお話、みじか~い、ずるい」と、ひとりの子供が駄々をこね始めた。
不味い、この手のもめごとは早めに火を消さないと五月蠅くなる一方だ。
「でも自分、憶えてる話みんな話したからもう無いよ」
「え~」
「う~」
「好し、火消し成功」
「これ読んで」と、ひとりの男の子。
消火しきれなかったか?
「……分かった。貸して」男の子から本を受け取り。
おい、おい、古代文字の本じゃないか。どこから持ってきたのか?
「ねえ、君、この本どこから持ってきたの?」
「一番偉い先生のお部屋」
おい、おい、不味いよ。
「勝手に持ってきたらダメだよ。返しに行こう」
「え~」
「じゃあ、一番偉い先生に聞いてみよう。皆で一緒に行こう」
火消しの為、司祭に対処してもらおう。
「先生、この本をお返しに来ました」
「君、勝手に持って行ってはいけませんよ。それにこの本は誰も読めませんよ」
「読むだけならできますよ」
「本当ですか? これ、何の本ですか?」
「たぶん隣りの領都の候補地の地理的な概要だと思います」
「……」子供たち。
「もう少し説明して」と、司祭。
「候補地の街道の高低差、ええと坂道がどの程度あるか、それから水がどれくらい確保できるか、あと良く分からない単語が多くて」
「君たち、こんな話聞いて面白い?」と、僕は子供に聞く。
パラパラと子供がいなくなった。
「シオン君、君はどこで古代語を習ったのかね?」
「先生、没落した貴族にして良い質問じゃないですよ」と、逃げた。
「そうですね、すいません」
逃げっ切った。
「もしよろしければ、古代文字で書かれた本の蔵書目録を作成してくれませんか?」
「ここの蔵書を読ませていただけるなら喜んでやらせていただきます」
「では、お願いしますね」
「はい、空いてる時間にコツコツやらせてもらいます」
コツコツと書名の翻訳と目録作りを続けた。始める前はグレンフィートと同じと考えてたが、危ない本ばかり、例えばXXX城の構築原案、各公爵家(現王家)の財務状況、街道整備計画書等。僕は、そのうち暗殺されるかもとビクビクものだった。
「司祭、このスタンが書いた備忘録(日記)、読ませてもらえませんか?」
「なんで、この本なのですか?」
「他の本は皆、報告書や企画書、財務関係、執務関係で読んでも詰まらなそうです。この本は日記なのでまだ読めるかなと思いまして」
「どんな人なんですか?」
「街道警備の隊長ですね。今まで見てきた中では一番面白そうですから」
「まあ、良いでしょう。教会内で読んでください。それから本の確認に大教会から古代文字に精通している人が来ます」
「その方は教会の人ですか?」
「もちろん教会内の人間です。何か問題でも?」
「いえ、ありません。学院の教師や講師を呼ばれるのかと思いまして」
「教会外の人間など呼びません。あなたも教会内の人間です。守秘義務を忘れないでください」
「はい、忘れません」
まったく失敗だ、この仕事怖くて仕方ない。
早く古代文字が読める人が来てお役御免になりたい。
この日記は当たりだった。スタンさんの日記はユーモアのセンスありで面白い。子供たちに話してみるか?
「ーーーーーーと、スタンさんは密輸の証拠を掴み手柄を上げました」「これが古王国のスタンさんの日記に書かれていた話だけど面白かった?」
「面白かったよ」
「詰まんなーい」
「……」
と、子供たちの反応。
年齢の上の男の子は楽しんでもらえたが女の子と年少は不人気だ。この手のお話は再考だな。
約一月後、
「こちらがパトリック・ウエストウッド主祭殿だ、古代語の本の確認に参られた」
「こちらの教会で読み書きと算術の先生をしているシオンと申します」
「姓は何と申しますか?」
「貴族を捨てた時に失くしました。もう覚えていません」
「そうですか。今までのご協力ありがとうございます」
いや~、久々に堅苦しい挨拶して舌が攣りそうだったよ。まあ、これでお役御免だ。良かった。
数日後、
「シオン先生、少し宜しいですか?」
「はい何でしょうか?」なんだ面倒なお願いか?
「魔法の研究の為、古代語を勉強されたのですか?」
「はい、良くご存知で」
「パトリックさんが古代語を覚える人は、古王国の研究者か魔法の研究者に限られると言っていましたよ」
「ええ、その通りです。もう挫折しましたが」
「そうですか、ここには魔法関係の書物が一冊も無く、がっかりされたでしょう?」
「ええ、そうですね。何らかのアクシデントで蔵書を避難させるとき、魔法関係は貴族、実務関係は教会に避難させたのでしょう。きっとどこかの貴族の館に今でも魔法関係の蔵書が眠ってるのでしょう」
「探しますか?」
「今の身分じゃとても無理です。それに探す当てが膨大で王様くらいしか探せませんよ」
「そうですね。……話は変わりますが、書名の翻訳を続けて頂きたい」
「? もう全て終わったと思いますが?」
「いや、また新たに見つかりました。よろしくお願いしますね」と、司祭は言いたい事を言ってすぐ去っていった。
司祭が隠してたのか? 僕の事信用してなかったのか? あのパトリックがざっと見て見せちゃいけない本は無かったって事か。やる気ないな~。
また、スタンさんの日記を見つけた。
「司祭、また新たにスタンさんの日記を見つけました。読んで構いませんよね?」
「はい、あー、一応パトリックさんに確認します。全部の翻訳が終わられたら、どうぞお読みください」
「はい、ありがとうございます」チィッ、全部終わらないと読んじゃダメかよ。
スタンさんの日記は最高に面白かった。以前読んだ日記よりこちらの方が古い。スタンさんは街道警備の隊長の前は街道管理局局長だった。役職から推察すると宰相の一個下か二個下の超偉い人だったみたいだ。この日記によるとダルモフィート以外の神ノ山に続く道の閉鎖に反対したため左遷されたみたいだ。アイジャンの逆鱗に触れたな。
神ノ山に続く道は、ここストラスフィートにも存在した。神ノ山に続く道の閉鎖、どうすればそんな事が出来るのか想像もつかない。どうにかしてその道を見つけたい。
もうひとつの疑問、スタンさんの役職名、財務関係の単語、企画書等、元の世界の言葉に由来している単語が多すぎる、僕以外の転生者がいた必ずいたはずだ。
たぶん古王国初代国王ジョージ・キャンベルフィートかその周りの近い人物。
有用な情報がいっぱいだ、しかしできる事は何もない。当分温めておこう。
ある日の夕食、
「兄ちゃん、鳥肉飽きた。違う肉食いたい」
「時々、兎の肉も食べてるだろ」
「違う! 兎の肉も鳥肉と一緒、鹿や猪の肉が食いたい」
「うっ、痛いところを」
「どうした兄ちゃん、大丈夫か?」
「昔言われたことを思い出しました。獲物も食卓も変化をつけましょう」
「誰に言われたの?」
「恩人です。エイミーにとっては命の恩人ですよ」
「……」
「今度、詳しく教えてあげます。今度のお休みに獲りに行きます」
「一泊二日で帰って来れるの? 二泊三日必要じゃない」
「ハンググライダーで行きます」
「でもハンググライダーじゃ森に降りれないのでしょ」
「では問題です。ここから森の中心に一日歩いた所と、ここから街道を一日歩き、そこから森の中心に半日歩いた所、どちらが獲物が多いいでしょう?」
「街道を一日歩いて森の中を半日歩いた方」
「ピンポン、兄ちゃんもそう思います。兄ちゃんはハンググライダーで一日分を一時間で行きます。一日もしくは一泊二日で帰って来れると思います」
「兄ちゃん頭良い!」
「それから言っておくことがあります。今度、食うと言ったら頭グリグリします。食べると言いなさい。分かりましたね」
「は~い」
「次に今度のお休み誰か友達の所に泊めてもらいなさい。決まったら兄ちゃんがお願いに行くから教えて」
森の中、
村から街と反対方向にハンググライダーで一時間飛び、そこから森に入り三十分。フフフ、獲物が多い、だけど丁度良いサイズの獲物が見つからない。狙いは小ぶりなメスの猪、子供は小さすぎ、オスは大き過ぎる。小ぶりなメスの猪の血を抜き内臓を抜き頭を落としてやっと担げる。小一時間探して見つけた丁度良いメスの猪、一矢で仕留め、その場で手早く解体し担いで戻り始めた。
帰りはクマよけの鈴をガチャガチャ鳴らす、これで熊、猪、鹿との不意な遭遇が防げる。
行きの倍以上の時間をかけハンググライダーまで戻る。
帰りに神ノ山に至る道の痕跡を探した。森の縁500m内側を飛んでみたが痕跡など何も見つからない。結構しつこく探したがダメだった。三百年の月日が痕跡を消したのか、アイジャンが魔法か何らかの仕掛けで痕跡を消したのか、探した場所が違うのか、今の僕には分からない。
久々の猪のお肉、美味しかった。しかし肉の九割以上をエイミーの友達に配って歩いた。エイミーがお泊りした家には要らないと言われても大量に置いてきた。よく考えれば野鳥でさえ俺とエイミーでは持て余し気味だ。今後は普通に猟師から買いましょう。




