十話 ロングフィートの思惑
領都から戻ると僕は赤ちゃんを執事に渡し、ハンググライダーを分解した。その後、水浴びし、厨房で食事をしてコソコソと子供部屋に向かった。
月明かりで赤ちゃん達の寝顔を眺めてるとカーナル夫人が声をかけてきた。
「シオン様、よろしいですか?」
「どうしました?」
「明日の領主の訪問ですが、お客の案内が目的らしいのです。領主自らの案内などお偉方か他国の賓客に限られます。また、メイドや調理師など多数連れてくるので長期化するみたいです。この屋敷の中ではとても隠れられそうもありません。それでどこか民家か鉱山の管理施設に避難して下さい。よろしいですね」
「分かりました。私が隠れているとまずいですね。それでは少しお休みして近隣を見てきます。戻れるようになったら北側二階の角部屋の窓辺に日没後、蝋燭を灯してください。時々見に来ます」
「……楽しそうですね。遊びに行くみたいです」
「そんなことありません。まったくありません。避難です。そう避難です。あと、エイミーの事、よろしくお願いします」
僕は屋根裏部屋を整理し、僕の痕跡を消せるだけ消した。用意を済ませ午前二時頃には屋敷を後にした。
「シオン様は行ったみたいだな」
「ええ、明日からは大変です。朝一番に街から人を集めてください。屋敷の大掃除から始めないと。シオン様が羨ましい」
「愚痴っても仕方ない。明日は早い、もう寝よう」
「はい」
早朝、街から女手を集め屋敷の清掃を開始する。兵と有志で街の清掃。街の有力者と鉱山関係の商会の支店、別邸に領主一行の関係者が泊まる可能性を伝える。
昼には何とか格好がつき、昼過ぎに領主御一行が到着した。御一行は頭の痛くなるメンバーだった。領主夫妻、第一王子、ロングフィートの侯爵、部屋が足らない。
バタバタが長々と続き、やっと領主との打ち合わせが行えた。
「すまんな、こんな大勢で押しかけてしまって」
「いいえ、これも大事な仕事で御座います。それで今後のご予定をお聞かせください」
「わしもよく知らんだ。チャーベス侯爵の視察をサポートをしろ。王子を名代につける、侯爵の要求はできるだけ叶えろと陛下のご命令だ」
「これからのご予定をお教えください。それから私の役割も」
「明日から順番にすべての鉱山を見に行く。そなたは案内だ」
「それでは、侯爵と王子を案内すれば宜しいのですね」
「いや、王子は今日の宴席だけでお帰りになる。後は領都でお待ちになるそうだ」
「それは?」
「王子は、陛下がロングフィートの言いなりになるのも、ロングフィートの横暴も我慢できないみたいだ。それで宴席までは付き合うが、後は領都で羽を伸ばすそうだ」
「それからわしも鉱山には付き合わん。わしは腰が痛くて無理だ、侯爵にはそう伝えた」
「えっ、私が直接侯爵を接待するのですか?」
「いや接待をしろとは言わぬ。案内じゃ。すまぬが頑張ってくれ。わしは疲れたから休む」
苦難は始まったばかりだった。
騎士爵の屋敷での宴席、
「ロングフィート王国の要望を聞き入れていただきアベラフィート王国の皆様には感謝が絶えません。今後とも両国の発展をお祈りし、乾杯を致しましょう」
「わが国の方針で有望な鉱山に出資したいと考えております。それが他国であってもです。皆様にご協力をお願いします」
チャーベス侯爵は至って普通の人、それが俺の感想だ。
だけど、王子も領主も全く信用しないという顔だ。
「しかし、ここの鉱山は鉄鉱石と銅山ばかりで貴金属や宝石の出る鉱山は在りませんが」
「いや、いろいろな鉱山を見せて頂けばその知識が新たな知識につながります。先ずは勉強です」
「はあ、勉強ですか?」
「それより、このカトラリーは素晴らしい一品ですね。ここに書かれてる『アナマリアトからアンナへ』のアナマリアトとはグレンフィートの女王陛下の事でしょうか?」
「はい、女王陛下より出産祝いで頂いた品です」
「……」王子。
「……」領主。
「どのようなご関係ですか?」
「いえ、ただ私は女王陛下付きの侍女をさせて頂いただけです」
「いや、ただの侍女にこのカトラリーは送りませんよ。とても信認が厚かったのでしょうね」
「ありがとうございます。侯爵閣下」
「話は変わりますが、このキャンベル山脈を越えてグレンフィートに行くことは可能でしょうか?」
領主はそっぽを向いてる、
「私が答えさせて頂きます。ここアベラフィートからは険しくて越えられません。南のロクスフィートからなら幾つか越える道があるそうです。しかしその道も馬車は通れず徒歩のみ通行可能だそうです」
「やはり輸送が難しいのですね」
「ここは、交通の便が良くありませんから」
「そうですね。いや……。それより明日からの案内よろしくお願いしますね」
「はい、もちろんです。ご期待に沿えるよう努力します」
翌朝、
王子と領主夫人は朝食後すぐに領都に向けて出発する。
その後すぐ侯爵と私もここから最も近い鉱山に向けて出発した。
第一鉱山事務所兼宿泊所、
「侯爵閣下、ここ一体が北山第一鉱山です。正面が第三坑道、その左が第四、第五坑道と続きます」
「第一、第二坑道は?」
「あの岩の陰になります。しかし既に廃坑で使われてません」
「掘り出された鉱石はどこですか?」
「この真下に見える小山が掘り出された鉱石です。右の小屋で破砕、選別し、その向こうの小山に積み上げられ搬出を待ちます」
「選別された残りはどこにありますか?」
「小屋のこちら側に積み上げてます。増えると邪魔なので随時、裏の斜面から下に落としてます」
「良く分かりました。近くで見ても構いませんか?」
「ええと、足元が泥濘ですが、それでもかまいませんか?」
「もちろん」
おいおい、この侯爵さま本気かよ。ほら高そうな靴が泥だらけだ!
「あちらの、破砕してる所にもっと近づいて構いませんか?」
「はい」と、侯爵に返事し。「おーい、破砕工程少し休憩だ。人夫を下がらせろ」監督官に皆を下げさせた。
「どうぞ、こちらになります」
え、手に取って見るのかよ! 侯爵は長いこと破砕された鉱石を観察していた。
「ありがとう。次の場所に行きましょう」
次は北山第二鉱山に案内し、侯爵は同じように破砕場で鉱石を観察していた。その後遅い昼食をとり帰途につく。
戻った我々は汗を流し昨日に比べると少し質素な晩餐で侯爵をもてなした。
その夜更け、
「今日の視察の報告をいたします」
「お前は固いぞ。少し飲め、それからじゃ」
爺さんはもう酔っぱらってるのか?
「はい、いただきます」
う~っ、旨い。
「今日は、北山の第一、第二鉱山を回りました。侯爵は泥濘で靴を汚すこともいとわず破砕された鉱石を熱心に観察されてます」
「ん? 真面目に見てるのか?」
「はい、とても真面目です」
「我が国に対する嫌がらせではないのか?」
「違うと思います。意見を述べて構いませんか?」
「構わん」
「彼らは新しい鉱物を探していると思われます。それは今まで不要物、不純物に扱われていた物。侯爵はどの鉱山が効率よく採取できるか判断するために見て回ってるのでは? 私の考えが正しければ、彼らは本気で出資するでしょう。もちろんお目当ての鉱山であればですけど」
「そうか、しかしここは王都も領都も遠いな。王に手紙を書こう。あすはどこに向かう?」
「明日は、ゆっくり出発し東山第一鉱山に向かいます。そのまま、第一鉱山の宿泊所で一泊し、翌日は東山第二鉱山、霧山鉱山を、さらに剣山鉱山の宿泊所でもう一泊、三日目は剣山鉱山を視察し帰途につきます」
「強行軍にしたな」
「はい、日程を詰めてと要望されましたので」
「では、最後は南山だな。戻られた日の翌日に休日を入れるか?」
「いいえ、必要ないと言われてます」
「本気だな。わしも南山は行くぞ。用意しとけ」
「分かりました。これで失礼します」
「ゆっくり休めよ」
昨日は東山大一鉱山、今日は東山第二鉱山を視察し、そして現在、霧山鉱山を視察してる。侯爵がどんな鉱物を探しているのか見極めようとじっと見つめてたら感づかれてしまった。侯爵はどの鉱石も同じ時間観察し私に覚られないように警戒している。
「侯爵、この鉱山は大変古い鉱山で破砕くずも緩斜面に積み上げられています。そちらもご覧になられますか?」
「ほう、それはぜひ拝見させてください」
私は侯爵を案内した。
「監督頭、どこが最も古い?」
「はい、一番手前の真ん中です」
「この山が一番古いのか?」
「人間、楽な所から捨て始めますので」
「はは、そうだな」
侯爵は風化している石の欠片を丹念に見ていた。どうも赤い石を探しているみたいだ。
侯爵は、ハットした顔でこちらを振り向き、誤魔化すかのようにそこを後にし先に進んだ。
二泊三日の強行軍は辛い、屋敷に戻った侯爵は、食事は部屋に運んでくれと告げると直ぐに自室に向かった。
私も足を引きずりながら領主の部屋に向かった。
「ご報告します」
「おお、どうだ?」
「侯爵はどの鉱山も丹念に見ていました。どうも赤い鉱石を探しているかと思います。しかし、私が侯爵を観察している事もばれましたので」
「そうか、明日だな。もう戻って休め」
南山鉱山、
「侯爵閣下、お目当ての鉱石は見つかりましたか?」うわー、領主は侯爵に直球で聞くのか?
「いえ、なかなか見つかりませんね」
「赤い鉱石は、何に使われるのですか?」えっ、また直球。
「何のことでしょう?」
「ほう、わしの所の鉱山はハズレでしたか?」
「そのような事はありません、本国に戻って検討しないと」
「そうですか、よーく検討して頂かないと。ははは」
「ははは、そうですね」
このふたりは……。俺は、胃がキリキリと痛み出した。
屋敷に戻った翌日に侯爵と領主は王都に戻られた。あの侯爵のタフさ加減に俺は驚いてる。俺には無理だ。皆がいなくなった屋敷で息子の寝顔を見て直ぐ眠りについた。
皆がいなくなった晩から妻は蝋燭を窓辺に灯した。
翌々日にシオンが戻ってきた。
「ただいま、これお土産だよ。皆で食べて」
僕は、大量の魚の干物、干し貝、ドライフルーツを取り出し夫人に渡した。それからこれはガラガラ、僕が直接エイミーとフォスターにあげるんだ。
「ふたりとも疲れた顔してるね。大丈夫?」
「大丈夫じゃない。でももう大丈夫だ」と、騎士爵が力なく答える。
「夕食、食べられる?」
「はい、今用意させるわ」
「エイミーとフォスターは、良い子にしてた?」
「全然、皆構って上げられないし、夜は片方が泣くともう片方も泣く。ふたりとも普段の二倍泣いてたわ」
「わー、今晩から兄ちゃんが付いてるよ!」子供部屋のふたりに向かって声をかけた。
「ここからじゃ聞こえないわよ。シオン様はどうしたんです?」
「遠出する気が無いので領都に向かいました。しかし、翌日には王子と奥方が帰られたので逃げだしました」
「そもまま領都にいても良いだろうに?」
「騎士と兵士が多く、居心地が悪そうで。なら王都を見たくなって王都に行きました」
「ここの王都も素敵でしょう。運河に王宮が映えて幻想的」
「ああ、素晴らしかった。しかし、ロングフィートは他にも特使を派遣しいてた。警戒が厳重でピリピリしてたよ」
「まあ……」
「それじゃあ、どこも大変なんだ」
「早々に逃げだして、東海岸の漁村に向かった。だからお土産が海産物なんだ」
「ふたり供、そろそろ寝たら。私は月明かりの赤ちゃんの寝顔を見に行くから」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
侯爵や王子の訪問から一月ほど過ぎた頃、
僕は気が緩んでいた。朝?(昼の12時だけど)食事を受け取りに厨房に向かっていた。ノッカーの音が聞こえた。執事が玄関に向かってる。
「馬はここに繋ぎますよ」と、外から声が聞こえた。
一瞬で目が覚め、素早く物陰に隠れた。その瞬間に執事が玄関を開いた。
「領主代行殿に通信をお持ちしました」と、兵士の声。
「ご苦労様です。食事をして行かれますか?」
「はい、いただきます」
執事と兵士が食堂に消えたことを確認し屋根裏に戻った。
夕食時に今日の失敗を夫妻に謝った。夫妻は気にするな、たとえ見つかっても親戚の子が来てるで済む話だと慰めてくれた。しかし僕の失敗で夫妻に不利益が生じたら僕は自分を許せないだろう。
「もう気にするな。それより領主の手紙によるとロングフィートと鉱山の件について何も進展がないらしい」
「侯爵は何しに来たのですか?」
「そういえば、何も話してないな。どうも赤い鉱石を探していたらしい。それも大規模に。ここよりもっと南の鉱山には他の特使が、街道沿いの鉱山には商人が来ていたと書いてある」
「赤い鉱石? それは何ですか?」と、カーナル夫人。
「分からん。領主殿も陛下もいろいろ調べたらしいが分からなかったと書かれてる」
「それ、分かりますよ」
「なぜ、シオン様がお分かりになるのですか?」
「他言無用、秘密厳守なら話しますが?」
「誰にもしゃべりません」
「おい、聞く気か?」
「喋らなければよいだけでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「赤い鉱石はアルミと呼ばれる金属の原料です」
「なぜ、知っているのですか?」
「あの空飛ぶ道具の骨組みがアルミです」
「あれはそんなに貴重な物なのですか?」
「そんな事ありませんよ。鉱脈を見つければたくさん採れますよ。あ、でもここアベラフィートは採れないと思いますよ」
「なぜ取れないと思うのですか」ちょっとむっとしてる。
「この山脈の向こう側を散々探しました。この山脈には鉱脈が無いと思います」
「あ、なるほど」
「貴重じゃないならロングフィートはなぜ探すのですか?」
「大金が絡んでるからだと思います」
「赤い鉱石は安いのでしょ?」
「普通に購入すれば安いですよ。でも密輸したので値段が跳ね上がったのです。〇〇〇かかりました」
「それは大領地の年間予算並みだぞ!」
「……」
「正規のルートで買えば百分の一で済みます。あの時は他国に空飛ぶ道具の説明できないので密輸したまで。ロングフィートは〇〇〇の価格で貴金属か大変有用な金属と勘違いしてるのでしょう」
「よくそんなお金がありましたね?」
「爺が骨を折ってくれたのです」
「そのアルミは武器に使用できますか?」
「アルミの特性は軽い柔らかい等。剣や殴打武器、鎧にはなりません。しかし馬上用の軽鎧等の有用な使い道はあると思います」
「使い道次第か」
「因みにどこで採れたのか?」
「それは商人に悪いので話せません」
「はは、そうか、そうだな」
「ええ、商人には悪い事しました。骨を折って探していただいたのに、次の商いは無くなりました」
「そうか」
「アルミは秘密じゃないのか?」
「秘密じゃありませんが精錬が難しいのです。今は土魔法でしか精錬できません」
「じゃあ、ロングフィートは無駄骨か?」
「ええ、今のところは無駄骨でしょう」




