帰りの出立
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「おはようございます」
慌ただしく出立の準備をしているキンタナ商会の門をくぐったのは、朝日が登り始め6時の鐘が鳴るには少し早い時間。まだ昼間は暑い時が続くとはいえ、朝の冷え込みは始まっているのだが、キンタナ商会の男たちは体から湯気を出しながら荷物を運び込んでいた。
「おお、皆様、おはようございます。中々早く来られましたな」
額に流れる汗を拭きながら、会長であるロッシ・キンタナが奥から現れた。彼も肩から湯気を出していて、どうやら店の若い衆と共に荷運びをしていたらしい。
「少し早めの時間についておいたほうが色々と捗りますから。お邪魔なようでしたら、もう少し時間を潰してきますが」
「いやいや、それには及びません。ちょうど昨夜、別な便が早めに到着してしまっててんてこ舞いなんですわ」
「なるほど。では、コロネ」
「は~い、お手伝いしてくるね!」
そう言ってコロネは麻袋が積んである馬車に向かった。何が入っているのか分からないが、大の男二人がかりで一つの麻袋を運んでいる。
「これをあっちに運べばいいんだよね?」
「そうだがよ、嬢ちゃんに持てるわけが…」
人夫の言う事を聞き流し、コロネは麻袋をヒョイと担ぎ指定された場所にどんどん運び始めた。
「な、中々力持ちなお嬢さんですな」
まさか一番小柄なコロネが人夫達を差し置き、自身の背丈と同じくらいの麻袋を運んでいる姿は、どこかユーモラスであった。そんなコロネは一生懸命に働く姿と向日葵のような笑顔を振りまいていて、そのおかげかあっという間に人夫達の人気者になり、あめ玉などの食べ物を沢山もらって本人もほくほく顔になっていた。
そんなコロネを眺めているうちに朝6時の鐘が鳴り響く。それと同時に門をくぐる一組の獣人がいた。
「失礼、遅れたかな?」
「いえいえ、時間ちょうどですよ。こちらがモンドさんと妹のルーナさん、こちらがソーイチローさんとティアラさん、コロネさんです」
「はじめまして、白鳥族のモンドといいます。そしてこの子が妹のルーナです。よろしくお願いします」
そう言って丁寧に頭を下げたのは身長190cmの鳥人の美丈夫だった。非常に綺麗な顔立ちの青年で、もしタレントとして活動したら即有名人になれそうな男だった。腰の左右に細剣を下げ、背中で畳んでいる翼は薄い茶色をしている。もし大空を飛びながら二本の細剣を振り回せば、その美しさに見惚れているうちに首を飛ばされることになるだろう。
妹と紹介されたルーナも兄と似て、とても綺麗な顔立ちをしている。肩口まで伸ばされたストレートの青い髪は兄とお揃いで、よく晴れた日の空のような色合いをしていた。一方背中の羽は兄とは違い純白で、まるで羽自身が光り輝いているような真っ白さであった。兄のモンドは非常に迫力のある巨体であるのに対し、ルーナはコロネとティアラの間くらいの身長で、どちらかというと小柄な部類だった。ちなみに胸も身長相応でAあるかなー程度だった。
また兄妹の違いは羽の色と身体つきだけではなく、その目つきも大いに差があった。兄は回りを包み込むような優しい目だったが、妹のルーナは全てを見通すような鋭い目をしていた。
「これはご丁寧に。自分はソーイチローといいます。後ろにいるのは従者のティアラとコロネです。共々よろしくお願いします」
「こちらこそ。早速ですが、護衛の指揮体系はどうしましょう?私はギルドのランクはCランクなのですが」
「俺は討伐のみCで残りはEですし、護衛依頼はまだ2回めですから、よかったらリーダーを引き受けて貰えれば助かります」
「分かりました。ではフィールまでの間、リーダーを引き受けさせて頂きます」
と、役割を決めているとルーナが悪戯っ子のように目を細め、こちらに絡んできた。
「なぁに?あなた討伐だけCなの?ふふーん、私の兄貴は全部Cよ!すごいでしょ!」
無い胸を張り、物凄く得意げな顔をルーナはしていた。
「本当にすごいと思いますよ。Cランクのオールラウンダーはとても貴重だと思います」
「あ、あら?そ、そう、あなた分かってるじゃない!」
いきなり俺が肯定するとは思っていなかったのか、最初はびっくりした顔をしていたが、後のほうは嬉しそうに笑っていた。
「こらルーナ、いきなり失礼だろ。申し訳ありません、妹が失礼な事を…」
モンドが大きな体を縮こませ、頭を下げながら謝ってきた。
「いえ、本当に大した事だと思いますので、ルーナさんが自慢に思うのも道理だと思いますよ」
「ほら、兄貴!この人族の男もこう言ってるじゃない!うんうん、見る人が見れば分かるもんだよね」
「まったく…」
ガクリとモンドが項垂れ、しょうがないと呟いていた。そんな仲良い兄妹を見るのはとても微笑ましく、俺も自然と笑顔を浮かべていた。
それから程無くすると出発となった。荷馬車は全部で四台で、一台が香辛料を積んだ箱馬車で残りが塩を積んだ幌馬車だった。御者四名と俺達護衛の5名の9名の旅となった。特に何の問題も無く王都の門をくぐりフィールへと向かう。護衛の俺たちは並走と御者の隣で休む事を交代で繰り返しながら道程を進めた。
俺が休憩する番になり、乗車するのは会長のキンタナが御する馬車だった。そこで少し疑問に思った事をキンタナにぶつけることにした。
「確かフィールも岩塩鉱山を持ってましたよね?なぜわざわざ運ぶんです?」
「実はフィールの岩塩は混ざり物が多すぎて不味いんですよ。ですからフィールにいる貴族や豪商は外部の岩塩に頼っています」
「ああ、なるほど。貴族相手ということは結構品を厳選したり大変じゃありませんか?」
「そうなんですよ…特に白ければ白いほど良いと考えられていて、少しでも茶色い部分があるとすぐに値を下げろと煩いこと煩いこと」
「その茶色い部分ってすごく不味いとかあるんですか?」
「いえいえ、確かに雑味は増えますが、私はその雑味が味を深くしてくれるので結構好きなんですよ。フィールの岩塩は多すぎですが。味見してみます?」
「おお、もしあったらお願いします」
「これでお客が増えたら私も幸せですからね、ぜひどうぞ」
キンタナのストレートな物言いに苦笑いをしながら、貴族が好むような真っ白い岩塩と少し茶色みの掛かった岩塩を味見した。確かに塩本来の味であるなら真っ白い岩塩のほうがいいだろうが、複雑な塩気という意味なら茶色い岩塩のほうが好みだった。
「なるほど、岩塩の美味しさというなら茶色いほうがいいかもしれませんね」
「ソーイチローさんもそう思われますか。ですがやはり人気は真っ白い岩塩のほうでして」
「それならいっそハーブソルトにしてはどうです?」
そう言った瞬間、キンタナの目がキラリと光った。
「ほう…それはどのような物です?なんとなく想像できますが」
「複数の乾燥させたハーブを細かく砕いて、同じく砕いた岩塩と混ぜるだけですよ」
「使い道としては?」
「油で揚げたジャガイモにハーブソルトをふりかけて食べるのは好きですね。単純な料理ですが、ハーブの香りと岩塩の塩気や雑味が上手いことマッチしてバクバクいける一品です」
「お、美味しそうですね。作り方についてもう少し詳しく聞いても?」
と、聞かれたので細かく答えた。こちらに同じハーブがあるか分からないが、思い出せるだけのハーブと混ぜる時の注意点を併せて教えた。そしてキンタナは考えた結果、
「ハーブソルトを商会の商品として売りだしても構いませんか?」
「ええ、いいですよ。キンタナソルトとでも名づけましょうか」
俺もハーブソルトが買えるようになるのは嬉しいし、屋台でポテトフライが買えるようになればもっと嬉しい。
俺の名付けに笑いながらキンタナは了解してくれた。またアイデア料を純利益の5%ほどくれるということも約束してくれた。後で書類に起こすと言いいながら、新たな商品に向けキンタナは物凄くやる気を出していた。
「いやはや、今日ほど早くフィールに着かないかと楽しみな行程は無いですな!あっはっは!」
雇い主が上機嫌で天気も良く、索敵も問題ない道中は足取りも軽かった。
今度は俺が歩く番でモンドが休憩の番となった。ぽくぽくと馬の足音を聞きながら、ふと上空を見るとルーナが気持ちよさそうに飛んでいた。これがスカートなら!と思わなくもないが、きっちり薄い皮のズボンだった。
「そういばモンドさんは空を飛ばないんですか?」
同じことをよく聞かれるのか、妹のほうを見ながら目を細めていた。
「一定速度で移動するなら歩くほうが楽なんですよ。妹は飛ぶことが大好きなので、ずっと飛んでいるだけです。まああれで一応索敵もしているので安心ですよ」
「なるほど」
兄と同じ方向を見ると、真っ白い羽を目一杯広げ、風を掴み、水色の髪が空と解け合い、ある種神聖な生き物を眺めている気になった。
「真っ白い羽は大空に映えますね」
そんな俺のひとりごとだったが、モンドは嬉しそうに言葉を紡いだ。
「私もあの子が飛んでいる姿を見るのがすごく好きなんですよ。ほら、綺麗に飛ぶでしょ」
ちょうど逆光に入ったルーナを眩しそうに見ていた。
「私達の村では風追いという遊びがあるんですよ。翼を羽ばたかせず、どれだけ長い間飛んでいられるかという簡単な遊びなんですけど、あの子はいっつも一番で」
俺とモンドの視線がルーナに向けられていることなど知らない彼女だが、遠くに何かを見つけたのか一方向を見続けていた。
「む、兄貴!あっちにゴブリン見つけたから倒してくる!」
そう言ってモンドの返事を聞く前にゴブリンの方向へ突撃してしまった。
「まったく…もう少し落ち着きを覚えてもらいたいものです」
「あらら。あのゴブリンは街道には近づかないはずなんですけどね」
「…気づいていたのですか?ゴブリンがいることに」
「探査魔法が得意な魔法使いですからね、まあこれくらいは。ゴブリンも三体だけなので、それほど恐れることも無いですね」
それからモンドは俺に対する態度を少し変えてきた。今までの態度も丁寧な対応だったのだが、その後は少し畏敬の念を抱いているような態度に変わっていた。モンドの話によると、探査というか感知について人族に負けたことは無かったらしい。負けたことはショックではあるが、それ以上にそのような魔法使いと同じ依頼をこなせるのは誇らしいと言っていた。なんというか、懐が広いイケメン鳥人だった。
「兄貴~倒してきたよ」
「お疲れ様。じゃあ僕と交代しようか」
「はーい、っと」
ばさりと大きく翼を羽ばたかせルーナは着陸した。動いている馬車を止めず、そのまま兄と入れ替わりで御者席の隣に座り、ふぅと息を吐き汗を拭っていた。
「やっぱり空を飛ぶのは疲れるの?」
「え?場合によるかな。ちょうどこの辺りは上昇気流が少なくて、羽ばたく回数が多くなっちゃうんだよね。そうするとやっぱり疲れちゃう」
俺から問い掛けられるとは思っていなかったのかルーナは一瞬だけ驚いたようだが、その後は普通に答えてくれた。
「ふーん、どんな場所だと上昇気流が多い?」
「えーと…水がある場所と山裾は鉄板かな。時間帯によるけどね。あと小さな気流は…なんとなくかな?」
「それで上手くいくんだから、やっぱり飛ぶことが好きなんだね」
「うん!この翼で風を掴むの好き!」
満面の笑みで真っ白い翼をバサリと広げながら話していた。しかし翼を広げたはいいが、隣の御者の横っ面にペチンと当ててしまい、ルーナはひたすらごめんなさいと謝っていた。
「くくく…」
「もう、笑わないでよ!」
「いやすまん、それにしても綺麗な羽だな」
「でしょ!自慢の羽なの!でもこのおかげで奴隷狩りに狙われる狙われる…」
「白い羽って珍しいのか?」
「真っ白は私しかいないかな。灰色がかった白はいるけど、純白はいなかった。むかーし、村にいたみたいなんだけど攫われちゃったんだって」
「そりゃひどいな。羽は籠に入れる眺めるんじゃなくて、自由に空を飛んでこそ意味があるのにね」
俺の飛行魔法『アルバトロス』の長い流線型の羽はただ眺めているだけでも飽きないが、やはり空を飛んでいる姿こそ一番似合う。
「ソーイチローよく分かってるじゃん!」
羽に負けないほどの白い歯を見せながら、ルーナは俺の肩をバンバン叩いている。
「しかし、それならこんな冒険者として働いているのは危険じゃないの?村の中のほうが安全な気がするけど」
「あー、それね。”渡り”っていうんだけど、若いころに村を出て旅をする掟があるんだ。これをしないと一人前として認められなくてね」
「そりゃ大変だ。どのくらいの期間を旅するんだ?」
「2年から5年かな?中にはずっと旅してる人もいるけど。私はこの護衛依頼の後一旦村に戻ってね、母さんと父さんに一杯土産話できたから会うのが楽しみなんだ!」
そう言ってルーナは少女というより少年のような笑顔を浮かべていた。
その後もいろいろと話をしながら最初の宿営地に辿り着く。小さな宿場町で、まあ相応の寝床と夕飯だった。翌日もいい天気で馬達も嬉しそうに馬車を引いていたが、フィールへの道のりは上りが多いため、そこは苦しそうにしていた。お馬さん、ありがとうと心の中でつぶやきつつ、二日目の行程も予定通り終え野営地に辿り着いた。