羽織る男
ご覧いただきありがとうございます。
「こんにちはー」
「はいはいって、なんだソーイチローじゃねえか。なんだ別嬪さん達を連れて」
今日訪れたのは防具屋の”ファルカスの大針”だ。以前頼んだローブが仕上がる頃なので取りに来たのとミストさんとティアラとコロネの防具も注文しに来た。セフィリアは庵でお留守番だ。
「お久しぶりです、ガルベスさん。どうです?ローブ仕上がっていますか?」
「おう、しっかりと仕上がってるぜ」
男臭い笑みを浮かべ答えてくれたガルベスは俺達に椅子に座るように促してきた。俺は薦められたまま備え付けの椅子に座ったが、ミストさん達は椅子に座る事はなかった。
ガルベスは俺の後ろにいるミストさん達が気になるらしくチラチラと視線を向けていた。気にしている理由が椅子に座る気配が無いせいなのか、単に綺麗な女性たちであるせいなのかは分からないが。
「彼女達は俺の従者ですよ」
以前もらった引換券を渡しながら、簡単にミストさん達の紹介をしておいた。
「はぁ~…わけぇのに従者持ちとは大したもんだな。まあ二つ名持ちの冒険者なら不思議はねえか」
そんなことを言いながら、ガルベスはローブを持ってくるため一旦店の奥に戻っていった。それと入れ替わるかのように恰幅のいいおばちゃんがお茶を出してくれた。
「いらっしゃい!ありがとうね、うちの品買ってくれて!」
タレ目で首が見えないほど脂肪がついたおばちゃんが大声でお礼を言ってきた。ひょっとしたらガルベスの奥さんか?かかあ天下な夫婦な気がしてならない。ガルベスのおっさんも見掛けはゴツいが、家では奥さんに尻を敷かれてそうだからな。物理的に敷かれたら内臓が出てきそうだが。
「こちらこそ色々と相談に乗っていただきましたし助かりました」
「あっはっは!それが旦那の仕事だからね!そうそう、フィールを守ってくれてありがとう!お陰で顔見知りに怪我のひとつも無かったよ!」
バンバンと肩を叩いてきてとても痛い。音の鎖亭の女将といい、女性は年を重ねるほど力が強くなるのは何故なのか。
「お世話になってる街ですからね、出来うる限りの事をしたかったんです」
「本音は?」
俺の肩に手を置いたままのおばちゃんが俺の目を覗きこんでいた。そんなおばちゃんに対し俺はニヤリとしながら、
「後ろの女性たちに恥ずかしくない男になりたかっただけですよ」
「あっはっはっはっはっは!それでこそ男の子だよ!そっちのほうがよっぽど納得できるわ!」
バンバンバンバンと肩を叩かれてとても痛い。ちらりと後ろを見たらミストさんは表情を変えず、ティアラも表情は変わっていないが顔が赤くなり、コロネはそもそも聞いていなかった。
「おい、エリザ、その辺にしておけよ。済まねえな、煩いカカアでよ」
「賑やかそうで何よりです」
「そんなフォロー要らねえよ。んで、これが注文の品だ」
ガルベスがいい香りのする木箱から一着のローブを取り出した。そのローブは濃い藍色で斜めからみると僅かに光を反射し、まるで夜明け前の夜空のような色合いだった。
「自分で言うのも何だがかなりいい品が出来たぜ。対斬撃、対刺突とも一級品だ、よほどじゃない限りは破れないし穴も開かねえ。ただ対衝撃だけは殆ど無いから気をつけろ。さらに対火炎も火事現場に突っ込めるほど強い
し、対腐食性能も高えから酸の雨程度の魔法なら何時間でも耐えられる。おまけに雨は弾くが湿気は通すし、普段の手入れも面倒じゃない。だができれば半年から一年に一度くらいは俺に持ってきて手入れさせろ。それだけで10年は持つと保障してやる」
一気呵成にガルベスは説明してくれた。ものづくりに関わっている者らしく自身が納得できるものができたためか、誇らしく胸を張り口調はとてもすべらかであった。
そして俺がローブを受け取り手を触れると、まるで絹のような手触りでとても滑らかであり一見繊細なローブと思える。しかしその実は装着者の命を守る強靭な盾という見掛けからは想像もできない性能を秘めていた。
その場に立ち上がり、バサリとローブを羽織る。一切装飾が無いローブはぱっと見安っぽく見えるかもしれないが、深い藍色をたたえたローブは見る人が見れば視線を外せなくなる逸品だろう。
事実、ミストさん達もぽ~っとローブに視線が集中し、先ほどまで店内をうろついていたコロネすら動きを止めこちらを見ていた。
「どうだ、その”星藍天”は?」
「いいですね、着心地も良いし動きも阻害されない。まさに求めていたローブですよ。で、なんです?”星藍天”って?」
「俺達の業界で関係者全員が業物だと認めた品にはそれぞれ名付けしてるんだ。そのローブほど素材の強さを活かせた防具は無いぜ」
よくよく聞くと、完全オーダーメイドの防具には発注者を示す何らかの印やシンボルを付けることが多いらしい。一種の盗難対策でもあるし自己アピールでもある。ただこの部分が防具の弱点になることが多々あり職人たちはもやっとしたものを抱えていたそうだ。また外皮には複数の素材を使うことが多いのだが、この”星藍天”ほど外装を一種類の素材で統一できた防具も珍しいらしい。
俺がデザインの相談をしたとき、特段目立つ必要も無いし職人のお任せにしたのだが、これが功を奏したのだろう。
「なるほど、ありがたい限りですね」
それにしても、この”星藍天”の特筆事項を簡単に言うと、「素材の持味を活かしました」なんだが、まるで料理番組にでてきそうだ。
「まあ何かあったらそのローブを宣伝してくれると俺達も嬉しいんだがな!」
ガハハと笑ったガルベスだった。そんなガルベスに俺は笑いながら残りの半金を渡し、
「それでですねガルベスさん。後ろの三人にも防具を作ってあげて欲しいんです」
「お、追加注文か、ありがたいね。エリザ!三人のサイズを測定してやってくれ!」
「あいよ~」
おばちゃん改めエリザがにこやかにミストさん達に手招きし、それに従って三人は動き始めた。
「要求性能は各自から確認してください。それで予算ですが三人合計で300万zで何とかなりますか?」
値段を提示したとき、俺以外の人間が動きが止まった。
「ソーイチローさん?!」
「ご主人様!」
「おにいちゃん!」
従者として控えていた3人――コロネは微妙だが――が一斉に声を上げた。
「なんだ、三人とも大声を上げて」
今まで静かにしていた三人が突然声を荒げたため少しびっくりしていると、ミストさんが代表して答えてくれた。
「さすがに高すぎます!従者の防具にそこまでお金を掛ける人なんて居ません。私達よりご自身の武器や防具にお金を掛けて下さい」
300万zは4人家族が12年以上平気で暮らしていけるほどの額だ。この額に驚き声を上げたようだった。
「武器はいらんのは知ってるだろ?それに防具も見てみろ、こんな素晴らしいローブを作ってもらった。俺の魔法と合わされば、俺を傷つけることが出来る者などそうはいない。それに従者にどれほどの防具を付けさせるかは主たる俺の判断だ。違うか?」
いつもと違い、少しきつく言い返した。こちらがしっかりとしていないとミストさん達は遠慮し性能の劣る防具を頼むかもしれない。
それでは意味が無い。何のために魔法使いギルドでレニィを強請った…クッキーを買わせたというのだ。自身のメンツや気晴らしより、大切な仲間の装備の原資を求めるためだ。男らしくないと言われるかもしれないが、それで仲間を守れるなら批判程度いくらでも受けよう。
しばらくミストさんと視線を交えていたが俺が引かないと知ると頭を下げ、
「差し出がましい事を申しました」
「分かってくれればいい。ではエリザさん、引き続きよろしくお願いします」
今まで黙って見ていたエリザさんだが、声を掛けたとたんに笑顔を浮かべながら杭打ち機のように俺の肩を叩き始めた。物凄く痛いし、心なしか身長が縮む気がする。
「まあまあまあまあ!いい男じゃないの!じゃあ張り切って防具作っちゃいましょうね!」
「おいエリザ、その辺にしておけ。ソーイチローの身長が縮んだじゃないか」
「あらごめんなさいオホホホホ」
ごまかし笑いをしつつ三人を店の奥に連れて行った。身長が縮んだとか冗談だよね?
「すまねえな、うちのカカアが馴れ馴れしくて」
「あはは…元気があっていいじゃないですか」
「しっかし剛気だな、おい。貴族以外で従者の防具にそんな金掛ける奴は初めてみたぜ」
「単なる従者じゃなくて女であり仲間でもありますからね。俺についてくる限りは危険に晒されることもありますから、出来うる限りの事はやりたいんですよ」
「なるほどなぁ。大したもんだ!」
腕組みしていたガルベスはうんうんと頷いていた。そして俺はミストさん達三人が居ない今こそ、ガルベスに相談することがある。
「それでガルベスさん、ぜひ作ってもらいたい物があります」
「ほう、どんな物だ?」
「水着です」
「…………なんだって?」
「水着です」
ガルベスの目を見てきっぱりと告げた。
庵から少し足を運んだところに綺麗な池があり、試しに足まで浸かってみたのだがとても気持ちのいいものだった。小さな草原もあり今の時期だと秋でもないのに葉が黄色く色づきそれは綺麗らしく、ならばピクニックがてら水遊びをしたら楽しそうだと思ったのだ。そうなれば必須アイテムは水着と手作り弁当である。
弁当は頼めば喜んで作ってくれるだろう。しかし、水着はそうもいかない。いやひょっとしたしたら水着も作れるかもしれないが、俺が着て欲しい水着とはだいぶ違うだろう。そこで俺がデザインを指示し誰かに作ってもらう事を考えたが、サプライズもあるため本人達に作ってもらうのはナシ、ナルニール商会は相手が高級すぎて言いづらい、となると消去法ではあるがファルカスの大針で作ってもらおうと考えた。
「おまえはどうしてクソ真面目な顔をして水着作れとか言えるんだ…」
「必要だからです」
「…」
「必要だか」
「いやそれは分かったって」
重ねて言った言葉を遮られたが、ガルベスは分かってくれたらしい。
「はぁ…しょうがねえ、で、どんな水着が欲しいんだ?」
その言葉を待ってましたとばかりに俺は説明を始めた。最初はやる気が見られなかったガルベスではあるが、俺の話を聞いているうちに段々と熱が入ってきたようで身を乗り出して話をするようになってきた。
デザインの話や素材の話を一通り終えるとガルベスは息を吐いた。
「はぁ~…おまえどうやってこんな発想できるんだ?魔法使いの頭ってみんなこんなんだっけな…」
「まあなんとなくですよ、なんとなく。それより縫製の技術が相当要求されますけど大丈夫ですか?」
地球にいた時に覚えていたデザインをほぼ丸パクリだから褒められてもあまり嬉しくない。それより気になっているのが縫製のレベルだ。普通の服と違い水着は精度が求められる。サイズが小さければ体に食い込むし、逆に大きいと水着が脱げポロリもあるかもしれない…あれ?
「ふと思いましたが、多少大きいくらいでもいいかもしれません」
「…おめえ、セフィリアから馬鹿とか言われたこと無いか?」
俺の意図に気づいたのか、やや半眼になったガルベスが聞いてきた。
「たまにあります。何故でしょうね?不思議です」
「セフィリアの苦労が忍ばれるわな。まあさておくとだ、うちの職人連中を舐めてもらっちゃ困る。完璧に仕上げてやるぜ。あとセフィリアの分はどうするんだ?一応当時の寸法録はあるから作れるっちゃ作れるが」
「そうですね、体型は殆ど変わっていないと言ってましたからお願いできますか?デザインはこんな感じで…」
と、再びガルベスと水着デザイン談義が始まった。そうして一通り相談が終わった頃、ミストさん達の防具の相談も終わったらしく俺たちのテーブルに戻ってきた。
「ソーイチローさん、お待たせしました。時間が掛かってしまい申し訳ありません」
「こっちも色々と話ができたから気にしないでください。じゃあガルベスさん、これ前金です」
ガルベスに160万zの水着代込の前金を渡し、代わりに引換券をもらった。
「確かに受け取ったぜ。それで期間だが二週間から一ヶ月くらい見ておいてくれ。できたら知らせを出すがどこに泊まってる?」
「音の鎖亭に泊まってますがフィールに戻ってくるのは週1くらいですので伝言しておいてもらえれば」
「わかった。じゃあ楽しみにしてろ」
「よろしくお願いします。ではこのへんで」
挨拶をしファルカスの大針を辞した。その帰り道、ミストさんがまだ防具のお金を気にしていたらしく声を掛けてきた。その声色は従者としての言葉ではなく、純粋に俺の懐具合を心配してのことだった。
「ソーイチローさん、本当に私達にあれほどのお金を掛けてもよかったのですか?私が言うのもなんですけど、主は一人しかいませんが従者は替えが効きます。ですから貴族の方でも見栄でお金を掛けたりしますが実用性のある防具を着せようと思う方は中々いません。このお金を生活費に使い冒険者家業を控えめにし、ソーイチローさんの研究に割く時間を増やすことも出来るんですよ?」
「ミストさんもティアラもコロネも俺の従者ですけどそれだけじゃありません。情を交わした愛しい人達でもあるし仲間でもあります。ほら!普通の関係より三倍大事なんですよ。だからあれくらいのお金で三人の安全が増すならどうってことありません」
本心からの言葉を紡ぐと、三人は嬉しそうに笑った。
「あらあら…じゃあ、えいっ!」
「…」
「よいしょ!」
ミストさんが掛け声とともに俺の右腕を絡め、ティアラはそっと左手を握り、コロネは俺の背中に飛びつかれ三人からふわりといい香りが漂ってきた。
「おっとと。おまえらなぁ…」
「うふふ」
「…」
「えへへぇ」
「まったく、大通りに出るまでだぞ」
少しニヤけた顔を誤魔化しながら言ったが、三人にはバレバレだったらしい。
大きな一つの影が路地に伸びていった。
川→池に変更




