当日1
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いつのまにかお気に入り登録が1万人を超えていました。
厚く御礼申し上げます。
今だに外では時間を知らせるはずの鐘がカンカンカンと、まるで急げ急げと言わんばかりに鳴らされている。
「セフィリア、この鐘の音って」
「うむ、大暴走の知らせじゃな。最初は冒険者ギルドの前に集合じゃから、ワシらも向かうとしようか」
「了解、じゃあミストさんは炊き出しに、ティアラとコロネは俺についてって、あら?二人がいない?」
「荷物を取りに行ったようですね、ティアラ~?コロネ~?すぐに終わりそう?」
ミストさんが台所にいるであろう二人に声を掛けると荷物を背負ったコロネと手荷物を持ったティアラが出てきた。
「お待たせしました」
「ティアラ、その荷物は?」
「長丁場になりそうなので、それ相応の用意をしてきました」
「お、おう。いざという時はそれ放棄して逃げろよ?」
「分かりました」
「うん!」
全員の顔を見渡すと各自用意は終わっている様子。
「よし、じゃあ行こうか!」
「おう」
「「「はい」」」
そうして全員でミストさんの家から出た。何気に全員で外に出るのって初めてだな。
途中でミストさんと別れ、残りのみんなと冒険者ギルドに向かった。冒険者ギルドの前にたどり着くと俺達は最後のほうだったのか、すでに人混みに溢れ前に進むのも困難だった。
冒険者の団体に近づくとすでに待機していた人達から、こちらを吟味するような視線が向けられたが、すぐに興味を無くして元に戻っていった。
さて、これからどうするのかと考えているとセフィリアが、
「ソーイチロー、ギルドの入り口辺りで参加者名簿を作っているはずじゃ。それに登録しにいくぞ」
「ああ、なるほど。じゃあ向かおうか」
そりゃ戦死者がいるかもしれないから事前に名簿くらい作るか、と納得し人混みをかき分けていった。
ギルドの入り口に設けられた受付にたどり着くと、いつもの受付嬢が受付をしていた。
「こんにちは、登録証を見せて下さい」
セフィリアが黙って左手の登録証を出すと受付嬢はピクリと体を震わし、
「お待ちしておりました。あちらにギルドマスターが待機しておりますのでいらして下さい。次の方は…あら、ソーイチローさんじゃないですか。あなたも一緒にギルドマスターの所に来てほしいそうですよ。あと登録証もお願いします」
「はいはい、これでいいかな?」
「はい…ありがとうございます。では次の方」
受付嬢に指示された場所はギルドの一階に臨時で設けられた司令室?のような場所だった。中に入ると冒険者ギルドの主要職員や有力な冒険者が勢揃いしていて、特にギザルムやシルクさんはギルドの役職持ちであるため特に忙しそうに部下へ指示を出していた。
ティアラとコロネはギルドの入り口で待っててもらい、俺とセフィリアがギザルムの元に向かうと、
「お、来たな、ありがとよ!…よし、これで大体揃ったな」
ギザルムはギルドにいる面子を見渡したあと、打ち合わせを開始した。本当に俺達が最後だったらしい。
「みんな、よく集まってくれた。斥候からもう3時間ほどで大暴走がフィールに到達すると連絡があった」
とうとう具体的な接敵時間が分かり、室内が一瞬だけざわめくが百戦錬磨が集まっただけあってすぐに収まった。
「散々準備してたからな、俺たちは迎え撃つだけだ。だがひとつ誤算があった」
ギザルムは一同を見渡し、
「ゴブリンの予想数が大幅に上回った。その数1万5千以上。探査魔法持ちに調べさせたが、数が多すぎて把握出来なかったそうだ」
1万5千以上、その数を聞かされた一同は鎮まり、誰も声を発することも無かった。
1万とは言葉で言えば一言だが、普段の冒険者生活でもゴブリンが二桁になることがたまにあるくらいだ。まさに全人未見の数だ。
想像できないような数を想像しようとして誰しもが黙ってしまった司令室だったが、そんな空気を無視するように”岩石石砂”のガイルが、
「つまりはあれだ、この鎚を1万回振ればいいだけだろ?」
「あなた計算もできないの?あと5千匹はどこにいったのよ?」
「一度で2匹殺せばいいんじゃね?」
「あなたって…ホント馬鹿ね」
”岩石石砂”のもう一人の片割れ、ファフニールが空気を無視したガイルを言葉では馬鹿にしていたが、言葉とは裏腹にガイルを慈しむような優しい笑顔を浮かべていた。
ガイルの発言が切っ掛けになったのだろう、司令室の中は再び活気を取り戻しギザルムが会議の進行を続けた。
「まあ想定外なのは数だけで、他は問題ねぇ。物資も人員も想定通りだ。この場で何か言っておきたい事があるやつはいるか?……いねえみたいだな。ここにいる奴らはいずれも強者揃いだ。ゴブリンどもの数が多いからランクの低い奴や経験の浅い奴は動揺するかもしれん。だがお前らが自信を持って対処してくれれば下の奴らはついてくる。生きるも死ぬもお前ら次第だ、頼むぜ!」
「「「「「「応!」」」」」
と、野太い声で纏められた。が、ギザルムはいい忘れてたのか、
「あ~、防壁の上の指揮は俺が、後衛の指揮は副マスターのシルクが取るから、なんかあるならそっちまで言ってくれ。ちなみに俺んとこにくるよりシルクのほうがちゃんと対応してくれるぜ!」
ワハハと笑いながら各自散っていった。
「じゃあセフィリア、俺達も配置につこうか」
「じゃな」
「ソーイチローさん、少しお待ちください」
皆と同じようにギルドの建物から出ようとしたが、シルクさんが俺のことを呼び止めてきた。
「はい、なんでしょうか?」
「ソーイチローさんの側に私も控えますのでよろしくお願いします」
「あれ?そうなんですか?」
「ええ、さすがに道路の専有が広すぎて他の方から文句が出てきました。ですがギルドマスターからも絶対にソーイチローさんの邪魔はさせないようにと言われていますので、万全を期して私が控えます。まあ控えるといっても他にやることもあるので近くにいるだけですが、その代わりに臨時職員を三名ほどつけます」
「あら…これはお手数をお掛けして申し訳ありません」
そう言ってシルクさんに頭を下げた。いくら強力な魔法が使えるとはいえ、やはり無理を押しているのは俺だ。
「いえ、うちのマスターが絶賛していたあなたの魔法、楽しみにしています。では向かいましょう」
「分かりました。お~い、ティアラとコロネいくよー」
「はい」
「は~い」
「おや、この子たちは?」
「俺に仕えてくれている子達です」
「…」
シルクさんは物言いたげにしていたが特に何も言うこともなく、ただ眉を顰めこちらを見ていた。まあ大体何を言いたいのかは想像つくけど。
「俺みたいな金も権力も無い男に、こんな可愛い子達を侍らす資格は無いのかもしれません。ですが俺はみんなに似合う男になると決めたんです。今はまだその過程に過ぎませんけどね」
しばらく俺をジィっと見ていたシルクさんは、ふぅと息を吐き出し、
「ギルドマスターからあなたは特に変わった体質を持つ魔法使いだと聞きました。そういう人達は隠して生活するのが比較的多いはずですが、あなたは表に出てきた。理由はさておき、そういう人達の邪魔を私はしようとは思っていません」
「それで十分です。ありがとうございます」
まだ何も成していない俺が偉そうに言えることなんて殆ど無い。邪魔さえしてこないならそれで十分だ。
それからは皆黙って歩き予定の場所まで到着した。セフィリアだけは防壁の上が持ち場であるためここで一端お別れだ。
「ソーイチロー、おもいっきりやってしまえ。楽しみにしておるぞ」
「あいよ、セフィリアも気をつけてな」
そんな近所に大根でも買いに行くような挨拶でセフィリアと別れた。俺の配置場所に向かうと普段は騒々しい道路だが今はとても物々しい雰囲気に包まれている。
いつも走り回っている子供達の姿は見えず、歩いている人達は手に手に武器を持ち防具をつけ、地面に座っている人は己が持つ装備の具合を確認したり、英気を養うためか寝ている人までいた。仲間で来ている人達は緊張している者をからかったり、空元気で余裕だと吹いている者まで様々だった。
そんな人混みの中、道路の真ん中にぽっかりと無人の地帯ができており、ギルドの臨時職員が場所取りをしていたようだった。
人垣を抜い、シルクさんが職員に労いの声を掛けに向かった。
「ご苦労様、問題はありませんか?」
「ええ、今のところは。ですがこれだけの面積を遊ばせておくと、けっこう文句が来てますね」
「想定通りです。引き続きお願いします」
「ええ、仕事ですからやりますが…」
と言って臨時職員はこちらをチラリと見てきた。何この坊主?と思っているのがありありと分かった。
「今はあなた方に説明している時間はありません。各自配置についてください」
副マスターのシルクさんにそこまで言われてしまえば、臨時職員は如何にもしょうがなくといった風に配置に向かった。
一方俺たちはぽっかり開いた円の中心に俺とティアラとコロネが、少し離れたところでシルクさんが他の職員たちに指示を出しながら持ち場についた。
さて配置についた後は…暇だ。探査魔法はすでに起動してあり、魔獣の森の動向は視界の片隅にいつも置いてある。今の森はとても静かなようだった、それこそネズミの一匹すら居ないほどに。きっと今の森に行けば生き物の気配が一切無くなっていることだろう。
「ゴブリンの姿が見えていないのに今から気張ってもしょうがないか。ティアラ、コロネ、ちょっと一服しよう」
「はい」
「は~い!」
コロネは背負っていたリュックから敷布を出し路面に敷き、ティアラは水筒からお茶を出し俺に寄越し、敷布の真ん中に燕麦のクッキーを出して簡単な喫茶の用意が整った。
「さて、頂きますか。シルクさんも如何ですか?」
「…いえ、私は仕事中ですので」
若干呆れた視線がシルクさんから向けられているが…
「シルクさん。敵の姿が見えていないのに今から気を張っていては持ちませんよ?」
「は、はぁ。どちらにしても課員へ指示を出さなくてはいけないので」
「そうですか。じゃあ俺たちはゴブリンが見えるまでは休息してます」
そう言うと俺は改めて敷布に座りお茶を飲む。うん、ぬるいけど美味い。お茶の酸味とほんのりした甘みがうまく出てる。
「ティアラ、段々とお茶出しが上手になってきてるな」
「ありがとうございます。私にはこれくらいしか出来ないので…」
ティアラはそう言って少しだけ下に俯いた。ミストさんにどこか似たとても整っている綺麗な顔に一房の金髪がさらりと垂れ、僅かに染まる頬を覆い隠していた。
「謙遜するなって、これだって十分な特技だ」
「おにいちゃんおにいちゃん!このクッキー、コロネが作ったんだよ!」
ティアラが褒められているのを見て、コロネも褒めて欲しかったのか燕麦のクッキーを薦めてきた。差し出されたクッキーをサクッと頬張ると、穀物の仄かな甘味が口に広がりあっさりとした味付けもあっていくらでも食べられそうだった。
「うん、これも美味しい。コロネの料理の腕もますます上がってきているな」
「でしょ~、えへへ~」
満面の笑顔を浮かべているコロネの頭を撫でると、サラサラした髪の毛が指の隙間から流れ落ち、極上のシルクのような手触りだった。
まるでいつものミストさんの家での過ごし方でいると、周囲のざわめきが段々と大きくなってきた。なんだろうと騒ぎの元に振り向くと、臨時職員が一人の男を必死に引き止めている所だった。
「おやっさん!やばいって!落ち着いてくれって!」
「これが落ち着いてられるか!こんな非常時に道のど真ん中でのんびりお茶飲んでる奴がいるんだぞ!」
「いやだから…って、俺もよく知らないんだよなぁ…」
おい臨時職員、しっかり説明してくれよ!などと思っていたら、そんな気の抜けた臨時職員では興奮している男を止められるはずもなく、臨時職員を引きずるように俺の側までやってきてしまった。ちなみにシルクさんは少し席を外している。
巌のような顔つきでこちらを上から見下ろし、野太い声で俺に話しかけてきた。
「おい坊主!ここはピクニックやる場所でも時間でも無いんだよ!すぐに避難しろ!」
「は、はあ…」
怒鳴ったかと思ったら次は俺たちを諭すように声を掛けてきた。
「今はな、大暴走っていう街の危機なんだ。誰に言われてそんな所にいるが知らんが、早く避難したほうがいい。確か領主館が行く宛の無い者に対して開放してるはずだ」
なんだこのおっさんは、なんて思ったが純粋に心配してくれているのか?
「一応俺も冒険者なので防衛に参加しているのですが…」
「冒険者だぁ……冗談も休み休み言え。そんな貧相な体で冒険に不向きな装備の奴がいる訳無いだろ!」
ジロリと睨み俺の体つきや装備を見渡した後、おっさんは一喝してきた。よく考えたら今の俺の服ってセフィリアからもらったやつをずっと使ってたんだった。妙に着心地が良かったからそのままだったんだよな。
「俺、魔法使いなのであまり武器防具類には手を出していなかったんです。今着ている物は魔法使いの師匠から頂いたローブだったので、結構大切な服なのですが…」
「チッ、師匠からもらったやつだったのかよ。大事にしたい気持ちも分かるがな、防具はお前の命を守る最後の盾だ。ちゃんとした物を選んで買え。最低限これくらいできねぇ奴を俺は冒険者とは認めねぇ」
「仰ることごもっとも。ですが、このローブも師匠からは結構良い物だって聞いていたんですが」
「ああ、確かにおまえのローブは普段着るには非常に良い物だ。肌触りも保温も透湿も優れ汚れにくいのも特徴だ。だがな、必要な防御力が全然無いんだよ。いいか、防具ってのはな…」
と、そこから1時間以上防具談義をおっさんはしていた。一体何しにここに来たのかすっかり忘れているようだったが、自分の好きな分野になると口がよく回るようになるのは世界が違っても変わらない。
ちなみにこのおっさんの名前はガルベスといって防具屋を経営してるそうだ。どうりで一家言あるはずだ。
俺もこのおっさんの話しを聞き流していたりはせず防具について色々と話しを聞き、非常に有意義な時間だった。まあ俺のほうから色々と話しを振ったり、よいしょもしていたので話が止まらなかった可能性もあるが…。
いつの間にか同じ敷布に座り、予備のコップを使ってティアラのお茶を飲みながら話し続けていたが、ガルベスのおっさんはティアラのお茶とコロネのお菓子を殊の外気に入り、二人のために防具を作ってやるとまで言っていた。本当に何しに来たんだろ?
途中で副マスターのシルクさんも戻ってきたが、仲良くお茶を囲んでいる俺達を見て「何してんだこいつら」という視線を向けてきたが、特に口を挟むでもなく自分の仕事をこなしていた。
そんな時間を過ごしていたが、とうとう探査魔法『篠突く雨の輪』の範囲の端にゴブリンらしき人影を捉えた。お喋りの時間はここまでだった。
メリハリを付けるのって意外と難しいです。
自分もできているとはとても思えません。出来る人が
心底羨ましいです。