セフィリアの講義
ご覧頂きありがとうございます。
ごめんなさい、この話は「的」の前に入れる予定の話でした。
本話を115話、「的」を116話としております。
「ではソーイチロー、いこうかの」
「はいよ」
そう呼ばれ、準備してあった荷物を持って立ち上がった。今日はセフィリアの初講義の日で、俺は関係なかったのだが、セフィリアから助手をしないかと誘われていたため、同行することになったのだ。
肝心のセフィリアの講義だが、200名の定員が全部埋まったそうだ。一人100万zだから2億zというとんでもない金額が集まった。そして参加人数は174名だそうだ。枠に対しての人数差は、一人で複数の枠を抑えて参加した金持ちが数人いて、最大で一人10枠抑えたという人もいたらしい。どんだけ金持ちなんだよ。
そして初講義の場所は立派な講堂…ではなく、外だった。あの訳わからん防壁が立ち並んでいる土地の外側だ。何故初回がこんな場所なんだ?とセフィリアに尋ねたのだが、「すぐに分かる」とだけしか教えてくれなかった。
現場には開始30分ほど前に到着したのだが、すでに生徒らしき人がちらほら見受けられた。生徒の様子を探ると、本当にこの場所で合っているのか不安がる声が聞こえていたため、即興で”「セフィリアが教える負けない魔法使いの成り方」の講義場所はここです”と、大きい看板を作って掲げると、生徒達はほっと安心して周囲に集まり始めた。
この間、セフィリアは防壁を色々調べているらしく、材質を調べたり裏に回って構造を調べたりしていた。何してんだあいつは、と思ったが、看板は手放すと消えてしまうため、ここから動くわけにいかなかった。そうして少し待っていると、学園の職員がやってきて受講札のチェックを始めた。高額であったり人気の講義では、やはりモグリの生徒が出るようで、実際に受講札のチェックを始めるとこそこそと動く者が数名現れ、目敏く見つけた職員が追い出していた。
そうしているうちに一通り調べ終わったセフィリアがとことこと防壁のほうから歩いてきた。まだ少しだけ時間に余裕があるため、俺は雑談がてらセフィリアに疑問を投げかけた。
「それにしてもちょっと意外だな」
「何がじゃ?」
「この講義に4割ほどの男がいるってこと」
魔法使いには女性が多いのは周知の事実。これは単純に女性のほうが魔力量が多いためなのだが、その比率を考えると、この講義の男性率の高さは少々おかしいと感じた。
そう尋ねると、セフィリアは鼻でフンッと小馬鹿にしたように笑った。
「何、講義以外の用事があるからじゃろ」
「あー…そういうことか」
瞬時に理解した俺は、苦虫を噛み潰したような表情をしてしまった。
セフィリアは過去、その実力と名声(悪名含む)を得ようとする数多の求婚を受けたが、全て”実力”で退けてきた。その求婚者達の成れの果ての話が広まったため、セフィリアに求婚しようという男たちは殆ど居なくなっていた。
しかしセフィリアは最近まで魔獣の森で引きこもりのような生活を送っていたため、求婚者達の成れの果てを聞いてもそれが実話だと実感できない男たちが再び現れたのだろう。しかしセフィリアは、
「ま、今回と次回で愚か者は消え去るじゃろ」
と、不吉な事を言っていた。
俺が軽く冷や汗を流していると、セフィリアは周囲を軽く見渡し、「どっこらしょ」と言いながら職員が持ってきた台の上に立ち、いつもかぶっているフードをばさりと剥いだ。風がなびき、セフィリアの白い髪がローブから開け、ふわりと白く長い髪が風に揺られていた。
「ワシがセフィリアじゃ。負けない魔法使いの成り方にようこそ。最後まで受講できた者はそこそこの魔法使いになれるじゃろ。必要な資格は根性のみ、他はいらん。何か質問あるか?」
急いで集まってきた生徒達だったが、何やら彼らの中で序列があるらしく、前のほうは貴族らしき人たち、中ほどは身なりが整った者、後列は少しみすぼらしい者達だった。そして質問の受付を始めた時、最前列にいた女性が真っ先に手を上げた。その女性は金髪頭に二本のドリルをつけ、左右に従者らしき人物を侍らせ、かなり気が強そうな様相をした美人だった。美人ではあるのだが、あまりに気が強そうな雰囲気からお近づきになりたくない人種でもあった。
「そこのお前、言え」
「わたくし、ガーラント帝国皇帝ザックカルト三世の皇后である…」
「長い、質問だけ言え」
セフィリアは女の偉そうな名乗りを”長い”の一言でぶった斬っていた。今までそんな扱いをされたことが無かったのであろう、女はヒクヒクと頬を引き攣らせながらも、セフィリアの言うとおりにしていた。
「功名なセフィリア様にお会いでき、光栄ですわ。先程必要な資格は根性のみとおっしゃいましたが、魔力も当然必要ですわよね?こう見えてもわたくし、最高位の紫級の魔力を持っております。セフィリア様に師事頂ければ、名を恥じぬ活躍をしてご覧に頂けます」
「ふん、だから長いと言ったじゃろうに。で、先程の質問じゃが、魔力なんざいらん」
セフィリアがそう言い切ると、生徒の間でざわめきが起きていた。しかめっ面をする者、嬉しそうに笑顔を浮かべる者、光明を見出した者など、様々だった。
「まず勘違いを色々正そうかの。魔法使いを殺すのに魔法はいらん、石ころ一つで足りるわ。実際、ワシは何人もの魔法使いが投げられた石、木の棒で殴られ死んでいくのを見た。そこには魔力の魔の字も無かったわ」
ざわめきは無くなり、水を打ったように静まり返っていた。
「また魔法の前では貴賎貧富老若男女は関係無いことも知っておけ。金を持ってるからと言って魔法は避けてはくれん。じゃからワシは相手の立場で訓練内容を変える事はせん。文句があるなら帰って結構」
そう言ってセフィリアは生徒たちを見渡したが、動く者はひとりとして居なかった。
「そしてワシの講義じゃが、勝つ術は教えん。負けない術だけ教えてやる。この違いはなんだ?そこの男、答えよ」
セフィリアは適当に手前にいた貴族らしい男を指さしていた。
「は、はい!正々堂々と魔法を撃ち合い、敵を打ち破ることです!」
「違うわ、ばかたれ。おい、そこの後ろから三列目にいる頭が爆発してる女、答えろ」
「…死なないこと、かしら」
「そうじゃ。血を流し、泥を啜り、糞尿に塗れながらも生き残ればチャンスはくる。まあ貴族は決闘だなんだと、面子の死亡という場面はあるが、これはまた別な話じゃ。違う者に教えを請え。他に質問はあるか?」
「あ、あの!その、質問とは違うのですが、一度セフィリア様のお力を見せて頂けないでしょうか?」
一人の生徒がそう提案した途端、何かを期待するような熱が立ち込め、生徒たちの眼光は射抜くようにセフィリアのほうを見ていた。ひょっとしたら、セフィリアはこの展開を読んでいたから、外で講義を開いたのかもしれない。俺もどんな魔法を見せてくれるのか楽しみにしていよう。
「良いぞ。高い金払ったのじゃから、それくらい見せてやろう」
セフィリアは快く了解したことで、生徒たちはわっと一気に盛り上がった。そんな盛り上がりが落ち着いたところで、セフィリアは引き続きしゃべり始めた。
「よし、そんな貴様らのうち、一名を特別席で見せてやる。希望者はいるか?」
そう言った途端、生徒たちは我も我もと手を上げ声を上げ、己をアピールしていた。その様子をセフィリアはニヤリと、まるで罠に上手く嵌めた狩人のように笑っていた。その後、俺をちらりと見ていたことから、何かに巻き込む気でいるらしい。
「俺、ちょっとトイレに…」
「させん!」
俺は逃げようとしたのだが、早々に察知したセフィリアが俺の襟首を掴み逃げられないよう拘束されてしまった。そんな俺の騒動とは裏腹に、一人の女の子が声を張り上げ、高らかに存在をアピールしていた。
「わたくし、わたくしが!10枠を買いセフィリア様に最も貢献したわたくしこそが、一番の資格を持つ者でありますわ!!」
一人で1000万z…日本円で1億か、それを払った奴がいたとは聞いていたが、このツインドリルだったのか。そして他の生徒達もさすがに10枠を買ったという人に遠慮したのか、挙がっていた手が段々と下がり、とうとうこのツインドリルだけになった。
「ふむ、決まったかの。殴り合いでもさせて決めようかと思ったのじゃが、存外に平和じゃったな」
セフィリアのつぶやきは聞こえなかったのか、ツインドリルは意気揚々とセフィリアのほうに進み出てきた。
「よろしくお願い致します、セフィリア様。セフィリア様のお側で、しっかり目に焼き付けさせて頂きますわ」
「よしよし、いい根性じゃ。じゃが特等席はワシの側では無いぞ」
「え?それではどちらに…」
「ソーイチローの後ろじゃ」
ツインドリルは初めて俺の存在に気づいたかのように、襟首を捕まえられている俺に視点を合わせた。
「え?え?この男の…?魔力は無さそうですし、なんの役に…ああ、盾持ちとしてですか。きっとセフィリア様の魔法はお側にいるとすごい衝撃がくるのですね!わたくし、とても楽しみですわ!」
その勘違いをセフィリアは訂正せず、変わらない笑顔のままだった。
「ではソーイチロー、あそこの防壁の前な。およそ10mほど手前でよかろう」
「はいはい…」
もう何をやるのか、言わずとも分かっていた。セフィリアは防壁の前に立たせた俺に向かって、魔法をぶっぱなすつもりなのだ。
実はちょくちょくとセフィリアは高火力の魔法の的として、俺を立たせていた。何故こうなったかと言えば、セフィリアの魔法の威力を、防御魔法『楔の盾』の損耗率で測ることができるためだ。盾の形状などで魔法の威力の絶対値を出すことは出来ないが、2つの魔法を打ち比べてどちらが何%くらい威力があったか、ということは計算できるのだ。
この測定が出来ると知った時のセフィリアの喜びようといったら無かった。セフィリアの魔法の威力が高すぎるため、何をしても的が灰になるか爆発するか吹き飛ぶかして、詳細が分からなかったのだ。
まあ俺を的にしなくても、横に出したやつを撃ちぬいてくれればいいじゃないか、とは提案したのだが、「どうせ『楔の盾』を出しているなら、そのままお主も実践形式で鍛えよ」とまで言われてしまえば、頷く他無かった。なお、
同じようにしてティアラやコロネもパンチングマシーンよろしく利用している。ちなみにコロネのパンチは1トン越えを連発してた。何なんだあの子は。
しかし、そんなことは知らないツインドリルからしたらセフィリアの言葉は、おもちゃの車に乗ってダンプに正面衝突せよ、と言っているようなものだ。
事実、ツインドリルは真っ青な顔をしながら、「冗談ですわよね?」「いつ嘘と仰ってくれるのかしら?」とつぶやいているが、いくらゴネてもセフィリアの言葉を否定する人は現れなかった。
俺だけ防壁の前に到着したが、いつまでたってもツインドリルがこちらに来ることはなかった。しびれを切らしたセフィリアは、学園の職員に向かってツインドリルを運ぶよう命じ、両脇を抱えられた彼女は引きずられるようにして、俺の後ろに連れて来られていた。
ガクガクと震えながらもかろうじて自分の足で立っているツインドリルは、まあ立派といえば立派だった。
「そ、そうですわ!セフィリア様のことです、きっと下男が耐えられる程度の見せ掛けの魔法を見せてくれるのですわ!そうに決まっていますわ!!」
下男というのが多分俺のことだろうなーと思いつつも、少しカチンと来たので、ツインドリルの儚い希望を砕いておくことにした。
「あのセフィリアが手を抜くと思うかい?大丈夫と思ったものには容赦なく力を振るうぞ。被害が広がらなければいいなぁ…」
講義開始前に防壁を調べていたセフィリアのことだ、どれくらい頑丈か調べているはずだ。だから防壁より内側にはそんなに被害が出ない、はず…。
「ソーイチロー!準備は良いか!!」
「いつでもどうぞー!」
30mほど離れた位置に立つセフィリアに向かって、俺は大声で返事をした。一つ頷いたセフィリアは後ろの生徒たちに向かってしゃべっている。
「そこのドリルさんよ、セフィリアに騙されたと思うかもしれないけど、死ぬかもという恐怖を経験できる機会なんてめったに無いさ。これを乗り越えれば、いざというときに体が動かない、なんていう事は無くなるだろう。きっとセフィリアもそれを体験して欲しくて、あんたをここに置いたんだろう(たぶん)」
若干の希望を加えつつ、そんなことをツインドリルに話しかけていたのだが、先程よりも青くなった顔を見ると、果たして耳に入っていたのかどうか。
解説が終わったのか、くるりとこちらを向いたセフィリアは呪文の詠唱を開始した。
「『楔の盾、対セフィリア』、さあ来るよ、ちゃんと見ておきな」
対セフィリア専用の防御魔法を起動すると、薄い膜のような防壁が積層状に形成を始めた。最終的な形状はセフィリアの猛炎を防ぐために正面は新幹線のノーズのように、上側は爆撃の力を逃すため三角に。準備が終わるのを確認したセフィリアは、溜めた魔力を存分に解放した。
「いっ、いやあああああああああああああ!」
同じ防御魔法の中で叫ばれると耳が痛いなぁとか思っていたら、即座に光の奔流が押し寄せ彼女の悲鳴などかき消してしまった。
高熱と光にさらされた『楔の盾』の外部防御魔法は、春の日差しにあたった残雪のように溶け、輻射熱を吸収した中間防御魔法は真っ白に輝いていた。セフィリアの攻撃を受ける時間はそれこそ数秒にも満たないはずだが、体感時間では数十分にも勝るものだった。
「平均損耗率36%か…一応手を抜いてくれてたみたいだな」
セフィリアが本気を出すと、損耗率はこの倍はいくため、さすがに街が近いところでは自重してくれたらしい。追加攻撃も無さそうだったため、これで終わりだとツインドリルに言おうと後ろを振り向くと、色々風景が変わっていた。
後ろにあった石積みの防壁だが、『楔の盾』の範囲外の部分はすっかり消し飛び、範囲内も高熱にさらされたせいかボロボロになっていた。周囲の様相も一変していて、俺の周りは深くえぐれ、茶色だった地面は灰色に焦げていた。
「まったく、やりすぎだっつうの。さて…」
肝心のツインドリルはペタリと女の子座りをしていてすっかり腰が抜けているようだった。そして彼女の足ともに、水たまりができていた。
ぼりぼりと頭を掻いた俺は、散水の描画魔法を起動して周囲の温度を下げるよう水を巻き始めた。あっという間に水は蒸発していくが、それでも次第に水の勢いが勝り熱は引いていった。
そして”たまたま偶然”手元が狂い、ツインドリルにまで水をぶっかけてしまい、彼女の周りには先程より大きな水たまりが形成されていた。水を掛けられても変わらず呆けていたが、生徒たちの中から彼女の従者らしき女性が駆け寄ってきていた。
「お、お嬢様!」
「お怪我はありませんか!」
怪我は無いがずぶ濡れになっていたため、彼女達は俺をキッと睨み文句を付けようと口を開こうとしたが、それより俺が早く言い放った。
「そんなことより早く彼女を着替えさせてやれ。魔法で作った水だから10分もすれば消える。そうなる前に着替えさせないと面倒なことになるぞ」
何のことか分からない彼女たちだが、文句よりは主人の着替えを優先させたほうがいいと思ったのか、ツインドリルを両脇に抱えながら街の中に消えていった。
ツインドリルが街に消えていったのを見送り、セフィリアの元へと向かった。
「なんじゃ、あの娘はどうしのじゃ?」
「やりすぎだって。あの子トラウマにならなきゃいいが。それにしても防壁壊しちゃったけど、いいの?」
「これで立ち上がれば強くなる。そうでなければそのままじゃ。で、防壁じゃが土木科の講師に確認しておいたぞ。「壊せるものなら壊してみろ」とかほざいておった。希望通りにしてやったぞ」
くっくっくとセフィリアは笑っていたが、これまた二つ名が増えるんじゃないか?今度は崩壁の白髪鬼とかそんな感じで。
そうして俺は、セフィリアの講義が本格的に始まったのを横目に、ジャンク屋が立ち並ぶ立座窟へと足を向けた。




