初講義
ご覧頂きありがとうございます。
「みなさん、おはようございます。講師のソーイチローです。よろしくお願いします」
そう言ってぺこりとお辞儀をすると、生徒達も無言でお辞儀をしていた。
今日は初めての講義の日で、少し緊張しながら教壇に立ったのだ。それで生徒の数だが、てっきりカーエン学園長の一人だけになると読んでいたら、意外にも学園長他4名ほど生徒が応募してきてくれた。まあ裏があるかも知れないが、生徒として参加してきているうちは、こちらも講師として対応しようと思っている。
そして講義室だが、偶然にもルチルの講義で使った部屋と同じ場所だった。つい先日は生徒側の席に座り、今日は壇上側というのはまた妙な感覚だった。
「で、本講義ですが”描画魔法の新たな使い方”で、具体的にはみなさんには描画魔法の瞬間起動ができるよう目指してもらいます」
そう言っても生徒は、何のことだ?という表情をしていた。ただ、カーエン学園長だけはおもちゃ屋に入った子供のような顔をしていた。
「軽く実演すると、こんな感じですね」
目をつむり、まぶたの裏に極簡単な魔法陣を思い浮かべ、目を開き魔法陣が残像として残っている間に魔力を通すと、一瞬だけ火がポッと灯った。
「へっ?」
「無詠唱…?」
「ほうほうほうほうほうほう」
訝しげにしていた生徒達は一瞬にして驚愕し、学園長だけはかぶりつきかよ、というくらい前のめりになっていた。
「そして今の技術ですが、無詠唱魔法ではありません。目の残像という現象を利用した魔法陣の起動方法です。ご存知の通り、魔法陣は魔力を纏った指で魔法陣を描き、魔力を通して起動します。また、魔石の中に書き込んである魔法陣を起動する魔法具も、描画魔法の一種でしょう」
そこで一息付き生徒たちを観察したが、一般常識であるため全員理解しているようだった。
「習得できれば簡単な描画魔法なら瞬間起動が可能になります。そして講義の後半では応用と実践をやってもらいます。では最初に、この紙に書かれている魔法陣をしっかりと見つめた後、紙を取り払いその魔法陣を描いてください」
そう言って、本格的に授業を進めた。生徒にはごく簡単な魔法陣を書いた紙を渡し、それをしばらく凝視した後、虚空に魔法陣を描けるか何度か練習してもらった。
が、さすがに一発で成功できた生徒は居なかった。セフィリアは一発で成功したが、あれは魔法に関するセンスが抜群に良かったせいみたいだった。ミストさん一家で同じように教えてみたのだが、やはり習得には時間が掛かった。自転車と同じように一度成功すると、後は立て続けに成功するようになるが、これを使いこなすとなると中々難しい。
この描画魔法の起動方法単体では一発芸でしかない。それこそ戦闘しながらとか、拘束されているなど、極めて緊張している時に成功しないと意味がない。そこまで習得出来るかは…まあ生徒の力量次第だろう。
「ふほっふほほほほ!できた、できたぞ!」
と言って小さな炎を灯す事ができたのは、さすがというかセンスがあるのかカーエン学園長が一番手だった。他の生徒は悔しそうにそれを見ているが、最初の起動にはまだまだ時間が掛かりそうだった。
「おめでとうございます。ではしばらくは同じことを繰り返して、技術を定着するようにしてください。それも終えたら、少しづつ難しい魔法陣を試してください」
それから上手く出来ない人にはいくつかコツを教えて回っていると、なんとか全員起動までこぎつけることができ、今日の授業はそれでおしまいとなった。
それからは特にやることもなかったので、少しジャンク屋に寄り道して家に帰る。家に帰るとすぐにティアラが出迎えてくれ、脱いだローブを帽子掛けに掛けてくれた。そのままリビングに入ると、テーブルの上には大きなフルーツの籠盛りがでんと置いてあった。
「なんです?このフルーツは。美味しそうな香りしてますね」
そう言うと、台所からエプロンで手を拭きながらミストさんが出てきた。
「ええ、1時間くらい前かしら、ソーイチローさんの生徒さんという人が「半期よろしくお願いします」って言って置いてったわ」
「ふーん、丁寧な人だね。あ、ネームカードが入ってた」
「それと…他の生徒さんも来て、色々置いてったわ」
ミストさんが俺の後ろを指さしていたので、振り返ってみてみると、皿のセットが二組、紅茶の詰め合わせ、干し肉とチーズの詰め合わせとまるでお歳暮のようだった。
「一応、頂いておいたけど良かったかしら?」
「いいんじゃないですかね、ありがたく頂きましょう」
講師の立場だから付け届けを貰うと問題があるかも、と一瞬考えたが、俺の講義の成績が優だろうが可だろうが世間にはなんの影響力も無い。まあとりあえずお近づきの印だと思ってもらっておこう。
「で、その贈り物は生徒さんたちの故郷の特産品らしいわよ。良かったらみなさん来てください、だそうよ。ソーイチローさんも大変になったわねぇ…」
ミストさんは俺の現状を把握しているのだろう、ねぎらいと慰めと激励をごちゃまぜにしたような優しい笑顔を見せていた。
「そうそう、ティアラとコロネに荷物を受け取らせたけど良かったわよね?」
「安全面からしたらベストじゃありませんが、でもそれくらい問題無いかと思いますが…」
いまいちミストさんが何を言いたいのか分からなかった。
「いえね、帰り際に生徒さん達はみんな肩を落としてたから」
やっぱり意味が分からなかった。
それから何回かの講義を行い、生徒たちの習熟もまあそこそこと言える進行度だった。今日も講義を終え、そのまま手持ち資料をまとめて教室から出ようとしたとき、生徒の一人から声を掛けられた。声を掛けてきたのは20代前半のイノッチという若い男だった。
「先生!今日、この後お暇ですか?」
「うん?時間なら取れますよ」
「良かったら飲みにいきませんか?せっかくなんでおごりますよ」
「それなら良かったら他の皆さんも行きましょう、時間があったらですが。さすがに生徒におごってもらうのは気が引けるので、今日くらいは俺が出しますよ。どうです?」
イノッチは少し悩んだ様子を見せたが、すぐに笑顔になり他の生徒も誘い直し、みんなで行くことになった。そして生徒の中には当然のごとく学園長も含まれていて、一番うれしそうなのはこの人だったかもしれない。
そして安くて量があるという学生用の居酒屋を探してテーブル席に座り、さっそく乾杯から始まった。
「かぁ~~、旨い、旨いのぅ」
「学園長なら普段もっといい酒飲んでるんじゃないですか?」
「馬鹿言ってはいかんぞ、職員の飲み会はワシが行くと皆酔えなくなるし、幹部の懇親会は魑魅魍魎ばかりじゃから気が抜けんし、こういう時でなければまともに呑めんのじゃよ」
酒にはあまり強くないのか、カーエン学園長は顔を赤くしながら嬉しそうに話していた。安酒をガバガバのみ、味付けが濃いツマミをバクバク食べ、年齢を感じさせない健啖さだった。
エールを両手以上の数をおかわりするころには、カーエン学園長は酔いつぶれ、ジョッキを枕にしながらうたた寝をしていた。生徒達の緊張も解けたようで、各々話したい事を話しているようだった。そして生徒の一人がこう問いかけてきた。
「先生、先生ってこの先もずっと学園の講師やっていくんです?」
「お金を貯めつつやりたいことをやっていくって感じかな。大きな目標が無いのが少し恥ずかしいけどね」
「先生はどこかに仕官したいとか思わないんですか?僕は、魔法をもっともっとうまくなってどこかに仕官したいなぁなんて思ってるんですよね。先生ほどの魔法使いなら、どこでも雇ってくれると思うんですが」
「そうだなぁ、まあどこか良いところがあったらいいけど、責任取れなくなるのが嫌だなぁ」
「責任?」
「うん。どこかに雇われたら基本的には雇い主の言うことを聞かなくちゃいけないでしょ。何かをやれって言われたその結果は、俺じゃなくて雇用主の責任になる。俺が手を下したにも関わらず、だよ?それってすごい気持ち悪いことだよね」
「そ、そうかもしれませんが…」
「あとはさ、例えば雇用主と家族をどっち守れって言われたら、俺は迷わず家族を守る。雇用主から命令されても、家族が病気だったらそっちにいくし。いざという時に拒否権行使したり命令違反を犯しても問題無し、なんていうお墨付きをくれる雇用主なんて居ないでしょ」
そう言うと話しかけてきた生徒は黙ってしまったが、話しを聞いていた他の生徒が言葉を続けた。
「で、でもほら、家族を守るために権力側につくのも一つの手ですよね?」
「うーん…権力ってなんだと思う?」
「権力ですか?そうですね…多くの人を動かす資格、ですかね」
「俺もそう思うよ。では多くの人を動かせたら何が出来るか?その先は名誉、力、金。人から良く思われたいという名誉、万物を退ける力、いい生活をするための金。名誉なんかよりは新しい魔法を作りたいし、力は魔法と直結してるし、金も魔法を使えば稼げる。だから、魔法のための時間を作るほうがよっぽどいいんだよね」
「あとはほら、地位が高いと女もよりどりみどりですよ?」
「家に来たことあったよね?あれだけ美人が揃ってるのに、これ以上は望外なことだ」
「「「「…」」」」
「ということで、冒険者の依頼としては受けるかもしれないけど、誰かの下につく予定は今の所無いかな。それにもしどこかの貴族に仕えてたら、今日みたいな飲み会も無かったしさ。足るを知ることは大事なことだよ」
だから今のままでいいんだ、と言って再びちびちびとエールを飲み始めた。それからは酔いつぶれた学園長と何故かお通夜みたいな雰囲気をしている生徒たちと、若干盛り上がりが掛ける飲み会になってしまった。
◇
飲み会の後、某所の宿舎の中にソーイチローの生徒四人が額を突き合わせていた。
「さて、ソーイチロー勧誘共闘会も第三回目となる。各自の所属は問わず、情報を共有しようという目的で開いたが…」
「今時点ではどうにもならんだろ」
この生徒たちは貴族のお抱えであったり、他国所属のスカウター、さらにいうと学園専門のフリーの紹介屋なんていう人物までいた。そう、ソーイチローを自陣に招き入れようと考え動いていた者達であって、まじめに講義を受けようと思っている生徒ではなかったのだ。ただ年齢は若く何れもこの道に入ったばかりの者であるため、実は勧誘能力はそれほど高くない。
この生徒たちは初回の講義で顔を合わせた瞬間に、お互いの目的を理解したため、以降は相手の動向を確認するためにこのような共闘会などという会合を秘密裏に開いていた。
「くそっ、今ならフィールの英雄を安く勧誘出来ると思ったのに」
「みな同じ考えだ。それにしても、本当にどうにもならないか?目の前で現金を積んだら意外といけるかもしれんぞ」
「そりゃソーイチローが貧乏だったらな。知ってるか?あいつのローブ。”星藍天”っていって去年の防具年鑑に載ってるやつらしいぜ」
「まじかよ…仕立ては良いと思ってたが、どんだけ資産あんだよ」
「冒険者家業で結構儲けてるらしいからな。他には…女で釣れんか、女で。飲み会じゃああ言ってたが、寝所に裸の女を送ったらころりと行けるだろ」
「…贈り物しに行った時に出てきた女達いただろ。あれ全部従者らしいぜ。一番胸が大きい女が言ってた。お前、アレ以上の美人揃えられるか?」
「無理無理。美女美少女、貧乳巨乳、年下から年上まで、ソーイチローは節操ってもんが無いのか!?」
「金あって女居て、力もあってバックにはセフィリア。理不尽すぎるだろ」
「「「「くそっうらやましい…」」」」
そこからは会議の目的を忘れ、ひたすら愚痴の大会になっていた。




