3歳
−主人公−
それから俺は、すくすくと成長していった。
この世界で暮らしていくうちに、いくつか分かったことがある。
まず、この世界はやっぱり異世界だった。
そして――魔法が存在する。
母親は「皇后」と呼ばれ、父親らしき男は「皇帝」と呼ばれている。そして俺のことは、周りのメイドたちが「皇子」と呼んでいた。つまり俺は、どこかの国の皇子様に転生したらしい。
しかも、この国はどうやら美形が多い。
俺付きのメイドであるカレンなんて、本当に美人だ。胸も大きいし、体もしっかり鍛えられている。抱きついても全然嫌がらないし、夜にこっそり後をついて行ったこともある。
指や顔を触らせてもらったこともあるが、すべすべしていて触り心地がよかった。
……まあ、そんなことは置いておこう。
俺には、まだ名前がない。
どうやらこの国では、皇子の名前を親が決めるわけではないらしい。
皇室の最も厳重な場所に保管されている、我が国の宝具――「ファリアンクル」。
その宝具が、皇子の名前を決めるのだという。
そして今日、俺は4歳になりついに名付けの儀式を迎えることになった。
「では、皇子さま。こちらへお越しください」
案内されるままに部屋へ入る。
そこで俺が目にしたのは、黒く、見上げるほど巨大な剣だった。
刀身には赤い線のようなものが走っている。
これが――ファリアンクル。
この部屋にいる人間も少ない。俺の正面にはファリアンクル。
その周囲には、機密を守るために選ばれた最低限の兵士と召使い。そして、俺付きのメイドであるカレンたちがいるだけだった。
「ファリアンクルに手を当ててみてください。そうすれば、自分の名前が自然と思い浮かんでくるはずです」
そう言われ、俺は恐る恐るファリアンクルへ手を伸ばした。
そして、そっと触れる。
冷たい。黒い部分は、まるで普通の金属のように冷えている。
だが、赤い線の部分だけは違った。ほんのりと暖かい。
不思議な感触だった。
「…………」
しかし、いくら待っても何も起こらない。名前が浮かんでくる気配もない。
しばらくすると、周囲から小さなざわめきが聞こえてきた。
……あれ?
もしかして、俺、何かやらかした?
皇子としてまずいことをしたんじゃないか?
そんな焦りが胸の中に広がっていく。
そして、それ以上に怖かった。
――もしかしたら、俺には名前がないんじゃないか?
そんな馬鹿げた考えまで浮かんできて、変な汗が出てくる。
その瞬間だった。
ドォォォンッ‼︎
空気そのものをつんざくような爆音が響き渡った。
「――っ!?」
ファリアンクルの赤い線が、突然、強烈な光を放ち始める。
「皇子様あっ‼︎ そこからお離れください‼︎」
カレンの叫び声が聞こえた。
視界の隅に、こちらへ駆け寄ってくるカレンの姿が見える。
だが――なんだろう。
暖かい。
それに……懐かしいような
まるで、ずっと昔から知っていたものに触れているような感覚。
「……なん、だ……これ……」
意識が、少しずつ遠くなっていく。
そして――俺の意識は、暗闇へと沈んでいった。
−カレン(元血晶騎士団副団長、現在は皇子付きのメイド)−
「皇子様が、我が国の宝具ファリアンクルに触られて倒れられた! 医師を呼べっ‼︎ 早くっ‼︎」
自分の口から飛び出した叫び声を聞きながら、カレンは頭の片隅で冷静に考えていた。
おかしい。
まず一つ。
なぜ、最初に皇子様がファリアンクルへ触れられた時には、何の反応もなかったのか。
そして二つ。
なぜファリアンクルは、あれほど強く光ったのか。
まるで何かを終えたかのように、皇子様が突然眠るように倒れたのも気になる。
明らかな違和感があった。
だが、そんなことを考えている余裕はなかった。
自分が皇子様の世話を始めてから、もう3年になる。
生まれたばかりの頃からずっと、その成長を見守ってきた。
そんな皇子様が、目の前で倒れたのだ。
心配するなという方が無理だった。
カレンは、皇子様が時々夜にこっそり自分の後をついてきていたことにも気づいていた。
魔法を目の前で使えば、目を輝かせながら興味深そうに見つめてくることも知っている。
そして何よりこんな元騎士団の自分にも、皇子様はいつも優しかった。
そんな皇子様のことを、カレンはいつの間にか心から大切に思うようになっていた。
だからこそ、怖い。
カレンが皇子様の体に触れて確認する限り、外傷はない。
ただ眠っているようにも見える。しかし、何か起きてからでは遅い。
それは、元血晶騎士団副団長として戦場を経験してきた彼女が、誰よりも理解していることだった。
「皇子様……」
だが、今の自分にできることはほとんどない。
医師が診察を始めるその様子を見守ることしかできなかった。
何もできないその事実が、もどかしくて仕方がない。
不安で胸が押しつぶされそうになる。
それでも、祈るように言葉を絞り出す。
「皇子さま……どうか、無事に目を覚ましてください」
やがて診察が終わり、幸いにも皇子様に外傷はないことが確認された。
しかし、目を覚ます気配はない。
その後、皇子様は自分の部屋へと運ばれた。
カレンは眠り続ける皇子様のそばを離れなかった。
身の回りの世話をしながら、ただ静かに、その目が開く瞬間を待ち続けるのだった。
―作者です―
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