第7話 絶望の鏡とでっかいオカマ
第7話 絶望の鏡とでっかいオカマ
「よしっ、完璧! これでイケメンパラダイスに殴り込みよ!」
VR空間のキャラメイク画面で、ヒカリは歓喜の声を上げていた。
アバターの名前は『ヒカリ』。職業は、強くてかっこいい騎士様に守ってもらえる、か弱い『見習い魔法使い』。
身長は152センチ、守りたくなる華奢な肩幅、そしてスライダーを限界まで右に振り切ったこだわりのDカップ。
ブロンドのさらさらの髪に、上目遣いが似合う潤んだ瞳。
「ウフフ……リアルじゃしがないオカマバーの店長だけど、この世界ならアタシはお姫様。さあ、最高の出会いが待つ異世界へダイブよッ!」
胸を高鳴らせ、弾む指先で決定ボタンをタップする。
視界が光に包まれ、石畳の冷たい感触と埃っぽい風が頬を撫でた。
(ああ……なんてリアルな風。これが最新のVR……)
ヒカリはうっとりと瞼を開き、目覚めた自身の新しい身体を確かめる。
ふっくらとした手。(うんうん、女の子らしいマシュマロハンドね)
さらさらの長い髪。(風になびく物理エンジン、最高じゃない)
丸みのある体。(ちょっとDカップにしては肉厚すぎる気もするけど……)
そして、両手で自らの頬から顎にかけてを包み込むように撫でた、その時。
じょり。
「……ん?」
じょりじょりじょり。
(……何この感触。アタシ、ヒゲの設定なんて入れたかしら?)
心臓が嫌な音を立てる。ヒカリは恐る恐る、足元の水たまり(水鏡)を覗き込んだ。
水面に映っていたのは、可憐な魔法使いの少女ではない。
身長二メートル、体重百キロは優に超える筋肉と脂肪の鎧。さらさらのロングヘアーに、青々とした無精髭を蓄えた厳つい男の顔だった。
「イヤァァァァァッ!! なんだこのバケモンはっ!!!?」
水鏡を見たヒカリは、その場に崩れ落ちた。
「ってリアルのアタシかよっ!!」
-----------------------------------------
【SYSTEM MESSAGE】
▶ 現在の接続者数:1,072人
▶ エリア移動:鉱山都市バラムへ移動しました。
-----------------------------------------
地響きを伴うようなその絶叫に、バラムに到着したばかりのハルはビクッと肩を跳ねさせた。
視線を向けると、広場の隅の『初期スポーン地点』で、でっかいオカマが自身の姿を見て発狂していた。
「……なんやあれ」
「ぽんずさん、あれは……新規プレイヤーのようです。おそらく、リアル・ミラーの仕様を知らずにダイブした悲劇の……」
クロイツが同情の目を向ける中、ハルは別の意味で顔面を蒼白にしていた。
(こわっ……!! なにあのガタイ!? 今まで見たどの魔物より怖えぇぇっ!!)
女性への免疫がゼロ(かつ、オカマへの免疫も当然ゼロ)のハルは、本能的な恐怖からじりじりと後ずさる。
だが、運命の歯車は無慈悲に噛み合う。
「そこの立派な体格の御仁! あなたこそ、伝説の『光の勇者』に違いない!」
「はぁ!? 誰が勇者よ! アタシは可愛い女の子アバターでイケメンを愛でるために――」
NPCのドワーフたちが、その巨躯に目をつけ、問答無用でヒカリを『バラム鉱山』の討伐隊へと強制連行し始めたのだ。
そして、抵抗しながら引きずられていくヒカリの視線が、不運にも、物陰から覗き込んでいた「顔面国宝の白銀パラディン(ハル)」とバチリと合ってしまった。
「……あ。見つけたわ、アタシのイケメン……♡」
「――ッ!?」
ヒカリの分厚い唇が、ニチャァ……と弧を描く。
ハルの背筋に、暴れ猪の突進を遥かに凌ぐ、正真正銘の『死の悪寒』が走った。
「待ってぇぇん、アタシの王子様ぁ……♡」
ヒカリはNPCのドワーフたちをズルズルと引きずりながら、猛烈な勢いでハルめがけて突進してきた。
はち切れんばかりの大胸筋と丸太のような腕。
圧倒的な質量が迫り来る中、ハルはガシャンと重い甲冑を軋ませ、心臓を肋骨が砕けそうなほど跳ねさせながら横へステップした。
「こ、来ないでくださいッ!!」
悲鳴のような拒絶とともに盾を突き出す。
勢い余ったヒカリはそのままハルの横をすり抜け、後方の硬い岩壁に激突した。
ボヨンッ!
「……あいたっ。もう、避けるなんて意地悪ねぇ」
「……え?」
ハルは目を丸くした。
物理演算が極めてリアルなこの世界で、無防備に岩壁に激突すれば、大ダメージを受けて光子流体が吹き出すはずだ。しかし、ヒカリの豊満な脂肪が完璧なクッション(衝撃吸収材)として機能し、ダメージ判定が完全にゼロで相殺されたのだ。
(脂肪の弾力で……物理演算の衝撃ベクトルを相殺した……!?)
ハルの頭の片隅に、その狂った仕様ハックの種が静かに落ちた。
だが、その考察を深める暇はなかった。
-----------------------------------------
【SYSTEM MESSAGE】
▶ エリア進行:バラム鉱山・第1層
▶ 警告:多数の敵性プロセスを検知。
-----------------------------------------
アスタロトの『効率化』によってBGMすら消去された無音の坑道から、突如、システムエラー音のようなけたたましいノイズが響き渡った。
暗闇の奥から、無数の赤い眼光が浮かび上がる。
硬質な岩の鱗を持つ、体長二メートルを超える『岩喰いトカゲ』の群れだ。
「ヒィィィィィッ!? なによアレ! キモいキモいキモい!!」
「おお! 勇者様がさっそく前衛に出てくださったぞ!」
パニックになって後退ろうとしたヒカリの巨体を、NPCのドワーフたちが「さあどうぞ!」と容赦なく最前線へ押し出した。
ドドドドドッ! と地響きを立てて殺到する爬虫類の大群。
「無理無理無理無理! アタシ、虫とか爬虫類ダメなのォォォッ!!」
ヒカリは完全に腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
分厚い胸板も、丸太のような腕も、戦闘経験がなければただの的だ。立派なガタイは、絶望的な死の気配の前になんの意味も持たなかった。
「アカン! あの数、ウチらの弓と魔法じゃ捌ききれへん!」
「ぽ、ぽんずさん、勇者?さんが轢き潰されます……っ!」
ぽんずが悲鳴を上げ、弓を引き絞る手が微かに震える。
圧倒的な暴力の波が、腰を抜かしたヒカリに迫る。
(うわぁぁぁぁっ! なにあれ怖えぇぇっ! 気持ち悪い!!)
ハルの心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背中を滝のように流れた。
今すぐ回れ右して全力で逃げ出したい。だが、彼の視界には、恐怖で震え上がる女子?の姿が映っている。
女子?を見捨てて背を向けるなんて、男のプライドが絶対に許さない。
ハルは奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛り、ガシャン、と重厚な足音を立てて、ヒカリの前に立ち塞がった。
「ハ、ハル……!?」
-----------------------------------------
【SYSTEM MESSAGE】
▶ パラディン『ハル』がスキル【不動の構え】を起動。
▶ 移動速度が0に固定されました。
▶ 代償として、自身の座標を『剛体オブジェクト』へ昇格。
-----------------------------------------
一切の退路を断つ、鈍く重いスキルの起動音。
(足がすくんで動けないから、これでごまかすしかない……ッ!)
ハルは極限の自己暗示で震える声帯を押さえつけ、白銀の盾を構えながら、低く静かに言い放った。
「……下がっていろ。ここは、僕の絶対防衛圏だ」




