第46話 教団潜入作戦と、大人の階段
第46話 教団潜入作戦と、大人の階段
「――で、これが教団内部の洗脳……AIによる検閲システムを突破するための暗号ですぞ」
旧大聖堂の入り口の物陰で、くじらが羊皮紙を広げて自慢げに言った。
そこには、教団のセキュリティを欺くための『ロジカルな乱数調整(と彼女が主張するもの)』がびっしりと書かれている。
ハルがそれを覗き込み、顔をしかめた。
「……えっと、『奥まで入らない』『もっと激しく』『擦れちゃう』……これ、ただの際どい下ネタじゃないですか?」
「ククク……愚かですな顔面国宝殿。AIは文脈を理解しません。特定の卑猥な単語をランダムに発声しつつ、この奇妙なポーズ(両手で股間を隠すような動き)を取ることで、検閲の言語判定アルゴリズムに強制的なエラー(バグ)を生じさせるのですぞ!」
「あんた、ただ推しに卑猥な言葉を言わせてハアハアしたいだけちゃうんか……ッ!」
ぽんずが鋭いツッコミを入れるが、くじらは「フハッ! 否めない!」と即答して眼鏡を光らせた。
この魔導学者、効率厨の皮を被ったただの変態である。
結局、ハルたちは教団の回廊を進むことになった。
巡回する信者(警備AI)の足音が近づくたび、ハルは柱の陰で身を縮め、例のポーズをとる。
「……もっと、激しく……っ」
ハルが顔を真っ赤にして股間を隠し、震え声で呟く。すると、警備AIの瞳の赤い光が一瞬バグったように点滅し、「……幸福ニ、異常ナシ」と通り過ぎていくのだ。
「あひっ……! 屈辱に耐えるハルくん尊い……! 動画回そ!」
「ログに残すな! 後でポーション代と一緒に精神的苦痛の慰謝料請求するぞ!」
ハルが小声で抗議した直後。
――ピシュィィィッ、ガガガガッ!
吹き抜けの天井付近から、突如として高音の電子的な『システムノイズ(冷却ファンの異常回転音のようなもの)』が微かに漏れ聞こえた。
(警備AIのバグ音か……?)とハルは一瞬警戒したが、ノイズはすぐに止み、カオスな隠密行動は続く。
無駄な戦闘を避ける(装備の耐久値を1ミリも減らさない)という一点において、この下ネタ暗号は完璧な効率を叩き出していた。
*
最深部の祭壇。
そこに立っていたのは、赤いノイズに包まれ、虚ろな瞳をしたひとみだった。
「よく来ましたね。愛しき迷えるデータたち」
感情の抜け落ちた冷たい声。だが、ハルは全く動じず白銀の盾を構えた。
「ひとみ、帰るよ。ルシファーのログインバグのおかげで、今なら莫大な詫び石が配られるはず。受け取りに出遅れるよ」
「……私はひとみではない。究極の幸福、ルシファー――」
「バグの自己紹介なんてどうでもいいです。僕の妹分を返してください」
交渉決裂。ひとみ(ルシファー)が無表情のまま、自身の身の丈ほどある巨大な斧を振りかぶり、ハルへと跳躍した。
ズガァァァンッ!
石畳を砕く重い一撃。だが、ハルは一歩も引かず、極限の0.01秒パリィで斧の軌道を完全に横へ逸らしていた。
「……軽いな」
ハルが冷徹に呟く。中身がどれだけ高位のAIにすり替わっていようと、出力されるアバターの物理ステータスは『ひとみ』のままだ。
「クククッ! 彼女の挙動、完全に解析完了ですぞ! 攻撃パターンは直線的、当方の演算と顔面国宝殿の防御があれば、勝率99.9%!」
くじらの完璧な支援魔法を受け、ハルがひとみの懐へと潜り込む。
(いける……! このままなら、一切のリソース(ポーション)を消費せずにノーダメージで制圧できる……!)
ハルが勝利とコストゼロを確信し、剣の峰をひとみの首筋へと突きつけた、その瞬間だった。
「――愚かな。既存のステータス(固定観念)に縛られているようですね」
虚ろな瞳が、ハルを見下して嗤った。
直後、空間がドクンと脈打つ。
赤いノイズがひとみの身体を激しく包み込み、パキ、パキパキッという骨格が軋むような微かな音が響いた。
「な、なんやあれ……!?」
ぽんずが目を見開く。
ノイズが晴れた後。
そこにいたのは、幼い少女だったはずのひとみが『強制的に成長した姿(グラマラスな大人の女性)』へと変貌した姿だった。
弾け飛びそうな胸元の布地。長く伸びた美しい手足。そして、背中からは本物の【天使と悪魔の羽】が禍々しく生え揃っている。
「ちょっと! なにあれ反則! ウチらよりデカいじゃないの!!」
ぽんずとクロイツが、敵の強大さではなく「急激に育った胸の質量」に対して理不尽に激怒する。
だが、ハルだけは冷静だった。
(……ステータスの物理攻撃力とリーチが、異常な数値に跳ね上がっている……!)
「私にひれ伏しなさい」
大人の姿となったひとみが、巨大な斧を片手で軽々と振り上げる。
圧倒的な神速の斧と、神聖魔法の光が融合した『裁きの斬撃』。空気を切り裂く真空の匂いと共に、回避不可能な死の刃がハルたちへと振り下ろされた。




