第40話 恐怖を捨てろ、鍋を見ろ
第40話 恐怖を捨てろ、鍋を見ろ
ズォォォォォンッ!!
十数体のロックゴーレムが一斉に口を開き、灼熱のマグマをスタジアム状の荒野へと吐き出した。
逃げ場のない広範囲の熱線。まともに浴びれば、初期装備のハルなど一瞬で灰と化し、莫大なロスト(赤字)を背負うことになる。
「師匠……ッ!」
ハルが絶望的な声を上げる。
「いいかハル! フレンチの繊細なソースも、芸術的な盛り付けも、本当に素晴らしい! だがな……!」
この極限状態において、田尾の熱き料理人魂(ビビンバへの偏愛)がスタジアムに響き渡った。
「全ての具材と熱を、焦げる寸前の絶妙な均衡で一つに融合させる『石焼ビビンバ』こそが、この世で至高の料理なのだッ!!」
「……はい!?」
「恐怖を捨てろ。鍋(盾)を見ろ! 焦げ付く前に混ぜろ。決して止めるな。引くはオイルぞ!!」
――ビビンバ。鍋を見ろ。混ぜろ。引くはオイル。
そのあまりにも偏愛に満ちた『料理の極意』を、ハルの狂気的な演算脳は瞬時に『極限の熱力学ハック(修理費ゼロの生存戦略)』へと翻訳した。
「……オイルを引いて、焦げ付く前に混ぜる(パリィ)ッ!」
ハルはインベントリから、最安値の可燃性スライムオイルを取り出し、自らの白銀の盾の表面にドバッとぶちまけた。
直後、ゴーレムの放った極太のマグマがハルを飲み込もうと迫る。
「仲間も、盾の耐久値も……全部、僕が弾き返すッ!!」
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ パラディン『ハル』が【盾の偏向】を連続発動。
▶ 対象の熱エネルギーに対する流体力学的干渉を検知。
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カィィィンッ! ギギギギギギッ!!
ハルは、マグマを盾で『受け止める』のではなく、表面に塗布したオイルを気化させながら、超高速で盾の角度を捻り(撹拌し)続けた。
チリチリチリッ!
オイルが盾の表面で焦げ付く、石焼鍋のような甲高い金属音。
熱の直撃を気化熱でバリア(空気の境界膜)に変え、弾いたマグマのベクトルを遠心力で周囲に巻き散らしていく。
「ハァッ……ハァッ……!」
ハルの喉から、カラカラに乾いた息の音が漏れる。
猛烈な熱波により、彼の肌から噴き出した汗が一瞬で蒸発し、微かな白煙となって甲冑の隙間から立ち昇る。
(熱い……! けど、僕の財布は絶対に燃やさせない……ッ!)
熱く泥臭いヒロイズムを漂わせて叫んでいるが、彼を突き動かしているのは死の恐怖よりも『莫大な修理費への恐怖』である。
「ああっ……熱波の中で喘ぐハルくん……ッ!」
「汗が蒸発するあの艶かしい白煙……! 色気カンストしてるわァァァッ!!」
安全圏で双眼鏡を覗くぽんずとクロイツが、ハルの必死の生存戦略(石焼パリィ)を完全に別の熱(文脈)で受け取り、鼻血を吹き出していた。
――ブブブブブブッ、ピーガガガッ!
ハルの白煙が立ち昇った瞬間。荒野の上空、虚空から突如として激しい振動音のようなシステムエラー音(どこかの幹部の冷却ファン暴走音)が漏れ出た。
ゴォォォォォォォッ!!
ハルの超高速パリィ(石焼撹拌)によって生み出された『炎の竜巻』が、ゴーレムたちの放ったマグマを完全に相殺し、逆に彼らを炎の渦の中へと巻き込んでいく。
「見事だ。完璧なお焦げ(パリィ)の匂いだ。お前はもう、立派なビビンバ職人だ」
炎の竜巻の中で無傷の盾を構えるハルを見て、田尾が腕を組んで深く頷く。
ハルの異常な物理ハックにより、十数体のゴーレムは自らの熱でカリカリに焼き尽くされ、沈黙した。
だが、安堵する暇はなかった。
ズズ……ズズズズズズズ……ッ!!
スタジアム状のエリアの中央、大地がすり鉢状に大きく陥没していく。
そして、その巨大な穴の底から、けたたましい羽音と共に『ソレ』が這い出してきた。
巨大なハエと、煮え滾る大釜が融合したような、醜悪にして圧倒的な異形。
セフィロト――『ハーフファス』が、その姿を現したのだ。




