第39話 ビビンバの求道者
第39話 ビビンバの求道者
ゴゥゥッ!
ロックゴーレムが振り下ろした溶岩の腕が、ハルの顔面スレスレを通過する。
回避したにもかかわらず、その圧倒的な熱放射だけでハルの前髪がチリチリと焦げ、初期装備の布の服が黒く変色し始めた。
「熱ッ! ちょ、待て! 布の服が焦げる! また借金が……ッ!」
命の危機よりも、装備の修繕費(赤字)に恐怖し、ハルは無様に見苦しく地面を転がり回る。
その時だった。
「騒々しいやつだ。下がっていろ」
低く、よく通る声と共に、一人の男がハルの前に躍り出た。
屈強な肉体に武道着を纏った、初老の男。だが、何よりも目を引いたのは、彼が背中に背負い、今まさに構えようとしている『巨大な黒い大盾』だった。
それはどう見ても――使い込まれた『巨大な中華鍋』だった。
「なっ……」
ハルが呆然とする中、男――田尾は、ゴーレムの溶岩の腕を巨大な中華鍋で真っ向から受け止めた。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 料理人『田尾』が【強火】を発動。
▶ 対象の熱エネルギーを吸収・保存します。
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ガガァァァンッ!!
凄まじい衝撃と熱量が田尾を襲う。だが、田尾は一歩も引かない。
溶岩の高熱は田尾自身を傷つけることはなく、すべて中華鍋の表面で受け止められ、内部で循環しているようだった。
ジュゥゥゥゥッ! という派手な音と共に、田尾が構える巨大な盾(中華鍋)から、ごま油と焦げた肉の暴力的に食欲をそそる匂いが、辺り一面に立ち込める。
「な、なんだあの匂い……めちゃくちゃ美味そう……!」
安全圏の岩陰から双眼鏡で覗いていたぽんずとクロイツが、思わず生唾を飲み込む。
「ふん」
田尾は、中華鍋の底で十分に熱を溜め込むと、そのまま鍋を豪快に振り抜き、ゴーレムの顔面へと強烈なシールドバッシュ(鍋振り)を叩き込んだ。
ドゴォォォォンッ!!
自らの高熱を鍋の内部で限界まで圧縮・反響させられたゴーレムは、その熱暴走に耐えきれず、内側から見事に爆散した。
光の粒子と共に、こんがりと焼けた『極上の魔石肉』がドロップする。
「お見事です……!」
ハルは、完全に無傷で敵を倒した田尾の無駄のない動きに感嘆し、思わず歩み寄った。
「未熟者め。敵の熱量を処理しきれず、自らの装備を焦がすとは。プロのタンク失格だ」
田尾は、ハルの焦げた布の服を見て厳しく言い放った。
「できないなら、できる範囲で一生懸命やりなさい、とは考えない。できないなら、できるまで練習しなさい。プロなんだから当たり前ではないか」
それは、一流の料理人(武闘家)としての、一切の甘えを許さない厳しい矜持の言葉だった。
だが、その言葉を聞いたハルの胸に、かつてないほどの激しい『共鳴』が走った。
(そうか……! できない(熱で装備が壊れる)なら、できるまで(一切の熱を逃がさず耐久値の消耗をゼロにするまで)練習する。プロ(借金返済者)なんだから当たり前だ……!!)
ハルの瞳に、狂気的なまでの『修理費ゼロを極めるプロ』としての決意の炎が宿る。
「……感銘を受けました、師匠」
ハルが田尾に深く頭を下げる。
料理の道を説く田尾と、ただの超絶ドケチなハル。1ミリも噛み合っていないが、二人の間には確かに『職人』としての熱い火花が散っていた。
「ああっ……大人の男同士の熱い絆……! 尊い……ッ!」
「初期装備のハルくんが、厳格な師匠にビシバシ鍛えられるのね……ッ!」
岩陰のぽんずたちが、完全に文脈を誤読して限界化し、顔を赤らめていた。
「ついてこい。お前には、本当の『熱の扱い方』を教えてやる」
田尾が中華鍋を背負い直す。
ハルが深く頷いたその直後。ズズズズズ……と、《暴食の都》の地面が激しく揺れ始めた。
「……チッ。群れのおでましか」
田尾が舌打ちする。
すり鉢状の荒野の斜面から、高熱の岩漿を吐き出すロックゴーレムが、十、二十と、絶望的な数で群れを成して襲来してきた。




