第38話 普通のパラディンに戻ります
第38話 普通のパラディンに戻ります
スタジアムでの合同レイドから数日後。
商業都市アイン(コミケ)の路地裏で、ハルは壁にもたれかかり、濁りきった瞳で虚空を見つめていた。
命懸けで『マミーズキッズ』の同情商法を論破し、スタジアムのファン(ヘイト)を独占したというのに、手元に残ったのは増額された莫大な借金と、ボロボロの初期装備だけだった。
「いやー、ハルくん! まさか、またあの禁欲修行(初期装備スライム狩り)が見られるなんて、ウチらマネージャー冥利に尽きるわぁ!」
「無欲でストイックな騎士様……今日も推せる……ッ!」
ぽんずとクロイツが、満面の笑みで的外れな期待を寄せてくる。その無邪気な言葉が、ハルの絶望に追い打ちをかけた。
「……違いますよ。ただ装備の修理代がないだけです」
ハルが力なく反論するが、女子たちは全く聞いていない。
「そんなに借金抱えて……あんた、まさか裏で『枕営業』とかしてへんやろな?」
ぽんずがニヤニヤしながら冗談めかして言うと、ハルは心底不思議そうな顔をした。
「寝具のセールスなんてしてませんよ。そんなの、スライム狩りより効率悪そうじゃないですか」
「……」
あまりにもピュア(世間知らず)すぎる回答に、ぽんずとクロイツは顔を見合わせ、静かに天を仰いで両手で顔を覆った。
ハルは小さく息を吐き出すと、近くにあった瓦礫(お立ち台)の上に歩み寄った。
そして、インベントリから一本のペンライトを取り出し、そっと瓦礫の上に置いた。
カラン……。
乾いたプラスチックの音が、路地裏に虚しく響く。
「……僕はもう、普通のパラディンに戻ります」
ハルは厳かに、アイドル引退を宣言した。
だが、その内面は決して感傷的なものではない。(これでアイドル衣装のバカ高いクリーニング代と、無駄なフリルのメンテナンス費が浮く……!)という、極限の打算による歓喜だった。
「えっ……ハル兄ちゃん、やめちゃうの?」
悪魔の衣装を着たひとみが、寂しそうにハルの袖を引く。
「ああ。でも、お前は向いてるよ。……これを持っていきな」
ハルは自らの背中に装着されていた『天使の羽(装甲パーツ)』を取り外し、ひとみの背中へと固定した。
「わあ……っ!」
黒と赤の悪魔のドレスに、純白の天使の羽。
相反する属性が融合し、【半天使・半悪魔のアイドル】という奇跡のハイブリッドが爆誕した。
「ああっ……! 天使の力を継承した……尊い……ッ!」
女子たちが涙を流して限界化する。
だが、ハルの意図は全く違った。背中の装甲(当たり判定)をパージしたことで、回避・パリィ特化のフレーム(猶予)が数ミリ向上するという、物理的かつシビアなステータス最適化。ついでに羽の修理費も浮くという完璧な一石二鳥のロジックだった。
「さて、感動のお別れのところ悪いッスけど」
路地裏の入り口から、胡散臭い笑みを浮かべたキムチが現れた。
「ハルさん、借金チャラにするいい話があるんスよ」
「……チャラ?」
ハルの濁っていた瞳に、一瞬で狂気的な光が宿る。
「次のセフィロト……『ハーフファス』ッス。あいつが支配する《屍食の郷ガストロ・アケロン》で採れる『極秘食材』を獲ってきてくれたら、借金、全部チャラにしてあげるッスよ」
*
「借金チャラ……借金チャラ……ッ!!」
数時間後。ハルは血走った目で、未知のエリア《屍食の郷ガストロ・アケロン》へと足を踏み入れていた。
だが、そこは空がどす黒く澱み、地面からは酸の沼がブクブクと煮え滾る、極限の理不尽エリアだった。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 現在の接続者数:1,053人
▶ エリア移動:屍食の郷ガストロ・アケロンへ移動しました。
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ズシン……ズシン……ッ!!
地響きと共に、ハルの目の前に巨大な影が立ち塞がる。
全身から高熱の岩漿を滴らせる、『焦熱のロックゴーレム』。
あり得ないレベルの熱波がハルを襲い、前髪の毛先がチリッと焦げる。
「な、なんだこいつ……熱ッ……!?」
初期装備(布の服)のままのハルに、ゴーレムが巨大な溶岩の腕を振り下ろす。
防御すれば一瞬で装備が消し炭になる絶体絶命の危機が、無慈悲に幕を開けた。




