第37話 0.1ミリの刃筋と、無傷の天使
第37話 0.1ミリの刃筋と、無傷の天使
巨大な魔物と化したルカの顔面へと肉薄したハル。
彼は剣を逆手に持ち、一切の躊躇なくその刃を魔物の口元――黒いホクロ(呪印)へと滑り込ませた。
「僕も生理的に無理なんです、そのホクロ」
対象にダメージを与えるのではなく、対象の表面にある『異常オブジェクト(バグ)』だけを削り取る。
それは、ハルの右目に宿ったバグスキルと、これまでの経験から導き出された極薄の刃筋のコントロールがあってこそ成立する物理的な外科手術だった。
チリッ。
極めて微小で甲高い金属音がスタジアムに響く。
刃筋を極限まで寝かせ、魔物の顔面の表面【0.01ミリ】のテクスチャ(呪印)だけを、一陣の風のように薄く削り飛ばす。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 対象の表面テクスチャ【呪印オブジェクト】の物理的剥離を確認。
▶ ボス《バグ・エネミー:承認欲求の化身》のHP・防御力を無視し、ギミックを解除します。
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「ギ、ギャァァァァァァッ!?」
呪印が剥がれ落ちた瞬間、魔物が断末魔の悲鳴を上げ、その巨大な身体が光の粒子となって崩壊し始めた。
生命力を吸い上げられていたクレアたち観客の身体に、赤い光の糸が逆流して戻っていく。
光の粒子が収まった後、そこには元の少年の姿に戻ったルカが倒れていた。
彼の口元には、もうあの不気味な黒いホクロは存在しない。
「……終わった」
ハルは天使の衣装を血と汗で汚しながら、その場にへたり込んだ。
「ハル兄ちゃん!」
ひとみが駆け寄り、ハルを抱き起こす。
「ああああッ! 私たちのために、あんな恐ろしい魔物に立ち向かってくれるなんて……ッ!」
「やっぱり傷つかない無傷の天使こそ最高ーッ!!」
意識を取り戻した観客の女子たちが、ハルに向けて熱狂的な歓声を上げ始める。
偽りの傷(同情商法)が暴かれ、ハルの『絶対無傷の美学』が完全にスタジアムのヘイト(ファン)を独占した瞬間だった。
(よし、これで莫大なギャラが……借金が返せる……!)
ハルが安堵の笑みを浮かべた、その時。
「はい、お疲れ様ッス」
満面の笑みを浮かべたキムチが、ぽんずとクロイツを引き連れてハルの前に現れた。
「キムチさん! 約束通り、ギャラを――」
「あー、それなんスけど」
キムチは一枚の契約書をハルの目の前にヒラヒラと見せつけた。
「契約書には『目立ちすぎたらギャラ没収』って書いてあるんスよ。今回は完全にハルさんの独り舞台だったッスからね。契約違反でギャラはナシ。あ、衣装のクリーニング代は借金に上乗せしておくッス」
「……え?」
ハルの頭が真っ白になる。
命懸けでスタジアムのファン(ヘイト)を奪い取った結果が、ただの『契約違反によるタダ働き(借金増額)』だった。
……ヒュ、ヒュ。
ハルの口から、絶望の過呼吸のような浅い息が漏れる。
歓喜に沸くスタジアムのど真ん中で、ただ一人、顔面国宝の騎士は完全に灰となって崩れ落ちた。
*
誰もいなくなったスタジアムの片隅。
ハルが削り飛ばした『黒いホクロ(呪印)』が、地面にポツンと落ちていた。
コツ、コツ、コツ……。
静かな足音が近づき、黒い革靴がホクロの前で止まる。
真っ白な手袋に包まれた手が、そのホクロを拾い上げた。
「……マモンの『強欲』、回収完了。さて、次はどうしてくれようか」
低い笑い声が響き、次なるセフィロト幹部の影が、静かに世界へとにじり寄っていた。
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【SYSTEM SECRET LOG:対象プレイヤーの現実リンクデータを開示します】
■ アバター名:ルカ
・ジョブ:アイドル
・現実氏名:阿比留 海斗
・年齢/職業:18歳 / 高校生(読者モデル)
・特記事項:「傷つく脆弱性(儚さ)」を売りにする同情商法のプロ。現実でも読者モデルとしてチヤホヤされているが、ハルの『絶対無傷の美学』の前にファンを根こそぎ奪われ、アイデンティティが崩壊。現在はハルへの特大のコンプレックスをこじらせ、こっそり「ノーダメージクリアの動画」を見て研究している。
■ アバター名:クレア
・ジョブ:高位神官
・現実氏名:安藤 歌恋
・年齢/職業:30代 / 不動産会社経営
・特記事項:ルカに莫大な支援(投げ銭)をしていたパトロン。ハルに「ホクロの呪い(バグ)」を切り落としてもらったことで正気に戻った。しかし、今度はハルの「冷徹な職人のような瞳」に全く別の性癖を破壊され、新たなパトロンになろうと資金を準備している。




