第4話 絶望の境界排除機構
第4話 絶望の境界排除機構
ビィィィィィィィィィッ!!
耳をつんざく不快なノイズが、オルナの村を震わせた。
空を覆い尽くしていた青空が、ひび割れたガラスのように剥がれ落ち、血のような真紅の魔法陣へと反転する。
広場に密集していたプレイヤーたちが、パニックを起こして逃げ惑い始めた。
「嘘やろ……初心者村に、なんでエリアボスが直湧きすんねん……!」
ぽんずの喉から、ひゅっと空気が漏れる。
上空の真紅の陣から音もなく降臨したのは、幾何学的な純白の装甲に身を包んだ人型の機械天使だった。
無機質なバイザーの奥で、赤い光が明滅する。
『――不確定要素の増大を検知。最適解の再計算を実行します』
感情の一切こもらない、凍りつくような機械音声が村全体に響き渡った。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 境界排除機構『アンドラス』が起動しました。
▶ セフィロトの最適解を実行。エリア内の全エラー因子をパージします。
▶ 【絶対殲滅陣(広範囲即死魔法)】の詠唱を開始――完了まで残り10秒。
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『推奨行動:速やかなるデリートの受け入れ。抵抗は非効率です』
絶望だった。
治癒魔法がロックされ、ポーションすら買えないこの状況で、村全体を覆う回避不能の即死魔法。
逃げ場など、どこにもない。
「……ぽんずさん、だめです。魔力密度が高すぎて、息が……っ」
クロイツが膝から崩れ落ち、震える手で自身の喉を掻きむしる。
ぽんずもまた、圧倒的な死の気配に足がすくみ、弓を構えることすらできなかった。
(アカン。終わった。これで全ロストや……)
諦めが脳を支配した、その時。
ガシャンッ。
重厚な金属音が、ぽんずの真横で鳴った。
視線を向けると、白銀の重甲冑をまとったハルが、大股で一歩、前へ踏み出していた。
「ハル……!?」
ぽんずは、彼の背中を見て息を呑んだ。
分厚い鋼の盾を構える、華奢な手首。その指先が、小刻みにカタカタと震えていたのだ。
横顔を伝う冷や汗。微かに震える唇。そして、過呼吸のように浅く繰り返される呼吸。
(……怖いんや。当たり前や、あんな化け物相手に、勝てるわけない)
誰よりも恐怖に怯えているはずの美少年が、それでも自分たちを背に庇うように、一番前に立ち塞がっている。
ぽんずの胸の奥底が、焼けるように疼いた。
「逃げや、ハル! アンタだけでも――」
「絶対に退きません!」
ぽんずの悲鳴を遮るように、低く、静かな声が響いた。
ハルが『孤高の騎士』のペルソナを被った瞬間だった。
極限の自己暗示。震える声帯を無理やり押さえつけ、死の恐怖を強引に麻痺させるためのスイッチ。
「……僕はパラディンだ。背中の仲間を守れなくて、何が騎士ですか」
血を吐くような、悲壮で泥臭い覚悟。
圧倒的な死の恐怖を前に、自らの命をチップにして立ち塞がる男の背中。その熱く真っ直ぐな言葉に、クロイツの視界が歪んだ。
「……っ、ぅ……!」
心臓が早鐘を打ち、全身の血が沸騰するような感覚。限界オタクの情緒は、この瞬間、完全に理性のタガを外した。
だが、当のハルの内心は狂乱状態だった。
(やばいやばいやばい! 広範囲魔法!? 避けられないじゃん! 死ぬ! 破産する! でも女の子を置いて逃げるなんて、男のプライドが許さないぃぃっ!!)
見栄と虚勢と、莫大な修理費への恐怖が、彼の精神を異常なロジックへと飛躍させる。
『詠唱完了。これより、全対象の初期化を開始します』
上空のアンドラスが、無慈悲に腕を振り下ろす。
村全体を吹き飛ばす、紅蓮の魔法陣が発動しようとした、その刹那。
ハルは、震える手で空中にスキルウィンドウを叩き出し、このゲームで最も不要とされる産廃スキルを起動した。
「……【プロボーク(挑発)】ッ!!」
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ パラディン『ハル』がアクティブスキル【挑発】を発動。
▶ 敵性プロセス『アンドラス』の敵意を強制吸引。
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「なにしてんねんアホ! そんなん使ったらアンタに全部攻撃が――」
「全て僕が叩き潰すッ! ……来い!!」
ハルの喉が裂けんばかりの絶叫。
泥臭くも熱い、その理不尽なまでの意志の強さが、システム側の処理に『あり得ないエラー』を生じさせた。
セフィロトの幹部AIは、「最適解(最も効率的な処理)」を強要する存在である。
ハルが極限のRP状態で放った【挑発】により、彼単体のヘイト値がシステムの上限を突破。
結果、AIの演算ロジックが「広範囲を焼き払うよりも、このヘイト9999%の単体ターゲットを消去する方が『効率的(最適解)』である」と誤認したのだ。
『――再計算。非効率なヘイト係数を検知。対象を単体へ移行します』
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ Error:最適化ルーチンの矛盾を検知。
▶ 【絶対殲滅陣】の目標座標が、エリア全体(広範囲)から対象単体(X:215, Y:108)へ強制圧縮縮退――
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バツンッ!!
空を覆っていた巨大な魔法陣が、信じられない速度で収縮していく。
村全体を焼き尽くすはずだった広範囲魔法が、ハルの頭上ただ一点に、極太のレーザーのごとく圧縮されたのだ。
「ウソやろ……魔法の座標、力技で捻じ曲げたんか……!?」
ぽんずが驚愕に目を見開く。
だが、圧縮されたことで、その一撃の威力は即死級をさらに超えた。
触れれば盾ごと炭化する、超高密度のエネルギーの束。パリィで逸らすことすら不可能な質量が、ハルめがけて撃ち下ろされる。
(これを盾で受けたら、一撃で耐久値ゼロになって修理費(銀貨)が飛ぶ……!)
極限の恐怖と、それを上回る圧倒的な貧乏性。
ハルは、レーザーが直撃するコンマ一秒の世界で、あろうことか構えていた盾を大きくズラし、無防備な肩の装甲の隙間を、自ら致死の光線へと晒した。
「は……?」
ぽんずとクロイツの悲鳴を置き去りに、ハルの肩口に、超高熱の閃光が直撃した。




