第3話 水浴びと破産の足音
第3話 水浴びと破産の足音
先ほどの死闘の余韻が残る森の中。
頭から「ポーション」を被り、全身ずぶ濡れになったハルを見て、クロイツの情緒は完全に限界を突破していた。
冷たい水滴が、熱を帯びた少年の喉仏を伝う。濡れて身体のラインが張り付いたインナー。荒い戦闘の直後、水も滴る美貌の騎士が、息を乱してそこに立っているのだ。
クロイツは両手で顔を覆い、カタカタと震える指の隙間から、浅く、ひゅっ、ひゅっという過呼吸のような音を漏らした。脳の処理回路が完全に焼き切れている。
――チカッ、チチカカッ。
ふと、ハルの頭上で、まるでカメラのシャッターを高速で連続して切るようなその音がした。
ハルは見上げたが何もなかった。
「……ぽ、ぽんずさん……致死量です……。公式が、私を殺しに来て……っ」
「アホなこと言うてんと、さっさと町に戻るで! 次あんなん来たらウチら終わりや!」
ぽんずは頭を抱えながら、ハルの背中を小突いた。
その瞬間、濡れた背中越しに伝わってきた彼の微かな体温と、驚くほど華奢な骨格の感触に、ぽんずの指先がピクリと跳ねる。
(……なんやねん、この細さ…ウチらが守らんかったら、すぐ折れてまいそうやんか……)
胸の奥を、鈍い焦燥感が締め付ける。
この危なっかしい一直線バカを、私が管理してやらなきゃ死ぬ。そんな感情が、ぽんずの中で静かに、だが確実に根を張り始めていた。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 現在の接続者数:1,072人
▶ エリア移動:旅立ちの村 オルナへ移動します。
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旅立ちの村、オルナ。
常春の美しい景観とは裏腹に、広場に集まるプレイヤーたちの顔は一様に暗く、死相すら漂っていた。
無理もない。現在、このゲームにおける「1被弾」は、文字通り破産と死を意味するからだ。
「……嘘、やろ」
広場の取引掲示板の前で、ぽんずが絶望の声を漏らした。
クロイツも杖を落としそうになり、ハルに至っては顔面から完全に血の気が引いている。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 現在の取引相場
▶ 『下級ポーション(HP微回復)』:銀貨30枚(※在庫極少)
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「銀貨……三十枚……」
「アホか……ちょっと前まで銅貨5枚で買えたモンやぞ!? 治癒魔法がロックされてから、足元見すぎやろ……!」
ぽんずが取引板を殴りつける。
ハルは震える指で空中に触れ、自身のステータスウィンドウを展開した。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ パラディン『ハル』
▶ 所持金:銀貨5枚
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(終わった……ッ!! さっきの水浴びで全部のポーション使っちゃったよ!!)
ハルは内心で絶叫し、胃袋が裏返るような吐き気に襲われていた。
ポーション代が銀貨30枚。手持ちは銀貨5枚。つまり、次にフィールドに出てかすり傷でも負えば、回復手段ゼロのまま死を待つしかない。完全な詰みである。
「ウチらの所持金合わせても、銀貨10枚しかないわ……」
「ポーションが買えないなら、私たちはもう、一歩も外に出られません……」
女子二人が俯き、重苦しい沈黙が落ちる。
だが、ハルは心臓のバクバクを必死に押し殺し、虚無の瞳のまま、ぽつりと呟いた。
「……なら、答えは簡単ですよ」
「えっ?」
ハルは振り返り、震える指を隠すように腕を組んだ。
「僕が、一発も攻撃をもらわなければいいだけの話です」
(金がないから、意地でも絶対避ける!!)という血の涙を流さんばかりの本音。
だが、その言葉は女子二人の耳には全く違う文脈で響いた。
回復薬すらない絶望の状況で、自分たちを守るために『絶対に被弾しない』という死の綱渡りを宣言したのだと。
ぽんずは息を呑み、胸の奥が熱く疼くのを感じた。
「アンタ……本気で言うて……」
その言葉の続きが紡がれることはなかった。
ビィィィィィィィィィッ!!
突如、オルナの村を包み込む空が、不気味なノイズとともに血のような赤色に反転した。
村中のプレイヤーが悲鳴を上げ、パニックに陥る。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ EMERGENCY WARNING
▶ 境界排除機構『アンドラス』のエリア侵入を検知。
▶ オルナ村周辺の座標を封鎖しました。
▶ セフィロトの最適解に従い、速やかにエラー因子を排除します。
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空を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が、村の上空に展開されようとしていた。




