第33話 傷だらけの偶像と、絶対無傷の美学
第33話 傷だらけの偶像と、絶対無傷の美学
商業都市アイン(コミケ)の裏路地にそびえる、窓のない黒煉瓦の洋館。
それが、暗黒ギルド『マミーズ事務所』の本拠地だった。
ハルとひとみは、スカウトの男に案内され、重厚な扉をくぐった。
途端に、むせ返るような匂いがハルの鼻腔を突く。
甘ったるい高級香水の香りと、鉄錆のような微かな血の匂いが混ざり合った、胃がせり上がるような不気味な空気。
「ようこそ、天使と悪魔のユニットさん。僕がここのトップパーティー『マミーズキッズ』のリーダー、ルカだ」
薄暗い大広間で彼らを迎えたのは、整った顔立ちの美少年だった。
だが、彼の姿は異様だった。額、首筋、そして両腕――至る所に、生々しい血が滲んだ『包帯』が幾重にも巻き付けられていたのだ。
ルカの後ろに立つ数人の少年たちも、一様にどこかを負傷し、痛ましげに包帯を巻いている。
「……すごい怪我ですね。ポーションはないんですか?」
ハルが真顔で尋ねる。
「ふふ、ポーションなんて使わないよ。これは『勲章』だからね」
ルカは恍惚とした表情で、自らの血塗られた包帯を撫でた。
「僕たちは、わざと敵の攻撃を受ける。痛みに耐え、傷つき、ボロボロになりながら戦う。その『儚さ』こそが、ファンの心を最も強く打つんだ」
ルカが指を鳴らすと、広場の奥から女性ファン(プリーストや支援職のプレイヤーたち)が駆け寄り、彼らに熱狂的な声援と共に高位の回復魔法や、リソース(投げ銭)を浴びせ始めた。
「ああ……ルカきゅんが今日も傷ついてる……ッ!」
「私が癒やしてあげなきゃ! 私のヒール(お金)で彼を生かすのよ!」
それは、システム的に確立された『同情リソースの搾取』だった。
わざとHPを削り、呪いのアイテムである『血のにじむ包帯』で回復を遅延させる。そうすることで、敵のヘイト(ターゲット)を支援者に向けさせず、同時にファンからの回復魔法と莫大な支援金(投げ銭)を吸い上げ続ける、極めて悪辣で計算し尽くされたマクロ構造。
「迷い、老い、傷つく……その儚さすべてが、美しさなんだよ」
ルカが陶酔しきった顔でハルに微笑みかける。
「君たちも僕らと一緒に、合同ライブ(防衛レイド)でこの『美学』を――」
「馬鹿じゃないですか?」
ハルの冷ややかな声が、ルカの言葉を遮った。
「……は?」
「HPを減らして、装備の耐久値を削る? その度に修理費と包帯代がかかるじゃないですか」
ハルは心底軽蔑したような、親の仇でも見るような氷の瞳でルカを睨みつけた。
「被弾前提のタンクなんて三流以下です。一円でも修理費を浮かせるために、完全無傷で立ち回るのがプロでしょうが」
「……ッ!!」
ルカの端正な顔が、屈辱で歪む。
ファンの庇護欲をシステム的に悪用する「プロのアイドル」に対し、ハルは単に「ただの被弾前提のド下手くそ(地雷プレイヤー)」としてしか認識していなかった。両者の価値観は、1ミリたりとも噛み合わない。
「おじさん(アラタテ)の本当の傷と、こいつらの嘘の傷を一緒にしないで」
ひとみが、ハルの背後で巨大斧の柄をギリィッと握りしめ、静かな怒りを燃やす。
「……いいだろう。なら、次の合同レイドで証明してあげるよ」
ルカが、ハルの『無傷の天使』の存在に激しい嫉妬と敵意を向けながら、一方的に宣戦布告する。
「どっちがより多くのファン(ヘイト)を惹きつけ、リソースを稼ぐか……僕たちの『儚さ』で、君たちのその無駄な完璧主義をぶっ壊してやる」




