第34話 黒いホクロの呪いと、極限の金属研磨
第34話 黒いホクロの呪いと、極限の金属研磨
合同レイド(ライブ)の開始を明日に控えた夜。
ハルたちの安宿のドアが控えめにノックされ、一人の女性プレイヤーが姿を現した。
「……突然の訪問、申し訳ありません。マミーズキッズの筆頭支援者、クレアと申します」
純白の法衣に身を包んだ高位神官。しかし、その顔色は青白く、ひどく思い詰めたような表情だった。
「実は……ルカのことで、相談があるのです」
クレアは震える声で語り始めた。
彼女はルカから異常なまでの執着を受けており、毎日多額のリソースを貢ぎ続けなければならないという強迫観念に囚われているという。
「彼を見捨てるなんてできない。でも……」
クレアは自身の二の腕を、ガリッ、ガリッと強く掻きむしった。
乾燥した皮膚が削れる、痛々しい擦過音が部屋に響く。
「彼の口元にある『黒いホクロ』を見ると……どうしても、生理的な嫌悪感で肌が粟立つんです。触れられたくない、見たくもない……でも、彼を支援しなきゃいけない……ッ!」
ただの『ホクロ』への生理的嫌悪。
女性特有の繊細な心理問題かと思われたが、ハルの右目に宿った『バグスキル』は、全く別の真実を映し出していた。
ハルが右目のまぶたをうっすらと開く。
彼の視界の先、クレアの記憶として共有されたルカの口元――そこにあるのは、ただのテクスチャ(ホクロ)ではなかった。
マモンの遺物と同じ、不気味な赤いノイズを放つ『寄生型の魅了の呪印』。それがルカの皮膚の表面に、わずか【0.01ミリ】だけ浮き上がって張り付いていたのだ。
(なるほど。あれが同情リソース搾取の正体か)
ハルは全てをロジカルに理解した。
「クレアさん。泣かないでください」
ハルは真顔のまま、ひどく平坦な声で言った。
「……え?」
「そのホクロ、表面だけ削り飛ばせますよ」
「……はい?」
クレアが涙を引っ込めて呆然とする。
「いわゆる外科手術です。僕の剣の刃筋で、対象の顔面のテクスチャを0.01ミリ単位で切り落とす。これで生理的な問題は完全に解決します」
深刻な心の悩みを打ち明けたはずが、医者や職人のようなサイコパス回答が返ってきた。
極限の温度差にクレアが言葉を失う中、ぽんずとクロイツは背後で「さすがハル! なんでも物理で解決するストロングスタイル尊い!」と的外れな限界化を起こしていた。
*
翌日。
商業都市アイン(コミケ)の巨大スタジアム(レイドエリア)は、数千人の観客の熱気に包まれていた。
中央の闘技場に、無数の魔物の群れが転送されてくる。
「さあ、始めようか。天使と悪魔さん」
血まみれの包帯を巻いたルカが、傲慢な笑みを浮かべてハルを見下ろす。
「どっちがこのスタジアムの『ヘイト』を支配するか……勝負だ」
地響きと共に、巨大なオークやオーガの大群がスタジアムへと雪崩れ込んでくる。
ハルは白銀の盾を構え、無機質な瞳で魔物の群れと、ルカの口元の『呪印』を見据えた。
狂気の物理ハックによる、合同レイド(ライブ)が幕を開ける。




