第32話 天使の借金返済と、黒いバグの瞳
第32話 天使の借金返済と、黒いバグの瞳
商業都市アイン(コミケ)のはずれにある、初心者用の狩場。
草むらが揺れ、青く透き通ったスライムがポヨンと飛び出した。
「銅貨一枚……銅貨一枚……」
ボロボロの初期装備(布の服)を着たハルが、濁った瞳で虚空を見つめながら、こん棒でスライムを淡々と殴り飛ばす。
ポスッ、という気の抜けた音と共にスライムが弾け、地面にチャリンと一枚の銅貨が落ちた。
「よし……これで宿代まであと498枚……」
ハルは震える指先で泥まみれの銅貨を拾い上げ、宝物のように胸に抱きしめた。
マモン討伐戦で莫大な借金を背負わされた彼は、装備の修理費すら払えず、初期装備のまま『公開防衛クエスト(路上での雑魚狩り)』で日銭を稼ぐどん底の生活に転落していた。
「あぁぁ……尊い……ッ!」
「あんなに強いのに、あえて初期装備で基礎の反復練習をしているなんて……なんて無欲で禁欲的な騎士様なの……ッ!」
草むらの少し離れた場所では、ぽんずとクロイツが双眼鏡を構え、なぜか感極まって号泣していた。
(違う。修理代がなくて布の服しか着られないだけだ)
ただの極貧状態を『高潔な修行』と勘違いされる特大のアンジャッシュ。だが、ハルには訂正する気力すら残っていなかった。
「ハル兄ちゃん、そっちいったよ!」
悪魔のアイドル衣装(自腹で買い取らされた)を着たままのひとみが、巨大斧でスライムの群れを追い込んでくる。
「サンキュー、ひとみ。これで銅貨がさらに十枚……っ!」
ハルがスライムの群れにこん棒を振り下ろそうとした、その時だった。
「ん……?」
インベントリから、ポーションを取り出そうとして、指先が『ある物』に触れた。
キムチから押し付けられた、マモンのドロップ品――『黒い水晶片』。
ピリッ。
指先に触れた瞬間、水晶片が不気味な赤いノイズを放ち、ハルの皮膚に吸い込まれるように溶けていった。
「……ッ!?」
ハルの右目から脳髄へ、氷の針を突き刺されたような鋭い冷痛が走った。
「がっ……あ……!」
ハルが右目を押さえてうずくまる。視界が激しいノイズで歪み、胃がせり上がるような不快感が全身を駆け巡った。
「ハル兄ちゃん!? どうしたの!?」
ひとみが慌てて駆け寄る。
「いや……大丈夫、だ……なんでもな――」
ハルが顔を上げ、右目のまぶたを開いた瞬間。
彼の視界が、今までとは全く違う色に染まっていた。
ひとみの悪魔の衣装の縁。ぽんずたちの双眼鏡。街の建物の壁。
それらの表面に、通常は見えないはずの『テクスチャのズレ』や『ポリゴンの隙間』が、不気味な赤いノイズとして視認できるようになっていた。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 警告:不正なデータ領域へのアクセスを検知。
▶ アストラル・ボードの隠しスキルツリー(禁止領域)が展開されました。
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「……なんだ、これ」
ハルは戦慄した。
空中に展開されたのは、通常のプレイヤーには絶対に表示されない、血のように真っ赤なスキルツリー。
そして、その向こう側から、全身を分厚い包帯で巻いた異様な集団――暗黒ギルド『マミーズ事務所』のスカウトが、ハルたちに向かって歩いてくるのが見えた。




