第23話 聖騎士、戦場で斧を研ぐ
第23話 聖騎士、戦場で斧を研ぐ
アラタテの巨体が、石畳の上に崩れ落ちて動かなくなった。
「う、あ……あぁぁぁぁッ!!」
ひとみが泣き叫び、摩擦のない床を這うようにして、ボロボロになった断頭巨斧を拾い上げる。
「僕が……僕が倒す! 殺してやるッ!」
しかし、その斧は度重なる戦闘で刃こぼれし、柄には亀裂が走り、システム表示の耐久値は【3%】という完全に壊れかけの状態だった。
ひとみが無謀にも突撃しようとした、その時。
ガシャンッ。
白銀の甲冑を着たハルが、彼女の腕を力強く掴んで引き留めた。
「待って」
「離して!」
ひとみが涙目で睨みつける。
「おじさんが……死んじゃったんだよ!」
「だから?」
「だから、僕が殺すの!」
「その壊れた斧じゃ無理だ。それに――」
ハルが視線を向けた先。
徴収獣コレクターが、強欲な一つ目を光らせ、次なる獲物へ向けて致死の爪を振り上げようとしていた。
摩擦のない氷上のような空間。回避も防御も不可能だ。
「ぽんず、クロイツ! アラタテさんの盾を支えろ!」
ハルの叫びに、ぽんずとクロイツが即座に動く。
二人は、アラタテが遺した巨大なタワーシールドの裏側に回り込み、地面の亀裂に盾の下部を固定して、必死に支えを構築した。
ガァァァァンッ!!
徴収獣の爪が盾に激突する。
主を失った盾では完全な防御はできず、システムからHPがじわじわと削られていくが、数秒の『壁』としての役割は十分に果たしていた。
「時間がない。斧を貸して」
ハルはアラタテの盾の陰(安全地帯)に滑り込むと、腰のインベントリからヤスリ、砥石、そして研磨用のオイルといった【鍛冶職人の工具セット】を取り出した。
「何、するの……?」
「鍛冶」
「ここ戦場だよ!?」
「知ってる」
ハルは迷うことなくひとみの手から大斧をひったくると、盾の陰で猛烈な勢いで斧の刃を削り始めた。
ギリリリリッ……!! ガリィィィンッ!!
静まり返る廃墟に、耳障りで甲高い金属の研磨音が響き渡る。
ハルの瞳には、戦場の恐怖も仲間の死を悼む感情もない。ただ純粋に、金属の表面精度を極限まで引き上げる『職人の狂気』だけが宿っていた。
「盾の耐久値、もってあと十秒やで!」
ぽんずが悲鳴を上げる。
「十分です。オイル、足りないな……」
ハルは舌打ちをすると、インベントリから『最下級の青ポーション』を取り出し、研磨用のオイルの代わりに斧の刃へとぶちまけた。
「なっ……! ハル兄ちゃん、何してんの!?」
ひとみが血相を変える。
「冷却と研磨剤の代わり」
ハルは超高速でヤスリを動かしながら、淡々と答えた。
「は……?」
「ポーションの粘度がちょうどいい。それに、魔力が金属の組織を一時的に定着させてくれる」
ポーションの甘い匂いと、金属を削るギリギリという耳障りな音が混ざり合う。
たった数秒の間に、ハルの手元から激しい火花が飛び散った。
オレンジ色の火花が、汗ばんだハルの真剣な横顔を暗闇の中で美しく照らし出す。
――ピュィィィン……カシャッ。
ハルは眩い光に一瞬だけ眉をひそめたが、ハルはすべての意識を指先に集中させ、最後の一擦りを終えた。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ パラディン『ハル』が特殊クラフト【鏡面研磨】を完了。
▶ 対象武器:『断頭巨斧』の表面精度が極大化。
▶ 物理的な『反射属性』が付与されました。
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「できた」
ハルが布で刃を拭き取ると、そこには信じられない光景があった。
刃こぼれだらけだった斧の刃が、まるで鏡のように、周囲の暗闇と、盾を破ろうとする徴収獣の姿をくっきりと映し出していたのだ。
メシャァァッ!
アラタテの遺した大盾が限界を迎え、砕け散る。
迫る徴収獣の巨体。
徴収獣が、ハルの持つ斧を見て不敵な咆哮を上げる。
ハルは鏡面化した大斧を、ひとみへと差し出した。
彼の無機質で熱を帯びた瞳が、静かに細められる。
「耐久値は3%のままだ。でも……武器を進化させたんだよ」




