第16話 鏡合わせの騎士と、最弱の証明
第16話 鏡合わせの騎士と、最弱の証明
薄暗い小部屋の中央に立つ、もう一人のハル。
白銀の甲冑、透き通るような白金の髪、そして一切の感情を排した深い瞳。
中ボス『水鏡の騎士』は、ハルの外見からステータス、そして戦闘技能に至るまでを完全にトレースしていた。
「嘘やろ……ハルが敵に回ったら、誰がアイツの防御崩せんねん!」
ぽんずが焦燥に駆られ、幻影の矢を放つ。
矢は空気を裂き、偽物の眉間へ正確に迫る――が。
キィィンッ!
全く同じ。0.01秒の完璧なタイミング。
偽物は盾をわずかに傾け、ぽんずの必中の矢をあっさりと上空へ弾き飛ばした。
すかさず、みりんがスタミナの残りを振り絞って双剣で斬りかかるが、偽物は流れるような盾捌きで二刀の連撃をすべて完璧に「受け流し」てみせる。
「くそっ、手応えが全然ないわ……っ!」
みりんが舌打ちをして後退する。
クロイツの死霊の呪いすら、物理法則を超えた盾の軌道で弾かれた。
(これじゃ、完全に手詰まりじゃない……!)
みりんの背筋に冷たい汗が伝う。
ハルほどの盾捌きが敵に回る絶望感。自分と全く同じ、あるいは上位互換の能力を持つ敵と対峙した時の圧倒的敗北感を感じていた。
「……なるほど」
だが、その絶望の空間で、本物のハルだけがポツリと呟いた。
彼は偽物の完璧な防御を見て、呆れたように小さくため息をつく。
「……気持ち悪い上に、一番弱い構成ですね。あれ」
「はぁ!?」
みりんが素っ頓狂な声を上げる。
「何言ってんのよ! アタシたちの攻撃、全部完璧に弾かれたじゃない!」
「だから弱いんです。僕の真似をしてるだけだから」
「意味が分からないわよ!」
みりんが叫ぶのをよそに、ハルはスッと盾を下ろし、武器である折れた銅の剣すら腰に納めた。
そして、一切の警戒を解いた無防備な姿のまま、カツン、と一歩、偽物に向かって歩き出した。
「ちょっと! 何してんのよ! 死ぬ気!?」
みりんが止めようとするが、ハルは止まらない。
カツン、カツンと、冷たい石畳に静かな足音だけが響く。
みりんは息を呑んだ。
最強の敵を前に、武器も構えず、ただ真っ直ぐに歩いていく。
(……すごい。これが強者の余裕。動かないことで、相手にプレッシャーを与えているんだわ……ッ!)
みりんの目に映るハルは、完全に悟りを開いた達人のようだった。
だが、ハルの脳内(本音)は、そんなカッコいいものでは微塵もなかった。
(アホめ。パリィってのは『相手が攻撃してくる』から成立するカウンター技なんだよ! こっちが何もしなきゃ、向こうのAIは『弾くべき攻撃ベクトル』が見つからなくて無限ループでフリーズするに決まってんだろ!!)
圧倒的な仕様の穴への理解。
ハルの行動は、強者の余裕などではなく、ただの「ゲームシステムのハック」だった。
事実、ハルが近づいても、偽物の『水鏡の騎士』はピクリとも動かなかった。
偽物のAIは「ハルのステータスとパリィ技術」を完璧にコピーした。
つまり、【敵が攻撃してくるまで、絶対に自分からは攻撃せず、ひたすら待機する】というハルの『極限のチキン戦法』まで忠実に模倣してしまったのだ。
「……」
「……」
部屋の中央で、本物と偽物が全く同じ無表情で向かい合う。
互いに一歩も動かない。完全な鏡合わせ。
「……何、この状況」
みりんが極度の緊張で喉を鳴らす。
「動かないのが、一番不気味だわ……ッ」
みりんは「いつどちらが動くのか」という張り詰めた空気に耐えきれなくなっていた。
だが、ハルは偽物の顔の真正面まで歩み寄ると、その瞳の奥にある「AIのフリーズ状態」をしっかりと確認し、ポツリと呟いた。
「……やっぱり」
そして、最強の敵を前に、ハルは完全に構えを解き、だらりと両腕を下ろした。




