第15話 守られる残念美人と、狂気のタンク
第15話 守られる残念美人と、狂気のタンク
キィィィィンッ――!!
円形の小部屋に、冷酷な金属音が反響する。
水棲モンスターの群れが、怒り狂ってハルへと殺到していく。
みりんは荒い息を吐きながら、慌ててその後を追って小部屋へと駆け込んだ。
そこで彼女が見たのは、信じられない光景だった。
ハルは部屋の中央ではなく、冷たく湿った『壁際』に背中をぴったりとつけ、一歩も退けない状況を自ら作り出していたのだ。
「バカ、なにやってんの! 壁際に行ったら逃げ場がないだろ!」
みりんの悲鳴をよそに、十匹の半魚人が一斉に槍を突き出す。
逃げ場はない。だが、ハルは全く慌てる素振りを見せなかった。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ パラディン『ハル』による【打ち払い(パリィ・ストローク)】の連続検知。
▶ 防御方位:前方180度に限定。
▶ 物理演算:対象のすべての攻撃ベクトルを上方へ偏向。
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ガァン! キィィンッ! ガシュゥゥッ!
火花が散り、冷たい水飛沫がみりんの顔にまで飛んでくる。
ハルは壁を背負うことで『背後と左右の死角』を消滅させ、処理すべき敵の攻撃ベクトルを前方のみに限定していた。
そして、アスタロト討伐の報酬である『予測ルート表示』によって可視化された「絶対に攻撃が当たらない青い空間」に立ち、迫る連撃を盾のわずかな傾き(0.01秒パリィ)だけで全て上へと受け流し続けている。
(視界のアンチに立って、正面の攻撃だけをパリィする。これなら修理費もポーション代も絶対にかからない……!)
ハルの瞳には、極限の節約術を成立させた狂気的なロジックだけが宿っていた。
だが、その無口で圧倒的な横顔は、みりんの目には全く違う文脈で映った。
(アタシを守るために、わざと逃げ場のない壁際を背負って……敵の攻撃を一人で引き受けてる……?)
みりんがハルの横に並ぼうとした、その時。
――ピチャリ。
小部屋の天井付近、暗がりの通気口から、水滴が落ちる音が響いた。
「……動かないでください」
ハルが、その物音には気付かず、冷徹な低い声でみりんに告げた。
「え……?」
「あなたが動くと、敵の攻撃角度が増えます。そこにいてください」
ハルからすれば、「みりんが動くと敵のフォーメーションが崩れ、せっかく計算した安全地帯がズレてしまうから邪魔」というだけの理由だ。
しかし、その不器用なほどに短いセリフと、自分を背中で庇うように立ち塞がる無表情な横顔は、静かで圧倒的な『オス味』を放っていた。
ドクン、と。
みりんの心臓が、今まで経験したことのないリズムで跳ねた。
「……そういうところよ」
「?」
ハルは弾き返しながら、不思議そうに眉をひそめる。
「なんでもない……っ」
みりんは顔をカァッと赤らめ、両手で自分の頬を押さえた。
「大人の女」としての余裕など、とうの昔に消し飛んでいる。今の彼女は、ただの「守られる普通の女子」へと完全にメス堕ちしていた。
「……アンタさ」
「はい」
「自分が今、どんな顔してるか分かってる?」
「顔? ……」
「……いや、もういい」
本気で意味が分かっていないハルの純粋さに、みりんは特大のキュンを食らいながらため息をついた。
「ぽんず、クロイツ! 射線、開きました!」
「任せとき! ウチらのイケメンに群がる泥棒猫(半魚人)ども、まとめて射抜いたるわ!」
みりんが守られている間に、後方で準備を整えていたぽんずとクロイツの火力が火を噴く。
一歩も動かない絶対の盾と、後衛からの十字砲火。
完璧なタンクとアタッカーの連携により、十匹の水棲モンスターは瞬く間に光の粒子となって消え去った。
「ふぅ……」
ハルが盾を下ろし、ようやく安堵の息を吐く。
みりんは赤くなった頬を隠すようにそっぽを向きながら、「……ありがと。助かったわ」と小さな声で呟いた。
だが、その甘い余韻は、冷酷なシステムアラートによって無残に打ち砕かれる。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 警告:エリア内に高密度の魔力溜まりを検知。
▶ 中ボス【水鏡の騎士】がスポーンしました。
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部屋の中央の水溜まりが、不気味に盛り上がる。
水の塊は次第に人の形を成し、白銀の甲冑をまとい、深い夜の湖を思わせる瞳を持った『一人の美少年』へと姿を変えた。
「……」
「……」
「……」
その姿を見た三人の女子は、完全に言葉を失った。
「……なんか、増えた」
みりんが呆然と呟く。
「気持ち悪いですね。僕の偽物なんて」
ハルが本気で嫌そうに吐き捨てた。
「いや、そこじゃない」
みりんが即座に突っ込む。
プレイヤーの姿と能力を完全にコピーする中ボス『水鏡の騎士』。
それはつまり、このパーティの要である『0.01秒の完璧なパリィ』を操る、最悪の敵の誕生を意味していた。




