第14話 セクハラ双剣士と、計算された逃走
第14話 セクハラ双剣士と、計算された逃走
帰還不能のダンジョン『水没した古城』。
膝下まで冷たい水に浸かりながら、一行は薄暗い回廊を進んでいた。
静寂を破り、水面が突如として爆ぜる。
姿を現したのは、半魚人のような醜悪な水棲モンスターの群れだった。
錆びた槍を構え、奇声を上げながら殺到してくる。
「アンタたち後衛はすっこんでな!」
みりんがヒールのあるブーツで水を蹴り上げ、最前線へと躍り出た。
シャンッ! と背中から抜かれた二本の短剣が、暗闇で鋭い光の弧を描く。
群れの中心に突っ込み、双剣を旋風のように振るう。
水飛沫が舞い上がり、敵の血が冷たい石畳を濡らす。回転、斬撃、回避。流れるような連撃で、瞬く間に三匹の水棲モンスターが光の粒子となって消滅した。
「……えっ、あの人、めっちゃ強いやん」
「ええ……あの手数の多さと回避力、並のプレイヤーじゃありません……」
ぽんずとクロイツが呆然と呟く。
(すごい……。動きに無駄がない。あれなら僕が前に出なくても――)
ハルもまた、安全地帯から彼女の無双ぶりを感心して見ていた。
すると、敵を切り伏せたみりんが、余裕の笑みを浮かべてハルを振り返った。
「どう? アタシのテクニック。すごいでしょ? 剣だけじゃなくて、夜のテクニックもすごいから、後でたっぷり教えてあげるわよ♡」
「ひぃっ!?」
「手取り足取り、奥の奥まで……んふふ、可愛い反応。たまんないわね」
戦闘中だというのに放たれたセクハラ発言に、ハルは顔を真っ青にして首を横に激しく振る。みりんはその様子を見て、極上の獲物をいたぶるような笑みをこぼした。
――ところが、五分後。
「……はぁ……っ、はぁ……っ」
みりんの動きが、目に見えて鈍り始めていた。
双剣の軌道は乱れ、回避のステップは泥に足を取られたように重い。
「スタミナ配分が壊滅的ですね」
ハルが、安全地帯から冷徹に指摘した。
「うる、さい……っ! アタシは、短期決戦派なのよ……!」
「なんや、もうバテたんか。さっきまでの威勢はどうしたん? もしかして……『お年』のせいか?」
「はァ!? 誰がババアよ! まだピチピチの二十代――はぁっ、はぁっ……っ!」
ぽんずの容赦ない年齢イジりにキレかけたみりんだったが、もはや言葉を返す肺活量すら残っていなかった。
この『キャロライン・オンライン』において、スタミナ(疲労感)は現実と同じように肉体を蝕む。全力の無双アクションなど、数分で肺が焼け焦げて動けなくなる仕様なのだ。
「物語のセオリー通りなら、ここから二幕目に入ります」
「何の話よ……っ!」
スタミナ切れで足が止まったみりんを、残りの水棲モンスター十匹がジリジリと包囲していく。
湿った壁、見えない敵の影、ピチャピチャという不気味な水音、そしてみりんの荒い呼吸音だけが響く。
余裕たっぷりの大人の女の顔は完全に消え失せ、ただ怯えるだけの犠牲者の顔になっていた。
(マズい……囲まれた。死ぬ……!)
みりんが血の気を引かせて周囲を見回した、その時。
バシャバシャバシャッ!!
背後で派手な水音がした。
「……は?」
みりんが振り返ると、白銀の甲冑を着たパラディン(ハル)が、あろうことか暗闇の奥へ向かって全速力で「逃走」していた。
「ちょっと! なんでアンタが逃げるのよ! タンクでしょ!?」
「逃げます!」
「ちょっと待ちなさいよ! アタシを見捨てる気!?」
大人の余裕などとうに吹き飛び、みりんの顔が絶望と怒りで歪む。
「大丈夫です!」
暗闇の中から、ハルの声だけが返ってくる。
「何が大丈夫なのよ!! アタシ、死ぬんだけど!!」
「計算しています!」
「だったら説明しなさいよ!!」
「説明している時間がありません!」
ハルの気配が、完全に通路の奥へと消えた。
みりんは信じられないものを見る目で、ぽんずたちを見た。
「……アンタたち、あんな薄情な男と一緒にいたの……?」
「いや、ハルが意味もなく逃げるわけないやろ」
「ええ。私たちの騎士様は、常に合理的な救済を――」
ぽんずとクロイツは、ハルを微塵も疑っていなかった。




