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推しのパラディン様 —美貌の騎士は懐も肝っ玉も極小。見栄と気合で死線を凌ぐ顔面国宝を、限界オタク女子が見守ります—  作者: あめたす
第3章 水没古城の双剣士編

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第14話 セクハラ双剣士と、計算された逃走

第14話 セクハラ双剣士と、計算された逃走


 帰還不能のダンジョン『水没した古城』。

 膝下まで冷たい水に浸かりながら、一行は薄暗い回廊を進んでいた。


 静寂を破り、水面が突如として爆ぜる。

 姿を現したのは、半魚人のような醜悪な水棲モンスターの群れだった。

 錆びた槍を構え、奇声を上げながら殺到してくる。


「アンタたち後衛はすっこんでな!」


 みりんがヒールのあるブーツで水を蹴り上げ、最前線へと躍り出た。

 シャンッ! と背中から抜かれた二本の短剣が、暗闇で鋭い光の弧を描く。


 群れの中心に突っ込み、双剣を旋風のように振るう。

 水飛沫が舞い上がり、敵の血が冷たい石畳を濡らす。回転、斬撃、回避。流れるような連撃で、瞬く間に三匹の水棲モンスターが光の粒子となって消滅した。


「……えっ、あの人、めっちゃ強いやん」

「ええ……あの手数の多さと回避力、並のプレイヤーじゃありません……」

 ぽんずとクロイツが呆然と呟く。


 (すごい……。動きに無駄がない。あれなら僕が前に出なくても――)

 ハルもまた、安全地帯(アンチ)から彼女の無双ぶりを感心して見ていた。

 すると、敵を切り伏せたみりんが、余裕の笑みを浮かべてハルを振り返った。


「どう? アタシのテクニック。すごいでしょ? 剣だけじゃなくて、夜のテクニックもすごいから、後でたっぷり教えてあげるわよ♡」

「ひぃっ!?」

「手取り足取り、奥の奥まで……んふふ、可愛い反応。たまんないわね」


 戦闘中だというのに放たれたセクハラ発言に、ハルは顔を真っ青にして首を横に激しく振る。みりんはその様子を見て、極上の獲物をいたぶるような笑みをこぼした。


 ――ところが、五分後。


「……はぁ……っ、はぁ……っ」

 みりんの動きが、目に見えて鈍り始めていた。

 双剣の軌道は乱れ、回避のステップは泥に足を取られたように重い。


「スタミナ配分が壊滅的ですね」

 ハルが、安全地帯から冷徹に指摘した。

「うる、さい……っ! アタシは、短期決戦派なのよ……!」

「なんや、もうバテたんか。さっきまでの威勢はどうしたん? もしかして……『お年』のせいか?」

「はァ!? 誰がババアよ! まだピチピチの二十代――はぁっ、はぁっ……っ!」


 ぽんずの容赦ない年齢イジりにキレかけたみりんだったが、もはや言葉を返す肺活量すら残っていなかった。

 この『キャロライン・オンライン』において、スタミナ(疲労感)は現実と同じように肉体を蝕む。全力の無双アクションなど、数分で肺が焼け焦げて動けなくなる仕様なのだ。


「物語のセオリー通りなら、ここから二幕目(ピンチ)に入ります」

「何の話よ……っ!」


 スタミナ切れで足が止まったみりんを、残りの水棲モンスター十匹がジリジリと包囲していく。


 湿った壁、見えない敵の影、ピチャピチャという不気味な水音、そしてみりんの荒い呼吸音だけが響く。

 余裕たっぷりの大人の女の顔は完全に消え失せ、ただ怯えるだけの犠牲者の顔になっていた。


 (マズい……囲まれた。死ぬ……!)

 みりんが血の気を引かせて周囲を見回した、その時。


 バシャバシャバシャッ!!

 背後で派手な水音がした。


「……は?」

 みりんが振り返ると、白銀の甲冑を着たパラディン(ハル)が、あろうことか暗闇の奥へ向かって全速力で「逃走」していた。


「ちょっと! なんでアンタが逃げるのよ! タンクでしょ!?」

「逃げます!」

「ちょっと待ちなさいよ! アタシを見捨てる気!?」

 大人の余裕などとうに吹き飛び、みりんの顔が絶望と怒りで歪む。


「大丈夫です!」

 暗闇の中から、ハルの声だけが返ってくる。

「何が大丈夫なのよ!! アタシ、死ぬんだけど!!」

「計算しています!」

「だったら説明しなさいよ!!」

「説明している時間がありません!」


 ハルの気配が、完全に通路の奥へと消えた。

 みりんは信じられないものを見る目で、ぽんずたちを見た。


「……アンタたち、あんな薄情な男と一緒にいたの……?」

「いや、ハルが意味もなく逃げるわけないやろ」

「ええ。私たちの騎士様は、常に合理的な救済を――」


 ぽんずとクロイツは、ハルを微塵も疑っていなかった。

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