第13話 初めての迷宮と、口の悪いお姉さん
第13話 初めての迷宮と、口の悪いお姉さん
「……君が、アスタロトの演算をバグらせたというパラディンか」
バラム鉱山の出口。待ち伏せていたのは、全プレイヤーの頂点に君臨するトップギルド『虎竜の道標』のギルドマスター、ロードだった。
黄金の鎧をまとった完璧主義のエリートは、冷ややかな瞳でハルを見下ろす。
「その非効率な戦い方。ゲームのノイズだ……排除させてもらうか、あるいは私のギルドで徹底的に『最適化』してやろう。どちらか選――」
「すいません、ちょっと急いでるんで通してください」
ロードのドラマチックな宣告を、ハルは被気味の即答でぶった斬った。
ポーション代(銀貨)が浮いたとはいえ、装備のメンテナンス用オイル代がカツカツなのだ。トッププレイヤーの勧誘だろうが排除だろうが、今のハルにとっては「時間を無駄にする非効率なノイズ」でしかない。
「なっ……! 私の言葉を遮るなど――」
「あ、すみませんちょっとそこ通りますよっと。ほらぽんずさん、クロイツさん、早く行きますよー!」
「あ、うん……(この子、メンタルどうなっとるんや……)」
ガシャンガシャンと重い甲冑を鳴らし、小走りで通り過ぎていくハルたち。
ポツンと取り残されたロードは、伸ばしかけた腕を空中で虚しく震わせ、「……なんなのだ、あいつは」と呟くことしかできなかった。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ 【演算統括プロセス・アスタロト】の討伐恩恵を全体に付与します。
▶ マップ生成アルゴリズムの固定化が解除されました。
▶ 新システム『インスタンス・ダンジョン』が解放されました。
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ロードをあしらって街へ戻った一行の耳に、システムアナウンスが響く。
新システム。それはつまり「まだ誰も手を付けていない、高額な換金アイテム(ポーション代)が眠る場所」を意味していた。
*
最初のダンジョン、『水没した古城』。
深い霧が立ち込める門の前に、ハルたちは立っていた。
水面の波紋が静かに広がる中、霧の奥から、コツン、コツンと足音が響いてきた。
風に揺れる、艶やかな漆黒の長い髪。
冷たい古城の空気を一変させるような、甘く、熟れた花の香水。
スタイリッシュな軽装の鎧に身を包んだその女性は、余裕のある微笑みを浮かべながら、ゆっくりとハルたちに近づいてきた。
ハルは、息を呑んだ。
周囲の音が消え、映画のワンシーンのように彼女の姿だけがスローモーションで目に焼き付く。
(綺麗だ……)
ハルにとって「女性」とは、自分とは別の世界に生きる、清らかで、傷つけてはいけない神聖な存在だった。
目の前の女性は、まさにその『大人の女』のイデア。
ハルは完全に固まり、心臓が高鳴った。
女性が、ハルの目の前で立ち止まる。
妖艶な瞳がハルの顔面国宝を上から下へと舐め回し、艶やかな赤い唇が開かれた。
「へぇ、可愛い子。んっ?もしかして、アンタ、童貞? アタシが筆下ろししてやろうか?」
パリンッ。
ハルの脳内で再生されていた憧れが、一瞬で粉々に砕け散った。
「…………はい?」
「だから、アタシがしてあげるって言ってんの。初めては優しくしてあげるわよ?」
最低の下ネタ(セクハラ)だった。
神聖な女神から放たれたオッサン顔負けの暴言に、ハルの脳は処理落ちを起こした。
女性――双剣使いの『みりん』が、ニヤニヤと笑いながら一歩距離を詰める。
ハルはガシャンと甲冑を鳴らし、無意識に一歩後ずさった。
みりんが一歩詰める。
ハルがさらに下がる。
あっという間に、ハルは冷たい石壁まで追い詰められてしまった。
「なに? そんなに怖い?」
「……はい」
「女が?」
「……はい」
怯えきった子犬のように壁に張り付くハルを見て、みりんの顔に初めて微かな困惑が浮かんだ。
(えっ、なにこの子、可愛い。冗談通じないの? っていうか、本気で怯えてる……?)
みりんは「初心者をからかってやろう」という大人の余裕を見せていたつもりだった。
だが、ハルの目には『理解不能な未知の生物が捕食しにきた』という純粋な恐怖しか映っていない。
「な、なんやアンタ! ウチらのパラディンに気安く近づかんといて!」
「ハルくんの純潔は公式のものです! 汚らわしい!」
ぽんずとクロイツが、親鳥のようにハルの前に立ち塞がる。
みりんは肩をすくめ、ため息をついた。
「はいはい、ごちそうさま。アタシは『みりん』。双剣使いよ。あんたたち、このダンジョンに入るんでしょ?」
「……そうやけど」
「だったらアタシと組むしかないわよ。このダンジョン、最低でも『4人パーティ』じゃないと突入できない仕様なの」
ぽんずがシステムウィンドウを確認すると、確かに【入場条件:パーティメンバー4名以上】と赤い文字で警告が出ていた。
背に腹は代えられない。一行は嫌々ながらも、みりんとパーティを組むことになった。
巨大な古城の扉の前。
みりんが先頭に立ち、ハルが少し後ろからその後ろ姿を見つめる。
薄暗い水面、立ち込める霧、そして扉を開けようとする、みりんの美しいの後ろ姿。
その光景は、一瞬だけ『運命的な冒険の始まり』を予感させる構図だった。
ギギギギギ……。
重厚な扉が開き、四人が一歩、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。
ズゥン。
背後で、巨大な扉が落ちるように閉まった。
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【SYSTEM MESSAGE】
▶ インスタンス・ダンジョン【水没した古城】に進入しました。
▶ 仕様に基づき、クリア、またはパーティ全滅まで外部への脱出を制限します。
▶ ――帰還不能――
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冷たいシステムアラートが、古城の空間に虚しく響く。
絶対の閉鎖空間。後戻りはできない。
「……」
ハルは無言で閉まった扉を見つめた。
「……」
ぽんずも、クロイツも、言葉を失う。
圧倒的な絶望感の中、みりんは肩をすくめ、乾いた声でポツリとこぼした。
「……まあ、人生ってこんなもんよね」
ロマンチックな映画の始まりは、絶望のサバイバルホラーへと完全に反転した。




