表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/13

最強の姉

町の外れに、 木造の古い一軒家があった。

何度も修繕された跡がある、 決して裕福とは言えない家。

ここが、 リリア・アニーの家だった。

「ただいまー。」

明るい声が、 家の中に響く。

……ここ二ヶ月ほどだろうか。

放課後、 ガイウス・レムたちと 訓練するようになってから――

不思議と、 毎日が少し楽しくなった。

努力することが、 こんなに楽しいなんて知らなかった。

少しずつ。少しずつ。

姉に近づけている気がした。

そんなことを思いながら、 家の扉を開けたのだが――

返ってきた空気は、 あまりにも重かった。

家に入ってすぐ。

机の前で、 父と母が向かい合うように座っていた。

二人とも、 深刻そうな顔をしている。

父が低い声で言った。

「……座りなさい。」

リリアの胸がざわつく。

嫌な予感がした。

だが、 逆らえるはずもなく、 静かに椅子へ座った。

父が口を開く。

「最近、帰りが遅いな。」

……来た。

いつか聞かれると思っていた。

だから、 言い訳は用意していた。

リリアは、 ぎこちなく笑った。

「えっと……。」

「神官になるために、最近、教会で祈ってるの。」

「少し運が悪かったから。」

「でも二ヶ月くらい続けたら

運気も戻ってきたかなって。」

「だから、心配しないで。」

沈黙。

父が何も言わない。

代わりに、 母と目を合わせた。

そして次の瞬間――

母が、 ぽろぽろと涙を流し始めた。

「……リリアちゃん。」

「私、聞いたのよ。」

「最近……良くない人と付き合ってるんですって。」

良くない人?

リリアは少し考えて――

「あぁ……ディール?」

「でもディール・フォスターって教祖様の息子だし。」

「神官になるなら仲良くしといた方が――」

ドンッ!!

父が机を叩いた。

リリアの肩が跳ねる。

「……それは本当か。」

「神に誓えるか。」

「……え?」

父の目が、 まっすぐリリアを射抜く。

「お前。」

「最近ガイウス・レムという男と仲がいいらしいな。」

その瞬間。

リリアの表情が固まった。

父は続ける。

「噂になっているぞ。」

「ガイウス・レムは信仰心のない異端者だと。」

「神に嫌われるような存在とお前は付き合っているのか。」

「なぁ、リリア。」

「そんな男と関わって――」

「神官になれなかったらどうする。」

父の顔は、 怒っているわけじゃなかった。

……悲しそうだった。

絶望したような顔だった。

それが、 リリアには何より苦しかった。

「ち、違うよ……!」

「ガイウスは変わったやつなだけで……。」

「悪いやつじゃ――」

思わず、 少し笑ってしまう。

「魔法も変だし考え方も変だけど……。」

「一緒に訓練してると――」

その瞬間。

父の顔色が変わった。

「……訓練?」

空気が凍る。

「お前。」

「そんな男と一緒に訓練しているのか。」

「神官になれるお前が?」

父の声が低くなる。

「教官たちに見られたらどうなる。」

「努力していると知られたら、

神に選ばれなかった者だと思われるぞ。」

「そんな敗者みたいな真似をするな!!」

父の怒声が響く。

「俺たちみたいな神官になれなかった落伍者に――」

「なりたいのか!!」

母が泣きながら、 リリアの手を握る。

「お願い……。」

「私たちを失望させないで……。」

そして父が 最後に呟いた。

「……なんでお前はエリアみたいになれないんだ。」

拳が震えた。

呼吸が苦しい。

そして――

母が、 震える声で言った。

「……リリアちゃん。」

「あなたを産んだことを後悔させないで……。」

その瞬間。

リリアは立ち上がった。

何も言わず、 二階へ駆け上がる。

階段の先には――

一人の女が立っていた。

白銀の長い髪。

透き通るような肌。

感情を見せない瞳。

姉―― エリア・アニー。

涙で滲む視界の中、 リリアは姉を見る。

エリアが、 何か言おうとして口を開く。

だが――

その前に。

リリアは自室へ飛び込み、 扉を閉めた。

ベッドに顔を埋める。

そして――

子どものように、 泣き叫んだ。

その泣き声は、 扉の外まで響いていた。

エリアは何も言わない。

ただ静かに、 扉にもたれかかったまま――

妹の泣き声を、 聞いていた。


「……リリア、来ないな。」

気づけば、 俺はそんなことを口にしていた。

昨日、 リリア・アニーは確かに言っていた。

――『じゃあ、私は明日も来るから。』

なのに、 今日は来ていない。

隣で寝転がっていた ディール・フォスターが、

面倒くさそうに答えた。

「……知らん」

リリアがいない訓練場は、 妙に静かだった。

……いや。

今までも、 俺とディールしかいなかったはずだ。

なのに。

たった一人いないだけで、 こんなにも静かに感じるのか。

……不思議なものだ。

だが、 考えても仕方ない。

俺にはやることがある。

魔法訓練だ。

俺は黄魔法――創造魔法を発動する。

頭の中で、 剣を思い描く。

柄。

刀身。

重さ。

形。

何度も、 何度も想像する。

心臓から指先へ、 液体のように魔力が流れる。

そして、 魔力が形になっていく。

……結果。

現れたのは、 また柄だけだった。

刀身のない剣。

ただの持ち手。

俺はしばらくそれを見つめ、 ディールに向けた。

「……どう思う。」

ディールがちらっと見る。

そして即答した。

「分からん。」

「なんでできない?」

「剣の創造なんて初歩も初歩だろ。」

「できて当然だ。」

……ぐうの音も出ない。

創造魔法において、 武器の創造など子どもでもできる。

俺は素直に頷いた。

「……それはそうだな。」

「魔力で剣は作れるのに。」

「なんで魔法になるとできないんだ。」

ディールが苛立ったように舌打ちした。

「俺にはお前が理解できん。」

少し間を置いて、 面倒くさそうに立ち上がる。

「……今日はやる気がでねぇ、帰る。」

「……お前は、いつもいるだけだろ。」

ディールは何も言わず、 訓練場を出ていった。

訓練場は静かになった。

だが、それでも俺は訓練を続けた。

静けさも、寂しさも。

今の俺には、鍛える理由にはなっても、止める理由にはならない。

俺はいつも通り、 閉館時間まで訓練を続けた。

そして――帰る途中

学園を出ようとして、 足を止めた。

校門の前に、 一人の女が立っていた。

白銀の長い髪。

月明かりを浴びて、 夜の闇の中で静かに輝いている。

……なんというか。

リリアの髪を白くして。騒がしさを消して。

感情まで凍らせたら――

こんな感じになるのかもしれない。

そんな女だった。

俺がそのまま横を通り過ぎようとした時。

女が口を開いた。

「……あなたが、ガイウス・レム。」

「ん?」

俺は立ち止まる。

「……お前、誰だ。」

女は、 表情一つ変えずに答えた。

「エリア・アニー。」

「リリアの姉よ。」

……こいつが。

噂の姉か。

エリアは静かに続けた。

「少し付き合ってくれる?」

「あぁ。」

「いいだろう。」

エリアはそれ以上、 何も言わなかった。

ただ静かに、 歩き始める。

俺も黙って、 その背中についていく。

夜の闇の中。

白銀の髪だけが――

不気味なくらい、 綺麗に揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ