魔法訓練
リリアとの戦闘訓練の翌日。
俺は、すっかり元気をなくしていた。
理由は簡単だ。
……誰も、俺と戦ってくれない。
実戦演習は翌日もあった
だが、俺が舞台に上がろうとすると、皆降りる。
俺が降りると、皆上がる。
教官たちも、俺を舞台に上げようとしなくなった。
……これは、嫌がらせだろう。
しかも、ルルム・ハーバドの様子までおかしい。
「ガイウス……あれだな。」
「机と椅子は戻しておいた。」
「靴も……買っておいたぞ。」
「傘もな……困ったら使え。」
……どうしたんだ、あいつ。
俺と目を合わせず、どこか元気がない。
教室でその話をすると、ディール・フォスターは机に足を乗せ、紙パックのジュースを飲みながら言った。
「……あれだろ。」
「お前が変なやつだって、バレたんだ。」
「……どこが変だ?」
ディールは即答した。
「全部だろ。」
「……そうか。」
「それなら、直しようがないな。」
俺はため息をつきながら、いつものように訓練場へ向かった。
「ディール。俺と戦え。」
「……めんどくせぇ。」
「お前じゃ相手にならねぇ。」
「そうか。なら仕方ない。」
そのときだった。
訓練場の入口をみて、ディールが呟いた。
「……お、見た目は合格の女だ。」
……誰もいないところに話しかけてる。
相変わらず変なやつだ。
だが次の瞬間。
紫髪の少女が、ゆっくりと姿を現した。
リリア・アニーだった。
「……な、なによ。」
なぜか睨まれた。
しかも何も言わず、俺たちをじっと見ている。
……まあいい。
俺は気にせず、腕立て伏せを始めた。
リリアとの戦いで分かったことがある。
俺の肉体は、まだ魔力に耐えられない。
だから昨日から肉体訓練を増やしていた。
そのせいでまた魔法訓練が遠のいたが……仕方ない。
その時だった。
「……無視、すんなー!!」
怒鳴り声が響いた。
俺とディールが同時に振り向く。
「何しに来た?」
「俺は忙しい。見て分からないか?」
リリアは視線を逸らし、小さな声で言った。
「……相談しに来たの。」
ディールがにやにやしながら近づく。
「仕方ねぇな。俺が聞いてやる。」
「魔獣料理とか好き?」
「……あんたに用はない。」
即答だった。
ディールは本気で傷ついた顔をしていた。
しばらく沈黙。
やがて、リリアが口を開く。
「……あんた。」
「人に見られて……恥ずかしくないの?」
「努力って……認められない人間がすることなのに。」
声が、最後になるほど小さくなる。
俺には意味がよく分からなかった。
だから、素直に答えた。
「……興味ないな。」
「俺は、自分のためにやっている。」
「成長してる自分を見るのが楽しい。」
「できなかったことが、できるようになる。」
「それが嬉しい。」
「だから、努力をやめられない。」
リリアが唇を噛む。
「……意味分かんない。」
「そんなの……自己満足でしょ。」
俺は腕立てを止め、初めてまっすぐリリアを見る。
「……自己満足?」
「自分が満足する以外に、何があるんだ?」
「俺は、俺のために生きてる。」
「……お前は?」
「誰のために生きてるんだ?」
その瞬間。
リリアの顔が赤くなる。
何か言い返そうとして――言葉が出ない。
代わりに。
涙が、一筋こぼれた。
「……あんたみたいに生きるのが。」
「どれだけ怖いか……知ってる?」
「誰かの期待を背負って。」
「比べられて。」
「周りの目ばかり気にして。」
「そんな中で……。」
「常識から外れるなんて……できるわけないじゃない……。」
涙が止まらない。
「……私は、あんたを認めない。」
「認めたくない。」
「……でも。」
「……羨ましい。」
俺は、答えが簡単だと思った。
「なら、努力すればいい。」
「それができないから困ってるのよ!!」
リリアが叫ぶ。
「皆、努力する人を見下すの!」
「神に選ばれなかった人間だって!」
「神官になれなかったら……私は、生まれた価値がないの!!」
俺は立ち上がった。
「……俺は、誰に何を言われても努力する。」
「努力そのものが好きだからだ。」
「もし誰かが努力を否定するなら――」
「俺がそいつを否定する。」
「……それが神でもな。」
リリアが息を呑む。
俺は続けた。
「俺は神のためでも。」
「誰かのためでもない。」
「自分のために生きる。」
「……お前は?」
リリアは涙を拭いながら、小さく答えた。
「……そんなの。」
「……自分に決まってるじゃない。」
俺は頷いた。
「だったら簡単だ。」
「やりたいようにやればいい。」
「それを否定されるなら――」
「その世界の方が間違ってる。」
リリアは震える声で聞いた。
「……それで、いいの?」
俺は迷わず答えた。
「それでいい。」
「俺たちは、皆違うんだからな。」
沈黙。
そして――
リリアは涙を拭いながら、少し笑った。
「……ふふ。」
「ほんと、変なやつ。」
……こいつなら。
俺の訓練相手になるかもしれない。
「リリア。」
「明日から、お前も訓練に来い。」
「……え?」
「ちょうど、実戦相手が欲しかった。」
一瞬、リリアの顔が引きつる。
「……それ、今言う?」
「何か問題あるか?」
リリアはしばらく黙って――
小さく笑った。
「……ないわ。」
「私も、自分のために強くなりたいから。」
その笑顔を見たとき。
俺はなぜか――
初めて、本当のリリア・アニーを見た気がした。
※
――それから、二ヶ月後
「……ちょっと、ガイウス。」
「才能なさすぎっ……!」
「あははははは!!」
リリア・アニーが、
訓練場の舞台の上で腹を抱えて笑い転げていた。
俺はついに、 魔法訓練までたどり着いた。
赤、青、黄、白、黒。
五つある魔法系統の中で、 俺の適性は《黄》。
黄は創造魔法を適正としている
俺は剣をイメージし、 魔力を練る。
心臓から指先へ、 液体のように魔力が流れていく。
そして、 魔力が徐々に物質化していく。
……結果。
俺の手に現れたのは――
刀身のない剣だった。
柄だけ。
ただの持ち手だ。
それを見たリリアが、 また腹を抱えて笑う。
「ガイウス、ガイウス!」
「それでどうやって戦うの!?」
「ねぇ、教えて?」
「……そうだな。」
俺は真剣に考える。
「柄で殴るとか。」
一瞬の沈黙。
そして。
「あははははは!!」
「意味なさすぎっ!!」
リリアは笑い涙を浮かべながら、 舞台をばんばん叩いた。
……あれから、 こいつはよく笑うようになった。
特に、 俺の魔法訓練の時は楽しそうだ。
隣で寝転がっていた ディール・フォスターに、 リリアが声をかける。
「ねぇ、ディール。」
「あんたも黄魔法適性でしょ?」
「教えてあげなさいよ。」
「ほら見て。ガイウス可哀想じゃない。」
リリアが、 俺の作った“柄だけの剣”を持ち上げる。
ディールはちらっと見ると、 即答した。
「……無理だな。」
「はぁ?」
リリアの眉が吊り上がる。
「いつも天才とか言ってるくせに。」
「できないこともあるんだ。」
ディールは面倒くさそうに答えた。
「俺には、できないやつの気持ちが分からない。」
「……ムカつく。」
リリアが本気で睨む。
するとディールは、 今度は俺を見る。
「ガイウス。」
「なんでできないんだ?」
「感覚でできるだろ。」
「……そういうものか?」
「そういうもんだ。」
「お前は魔法より――」
「魔力操作の方が向いてる。」
「纏を鍛えろ。」
リリアは納得していない顔だった。
「できないからって、努力しないでどうすんのよ。」
「ガイウス。」
「あんたなら、努力すればできるわよ。」
「……そういうものか。」
「そういうものよ。」
ディールが大きくため息をついた。
「……自己主張の激しい女だ。」
リリアの額に青筋が浮かぶ。
「はぁ!?」
「誰が?あんたの激しいわよ!!」
「私はね!」
「できることを、すぐ諦めるのが嫌なだけよ!」
ディールは肩をすくめた。
「俺には分からんな。」
「できないやつの理屈は。」
「……ムカつく!!」
また始まった。
なぜか、 俺の魔法訓練になると、 この二人は毎回揉める。
……意味が分からない。
俺はため息をついた。
「おい。」
「お前らのせいで訓練時間が減っている。」
「うるさいから、あっち行ってくれ。」
「はぁ!?」
リリアが振り向く。
「あんたのせいで揉めてるんでしょうが!」
「もっとマシな魔法使えるようになりなさいよ!!」
そう言って、 リリアは怒ったまま出口へ向かう。
だが――
途中で立ち止まり、 振り返った。
顔が少し赤い。
「……じゃあ。」
「私は、明日も来るから。」
それだけ言って、 リリアは出ていった。
しばらく沈黙。
俺はディールを見る。
「……どう思う?」
魔法を鍛えるべきか。
魔力操作を鍛えるべきか。
正直、迷っていた。
ディールは顎に手を当て、 真剣な顔で何かを考えていた。
そして、 ぽつりと呟く。
「……成長してるな。」
「そうか?」
「リリアの胸がな。」
「中身も評価すればプラマイゼロだな。」
……こいつ。
俺のことを何も考えてなかった。
だがその後。
ディールは、 俺には聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「……早く追いついてくれよ、ガイウス。」
その言葉は悲しそうだった




