戦闘開始
今日も、俺が好きな授業の時間がやってきた。
実戦演習だ。
訓練場の前では、教官であり、俺の友――ルルムが前に立っていた。
……だが、今日は妙だった。
人が多い。
見渡すと、いつもの倍近くはいる。
ルルムが咳払いし、胸を張って声を張り上げた。
「今日は合同訓練を行う!」
「他クラスの実力と自分を比べ!」
「より高次元の魔法を目指せ!!」
……なるほど。
人数が多いのは、それが理由か。
俺は納得しながら周囲を見渡した。
だが――いつもと違う。
今日は生徒たちが妙にざわついていた。
ひそひそ。 こそこそ。
誰かが誰かに話しかけ、その噂が次々に広がっていく。
正直、俺には誰が誰だか分からない。
全員、同じような顔に見えるからだ。
だが、耳には声が届いた。
「おい……あれ、アニー姉妹の妹じゃないか?」
「え? 本物?」
「エリア・アニーの妹だぞ……」
……エリア?
誰だ、それ。
気づけば、ほとんどの生徒が同じ方向を向いていた。
隊列こそ崩していないが、意識は完全にそっちへ向いている。
興味がなさそうなのは、突っ立っている俺と――訓練場の門を枕にして寝ているディールくらいだった。
すると前に立つルルムが、妙に嬉しそうに言った。
「皆、やはり気になる相手がいるようだ!」
「神官になってからも、人との繋がりは大切だ!!」
……いつもより冷静だな。
成長したらしい。
俺は少し嬉しくなった。
その時だった。
ルルムが名を呼ぶ。
「リリア・アニー。前に出ろ」
「……はい」
人混みの中から、女の声が響いた。
前に出てきたのは――昨日の紫髪の女だった。
……こいつ、有名だったのか。
ルルムがニヤリと笑う。
そして、一瞬だけ俺を見た。
俺は手を上げて、軽く挨拶する。
すると――なぜかルルムの顔が引きつった。
……どうしたんだ?
ルルムは咳払いし、わざとらしく厳かな声を出す。
「リリア」
「戦いたい者はいるか?」
リリアは小さく頷いた。
「……はい」
「決まっています」
ルルムはさらに声を張る。
「そうか」
「ならば神官候補であるお前には――」
「罰を与えるべき者と戦ってもらう」
「今回は実戦演習ではない」
「戦闘訓練だ」
「……生死は問わん」
……なんだろう。
妙に台本っぽい。
昨日の夜、練習でもしたのか?
よく頑張ったな、ルルム。
リリアは生徒たちを見渡す。
すると、何人か目を逸らした。
下を向く者もいる。
……なんでだ?
そして。
リリアの視線が、俺で止まった。
その瞬間。
目つきが変わった。
「……あの男にします」
リリアが、真っ直ぐ俺を指差した。
ルルムがわざとらしく周囲を見る。
「どれどれ……」
「あぁ、ガイウスか」
そして、大声で叫んだ。
「やはり!!」
「偶然とはいえ!!」
「リリアが選んだのがガイウス!!」
「やはりあいつは――」
「神に嫌われた男らしい!!」
……また台本っぽい。
でも、かなり上手くなってるな。
努力したんだろう。
よくやった、ルルム。
リリアは俺から目を逸らさず、冷たい声で言った。
「……あの男に」
「格の違いを、教えてあげます」
ルルムが満足そうに頷く。
「よく言った、リリア!!」
「お前が神官になる時――」
「私は賛成票を入れよう!!」
「ありがとうございます」
リリアは礼を言いながらも、ずっと俺を睨んでいた。
……でも。
俺は違った。
心の中で、かなり嬉しくなっていた。
ルルムのおかげで。
学園で有名な奴と、戦えるらしい。
成長を試すには、ちょうどいい。
俺はルルムを見て、力強く頷いた。
「……よくやった、ルルム」
その瞬間。
ルルムの顔が、また真っ赤になった。
……やっぱり。
恥ずかしがり屋は、早めに克服した方がいいな。
※
俺とリリア・アニーは、舞台の中央に立っていた。
周囲には大勢の生徒たち。
誰もが息を呑み、俺たちを見ている。
まるで観客だ。
……一人を除いて。
訓練場の隅では、ディール・フォスターが相変わらず寝転がっていた。
やる気があるのかないのか、よく分からないやつだ。
すると、目の前のリリアが口を開いた。
「……私、手加減とかしないから」
「本気でやる」
「死ぬ前に降参してね」
俺はディールから視線を戻し、リリアを見る。
「……手加減?」
「本気?」
俺は首を傾げた。
「当たり前じゃないか」
「あぁ、俺も――」
「手加減したことも、本気じゃなかったこともない」
リリアの眉がぴくりと動く。
「あのさ……」
「もしかして……私に勝つ気?」
リリアの目が細くなる。
「私はあんたと違って――」
「神に選ばれてる存在なのよ」
……何を言っているんだ?
俺には意味が分からなかった。
「は?」
「お前、何の質問してるんだ?」
俺は真っ直ぐ答える。
「負けるために戦うやつなんて、いるのか?」
「戦いってのは――」
「生きるか、死ぬかだろ」
「俺は、いつでも本気だ」
その瞬間。
リリアの顔が、一気に赤く染まった。
握りしめた拳が、小刻みに震えている。
「……ムカつく」
小さな声だった。
だが、次の言葉は震えていた。
「……あんたの、その目がムカつく」
「何も迷わない」
「何も疑わない」
「真っ直ぐ前だけ見てる、その目が……!!」
……なんだ?
体調でも悪いのか?
俺は素直に言った。
「大丈夫か、お前」
「感情は抑えた方がいいぞ」
「神官候補なんだろ?」
一瞬の静寂。
リリアの唇が噛み締められる。
爪が掌に食い込むほど、拳を握っていた。
そして――
「うるさいぃぃぃっ!!」
その叫びと同時に。
リリアの身体から、膨大な魔力が噴き上がった。
青白い冷気が、一気に訓練場を包み込む。
床が凍る。
空気が軋む。
そして――
無数の氷刃が、俺に向かって放たれた。




