アニー姉妹
俺はいつも通り、ディールと教室へ向かっていた。
廊下を歩いていると、やけに視線を感じる。
生徒たちが、ひそひそと何かを話していた。 しかも、その視線は俺たちに向いている。
隣でディールが、ふっと鼻で笑った。
「ふん。俺たちの噂でもしてるんだろ」
「……そうなのか」
俺にはよく分からなかったが、ディールが自信満々にそう言うなら、そうなんだろう。
だが、耳に入ってきた声は、ディールの予想とは違っていた。
「あいつ、自主訓練してるらしいぞ」
「マジで? 努力してるの?」
「可哀想……才能がないって、自分で認めたようなものじゃない」
……みんな、ディールじゃなくて俺を見ていた。
教室へ入っても同じだった。
中にいた生徒たちまで、俺を見るなりひそひそと話し始める。
そんな中――
「ガイウス。やっと来たか」
妙に機嫌のいい声が聞こえた。
見ると、笑みを浮かべたルルムが立っていた。
「ああ」
俺は軽く返事をする。
するとルルムが、わざとらしく声を張り上げた。
「ところでガイウス。昨日、訓練場へ向かうところを見かけたんだが――何をしていたんだ?」
その声は教室どころか、廊下まで響いていた。
生徒たちの視線が、一斉に俺へ集まる。
一方ディールは、興味なさそうに自分の席へ座った。
俺は素直に答えた。
「訓練だ」
「俺は毎日、訓練している」
その瞬間。
「ははははは!!」
ルルムが高らかに笑った。
「そうか、そうか!」
「お前は努力しているんだな!」
「毎日、毎日、必死に努力しているんだなぁ!」
……なるほど。
少し考えて、俺は理解した。
ルルムは、俺たちが訓練場で鍛えていることに気づいたんだ。
そして――自分も混ざりたいんだろう。
だから今日は、こんなにテンションが高いのか。
俺は頷いた。
せっかくだし、教えてやることにした。
「まずは肉体訓練から始める」
「その後、魔力操作」
「そして最後に、魔法訓練だ」
教室が静まり返る。
だが、俺は気にせず続けた。
「努力にもやり方がある」
「順番次第で、成長速度は変わる」
「俺は、この順番が一番効率的だと思ってる」
ルルムは、ぽかんとしていた。
「ルルム。もう一回言おうか?」
ぴくっ、とルルムの頬が引きつる。
「つ、強がるなよ、ガイウス!」
「お前の魂胆は分かっている!」
ルルムが俺を指差した。
「恥を隠すために強がっているんだろう!」
「はっきり言ってやる!」
「お前は神に選ばれなかった!」
「だから努力しているんだ!!」
「あはははは!!」
……当たり前のことを、大声で叫んでいた。
「ああ、そうだ」
俺は素直に頷く。
「だから俺は、毎日努力してる」
「まだまだ強くなれると思うと、楽しくてたまらない」
自然と笑みがこぼれた。
「この嬉しさを、お前にも分けたいくらいだ」
「どうだ、ルルム」
「お前も一緒にやらないか?」
その瞬間。
ルルムの顔が、一気に真っ赤になった。
「やるわけがないだろう!!」
「俺は神官だ!!」
「神に選ばれた存在である俺を侮辱しているのか!!」
怒鳴りながら、ルルムは教室を飛び出していった。
……なるほど。
どうやらルルムは、かなり恥ずかしがり屋らしい。
※
その日の放課後。
俺はいつものように、ディールと訓練場にいた。
「ディール」
「ん?」
「今日、一人来るかもしれない」
ディールが寝転んだまま、にやりと笑った。
「へぇ?」
「俺に会いにか?」
「いや」
「どっちかと言えば、俺に会いにだ」
「……は?」
俺は真顔で続ける。
「見つけたんだ」
「友達と呼べる人間を」
ディールが鼻で笑った。
「ふっ。お前、友達いねぇから心配してたんだよ」
「それは俺のセリフだ」
その時だった。
ギィ……
訓練場の扉が開いた。
振り向くと――
そこにいたのは、長い紫の髪の少女だった。
腕を組み、仁王立ちでこちらを睨んでいる。
……誰だ?
ディールが立ち上がる。
「女か」
「なかなか面がいい」
「ガイウス、お前どこで見つけた?」
「いや、知らない」
「はぁ?」
ディールは、そのまま少女に歩み寄った。
「遊んでやろうか」
……初対面でそんなこと言えるのか。
やっぱりこいつは変だ。
だが少女は、ディールを完全に無視した。
そのまま、まっすぐ俺の前まで歩いてくる。
「……訓練……私も……」
そこで言葉が止まった。
唇を噛み、首を振る。
そして、無理やり笑った。
「……ダッサ」
「授業後に訓練してるって噂になってたから来てみたけど……」
「本当にいるなんて見てられないわね」
俺は少し考えた。
なるほど。
ストレッチのことか。
「これは股関節を伸ばしてる」
「訓練前にやらないと怪我する」
少女が固まった。
「……はぁ!?」
「そんな話してないし!!」
「じゃあ、お前は何が言いたいんだ?」
少女の顔が真っ赤になる。
「とにかく!!」
「あなたたち、馬鹿!!」
そう言い残し、少女は訓練場を飛び出していった。
しばらく沈黙。
「……変な女だ」
だがディールは違ったらしい。
「顔はいい」
「合格だ」
……基準が分からない。
※
顔を洗いながら、紫髪の少女は小さく呟いた。
「……ムカつく」
少女の名は、リリア・アニー。
学園では、“アニー姉妹”として知られていた。
特に姉――エリア・アニーは別格だった。
“神の使い”。
そう呼ばれるほどの天才。
誰もが姉を見ていた。
リリアにも才能はある。
だが、姉と比べられた瞬間、すべてが霞む。
「エリアの妹」
その言葉だけで、リリアという存在は終わってしまう。
努力すれば、追いつけるかもしれない。
そう思ったことは、一度や二度じゃない。
だが、この国ではそれが許されない。
努力とは、神に選ばれなかった証明。
努力した姿を見られた瞬間、神官への道は閉ざされる。
だから、できなかった。
できるわけがなかった。
――なのに。
あの男は、笑っていた。
努力が楽しいと、心から笑っていた。
認めたくない。
認めたくない。
私の方が、正しいはずなのに。
その瞬間。
ズキッ――
頭に痛みが走る。
呼吸が浅くなる。
気づけば、リリアは廊下でうずくまっていた。
拳を強く握る。
涙が、ぽたりと床に落ちた。
「……絶対、負けない」
「あいつだけは……認めない」
「認めたら……私は……」
そこで言葉は止まる。
でも、 心の奥では分かっていた。
――認めた瞬間。
今まで信じてきた全部が、 壊れてしまうからだ。




