神官
「……もういい」
ルルム・ハーバドが低い声で言った。
「舞台に上がれ」
「思い知らせてやる」
舞台に二度も上がるのは初めてだった。
周囲の視線が、一斉に俺へ集まる。
……今日はいい日だ。
二回も、自分の実力を試せる機会をもらえるなんて。
俺は目の前のルルムに言った。
「ルルム、感謝する」
「……バカにしているのか、お前」
まだ怒っていた。 顔も真っ赤なままだ。
……なぜそこまで怒っているのか、正直よく分からない。
感情の制御は難しいと聞く。 魔法より苦労する者もいるらしい。
だが、俺には分からなかった。
怒りも、悲しみも、悔しさも。
俺にとっては全部、自分を成長させるための材料だったからだ。
なのに、感情を制御できない理由が分からない。
俺は少し首を傾げた。
「……苦労してるんだな、ルルム」
その瞬間、ルルムが歯を食いしばった。
「何が苦労しているだ!!」
「俺は神に選ばれた神官だぞ!!」
「俺が苦しむわけないだろう!!」
「そうなのか……」
俺は少し考えた。
そして素直に答える。
「でも、苦しそうに見える」
「……」
「ってことは、昔もっと苦労したのか」
「……可哀想だな、ルルム」
「神官である俺を憐れむなぁぁ!!」
叫びと同時に、ルルムの手のひらに白い炎が灯る。
白炎。
揺らめく炎が、地面へ放たれた。
次の瞬間。
炎が意志を持ったように、俺へ襲いかかる。
白炎が地面を焼いた。 石畳が赤く溶ける。
思わず、俺の足が止まった。
……さっきの生徒たちとは格が違う。
俺は横へ転がって回避した。
視線を戻すと、ルルムの周囲に白い光球が浮かんでいた。
「神火弾――行け!!」
無数の光弾が、一斉に俺へ迫る。
数が多い。 避けきれない。
俺は全身に魔力を纏った。
数発が被弾する。
だが――
「……大したことないな」
少し熱い程度だった。
避ける意味はない。
俺は右手に魔力を集中させる。
ルルムが眉をひそめた。
「何をする気だ……」
「魔法か?」
「見せてみろ……」
だが、途中でルルムの表情が変わった。
「待て……そういえば」
「俺、お前の魔法を見たことがない……」
俺は答えない。
代わりに、右手の魔力をそのまま投げた。
圧縮された魔力が、液体のように形を崩しながら飛んでいく。
そして。
ドンッ――!!
「がっ……!?」
ルルムの腹部に直撃した。
衝撃でルルムは吹き飛び、尻もちをつく。
見た目では、何が起きたのか分からない。
だが、魔力操作《感》が使える者なら分かる。
俺はただ、圧縮した魔力をぶつけただけだ。
腹を押さえるルルムの元へ、俺は歩いていく。
そして、声をかけた。
「ルルム」
「お前にも、これからいいことはある」
「……頑張れ」
「俺を……蔑むな……」
苦しそうに睨んでくるルルムを見ながら、俺は少し不思議に思った。
神官だからといって、強いわけじゃない。
俺より弱いルルムが神官で、俺は神官じゃない。
俺がルルムより強かったとしても、神官になれるわけじゃない。
なら――神官とは、何を基準に選ばれるんだ?
俺には分からない。
知っているのは、……神だけなのかもしれない。
※
俺がルルム・ハーバドと戦った翌日。
俺はいつも通り、教室へ入った。
だが――
俺の席に、机と椅子がなかった。
俺は、何もない空間をじっと見つめる。
すると周囲から、ひそひそと声が聞こえてきた。
「……天罰だ」
「神に逆らうから……」
……天罰?
誰かに神罰でも下ったのか。 可哀想に。
俺は少しだけ周囲を見回したが、苦しんでいるやつはいなかった。
……不思議だ。
まあいい。
問題は、もうすぐ授業が始まるのに、俺の机と椅子がないことだ。
……仕方ない。
俺はその場で、静かに腰を落とした。
空気椅子。
片手には魔導書。 太ももにしっかり負荷をかけながら、そのまま授業を受ける。
……なるほど。
悪くない。
いや、かなりいい。
教壇に立つルルムが、今日は妙にこっちを見ていた。
ちらっ。
また、ちらっ。
……何か気になるんだろうか。
だが、誰も何も言わないまま授業は進み、そのまま終了した。
授業が終わると、いつも通りディール・フォスターが目を覚ました。
大きな欠伸をしながら、こっちを見る。
「……ガイウス」
「お前、何してんだ?」
「ん?」
俺は姿勢を崩さず答えた。
「肉体訓練だ」
ディールが黙る。
俺は続けた。
「今日は運がいい」
「授業中に太ももの訓練が終わった」
「このまま行けば――今日こそ魔法訓練までいけるかもしれない」
俺は感動していた。
机と椅子がなくなったことで、新しい鍛え方を発見したからだ。
授業中に鍛えられる。 しかも、時間効率までいい。
……素晴らしい。
誰か知らないが、机と椅子を持っていったやつには感謝しないとな。
ディールが、少し引いた顔で俺を見る。
「……お前さ」
「変わってるよな」
「……いや」
「お前にだけは言われたくない」
一瞬の沈黙。
そして。
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
気づけば俺たちは、どっちが変人かを譲り合っていた。
……自分で神を超えたとか言ってるやつに、変人扱いされるのは、正直心外だった。
※
学園の廊下を、ズカズカと勢いよく歩く男がいた。
ルルム・ハーバド。
教官であり、神官でもある男だ。
ルルムは数日前、演習の舞台で大恥をかかされた。
生徒に神官の力を見せつけるつもりが、逆に返り討ちにされたのだ。
しかも相手は、学園一の問題児。
ガイウス・レム。
あの日、家に帰ったルルムは、悔しさのあまり一人で叫んだ。
そして決めた。
――復讐してやる、と。
神官に逆らえばどうなるか、思い知らせてやる。
そうして、ルルムの復讐が始まった。
一日目
最初にやったのは、机と椅子を消すことだった。
――お前に、この教室で居場所はない。
そう教えてやるつもりだった。
だが。
ガイウスは、空気椅子をしていた。
しかも妙に嬉しそうに。
ルルムは思った。
……意味が分からない。
二日目
今日は雨だった。
ルルムは、ガイウスの傘を隠した。
だがガイウスは、全身に魔力を纏い、雨粒を弾き始めた。
「……なるほど」
満足そうに頷くと、そのまま訓練場へ向かった。
ルルムは、雨に濡れながら立ち尽くした。
「……意味が分からない」
「はくしゅんっ!!」
三日目
今度は靴を盗んだ。
だがガイウスは、足元に魔力を集め、靴のように形成した。
魔力の足甲。
満足そうに訓練場へ向かう。
ルルムは木陰で頭を抱えた。
「……意味が分からない」
四日目
授業中、ルルムは質問した。
「始まりの開祖、イシア・ルミナの魔法系統は何だ?」
ガイウスは真顔で答えた。
「……その前に、イシアって誰だ?」
ルルムの思考が止まった。
その時だった。
「おい、ルルム」
「授業を続けろ。まだ授業中だぞ」
「……お前は未熟だな」
……なぜか、ガイウスに注意された。
五日目
最後は弁当だった。
ルルムは弁当を盗んだ。
だがガイウスは嬉しそうに言った。
「弁当がないおかげで、昼休みの時間が空いた」
「ディール。今日は魔法訓練までいけるかもしれない」
ルルムは立ち尽くした。
努力とは、神に選ばれなかった証明。
そう信じてきた。
なのに、なぜあれほど嬉しそうなんだ。
……意味が分からない。
その夜。
ルルムは明日こそガイウスを追い詰められると信じ、興奮して眠れなかった。




