混合魔法
「――流星剣。」
その言葉と同時に、 夜空が輝いた。
天から降り注ぐ、 無数の剣。
魔力で創造されたその刃は、 まるで流れ星のように、 美しい軌跡を描いていた。
だが。
それは、 美しいだけの魔法じゃない。
同時に、 圧倒的な破壊力を持つ殺戮の魔法でもあった。
《流星剣》。
単純。
だが、 極めて高度な魔法。
剣を手元ではなく、 指定した空間に創造する。
そして――
そこへ重力を付与し、 天から落とす。
黄魔法。
物質や意思を具現化する創造魔法。
赤魔法。
世界そのものへ干渉する現象魔法。
そして、 それらを同時制御する精密な魔力操作。
三つ全てが揃って、 初めて成立する混合魔法だった。
ディール・フォスター。
その異質な才能が、 夜空を埋め尽くしていた。
ドドドドドッ――!!
天から剣が降り注ぐ中、 ディール本人も地面を蹴る。
迷いは一切ない。
自分の剣が、 どこに落ちるのか。
全部、 把握しているからだ。
無数の剣は、 無差別に見えて違う。
星座のように。
一つ一つが、 計算された位置へ落ちていた。
そしてディールは、 天から落ちてきた一本の剣を掴む。
そのまま、 自分の剣へ変える。
「……行くぞ。」
剣先が、 エリア・アニーへ向いた。
だが。
エリアも、 一歩も引かない。
エリア最大の武器は、 精密すぎる魔力操作。
そして――
相手に、 気づかせないこと。
エリアを中心に、 半径十メートル。
そこには、 目に見えないほど微細な魔力が張り巡らされていた。
その領域へ踏み込んだ瞬間。
氷魔法。
重力魔法。
二つが、 同時に発動する。
近づくほど、 重くなる。
近づくほど、 冷たくなる。
足を奪い。
最後には、 命すら奪う。
《氷重結界》。
青魔法。
自然を操る属性魔法。
赤魔法。
世界へ干渉する現象魔法。
エリアもまた、 混合魔法の使い手だった。
―― ガイウス・レムは、 さっきこれに気づけず、 殺されかけた。
……だが。
ディールは違った。
結界の中へ踏み込んでも、 速度が落ちない。
凍らない。
止まらない。
まるで、 何も起きていないみたいに。
初めて。
エリアの目が、 少しだけ細くなる。
エリアは後退しながら、 氷魔法で迎撃するしかなかった。
本来なら。
この結界の中で、 動ける人間なんていない。
だからこそ。
エリアが、 自分から手を動かして対応すること自体が異常だった。
……なぜ、 ディールは動けるのか。
答えは単純だった。
ディールは、 自分の身体に重力を纏っていた。
結界の重力を、 自分の重力で相殺している。
さらに。
凍り始めた場所には、 振動を纏わせる。
パキッ――!!
凍る前に、 氷そのものを砕いているのだ。
重力。
振動。
二つの赤魔法。
それを同時に纏うことで、 エリアの領域を突破していた。
もはや、 常人には何が起きているのか理解できない。
だが。
戦況だけは、 誰の目にも明らかだった。
押しているのは――ディール。
エリアは、 頭上から降る流星剣。
目の前で襲いかかるディール。
その両方に対応し続けていた。
視線が。
上下に。
左右に。
絶えず動いている。
魔法展開。
魔力操作。
そして判断。
いくらエリアでも、 処理しきれる限界が近づいていた。
そして――
次の瞬間。
ディールが、 一気に間合いを詰めた。
ズバッ――!!
銀色の布が、 夜空に舞う。
エリアの袖が、 切り裂かれた。
血は出ていない。
エリアは後退しながら、 裂けた服を見る。
ディールは頭をかきながら、 余裕の笑みを浮かべた。
「女を斬ると、 寝覚めが悪くなるんでな。」
「傷つけず、 終わらせてやる。」
「まぁ――」
剣を肩に担ぐ。
「プライドと誇りは、 全部斬るがな。」
「死ぬよりマシだろ?」
エリアの表情は、 変わらない。
……だが。
拳だけが、 震えていた。
爪が掌へ食い込み、 血が流れている。
怒りを、 必死に抑えているのが分かった。
それを見たディールが、 さらに笑う。
「……さっきより、 好きになれそうだ。」
「まぁ、 まだマイナスだけどな。」
その瞬間。
空気が変わった。
白い冷気が、 夜の闇を染めていく。
殺気だった。
エリアが、 初めて感情を露わにする。
「……殺す。」
次の瞬間。
エリアの周囲に、 無数の水球が浮かび上がった。
氷。
重力。
そして――水。
三属性同時制御。
ここからが。
エリア・アニーの、 本気だった。
……なのに。
ディールは、 まだ笑っていた。
※
バシャァァン――!!
液体が、 空中へ舞い上がる。
それは、水だった。
だが。
ただの水じゃない。
まるで生き物のように。
軟体生物のように。
形を持たず、 意思を持ったように蠢きながら、
ディール・フォスターへ襲いかかる。
その瞬間。
ディールの表情が、 初めて少し変わった。
……警戒。
ドンッ――!!
大げさなほど高く跳び、 水の触手を回避する。
だが。
かわされた水は、 地面に落ちなかった。
宙に浮いたまま。
再び形を変え――
ディールへ襲いかかる。
避ける。
追う。
避ける。
追う。
完全な膠着状態だった。
エリア・アニーは、 一歩も動かない。
その場で、 頭上から降り注ぐ流星剣を処理し続けている。
一方ディールは、 水の追撃への警戒を一切緩めない。
互いに、 互いへ届かない。
……だが。
こうなると、 有利なのはエリアだった。
《氷重結界》。
結界は、 時間と共に広がっていく。
冷気は濃くなり。
重力は、 さらに強くなる。
周囲の景色が、 少しずつ白く染まっていく。
雪景色。
吐く息すら、 白く変わる。
ディールは、 すでに理解していた。
……長引けば、負ける。
その時。
背後から、 聞き慣れた声がした。
「……寒いな。」
「炎魔法とか使えたら、 便利そうだ。」
ガイウス・レムだった。
ディールは、 思わず笑う。
……こんな状況でも、 こいつは変わらない。
それが、 妙に安心できた。
だが。
現実は甘くない。
パキ。
パキパキッ――。
天から落ちる《流星剣》が、
エリアへ届く前に次々と凍っていく。
勢いを失った剣は、 地面へ落ち。
光の粒になって消えていった。
……もう、 《流星剣》は通らない。
完全に、 攻略されていた。
ディールは舌打ちする。
「……仕方ねぇ。」
次の瞬間。
ドォォン――!!
足元が爆ぜる。
赤魔法による衝撃推進。
轟音と共に、 ディールが一直線に突撃する。
握る剣には、 重力が纏われていた。
当たれば、 終わる。
そう断言できる一撃。
だが――
バシャァァァッ!!
大量の水が、 一気にディールを包み込んだ。
視界が、 青く染まる。
流される。
押し戻される。
エリアとの距離が、 強制的に引き離されていく。
そして。
ディールを包んだ水は、 そのまま宙に浮いた。
さらに膨張する。
巨大な水の球体。
逃げ場のない、 水の牢獄。
《水牢》。
青魔法と赤魔法による、 混合魔法だった。
内部では、 水流が絶えず渦を巻き。
中心へ。
中心へ。
飲み込むように、 身体を押し流していく。
……いい。
ディールの口元が上がる。
ここまでやれる相手は、 そういない。
剣へ、 限界まで魔力を流し込む。
ピキッ――。
剣にひびが入る。
……力で叩き斬る。
そう判断した。
だが。
その時だった。
エリアの声が、 水越しに響く。
「……教祖の子。」
「ディール・フォスター。」
「思ったより、 弱かったわね。」
ディールの目が、 細くなる。
エリアの右手は、 まだ水に触れていた。
魔力は、 まだ増えている。
そして。
エリアの口元が、 ほんの少しだけ動いた。
「……安心した。」
「私より、 弱くて。」
その瞬間。
ディールは、何も言わなかった。
ただ――
口元から、笑みだけが消えていた。
パキ。
パキパキパキパキ――!!
巨大な水球が、 一瞬で凍り始める。
内側から。
外側から。
逃げ場はない。
次の瞬間。
水牢は――
巨大な氷球へと変貌した。




