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04

 面倒な真似をせずに済むのに。


「美味しいね」


「はい」


「婚姻も先に済ませておきたい。邪魔される前にね。君の父親に許可を出してもらったら真っ先にしようね」


「はい」


 不安要素は父の婚姻の許可だが、果たしてすんなり娘の嫁ぐ行為を許してくれるのか。興味がなくても利用価値で留め置いている可能性もあるのだ。

 体が震えるほど怖かったがもう、父なんて信用しないと決めたので父の許可がなくても、駆け落ち同然の縁切りをしたい。でも、そうなると彼だって、自分を望まないだろう。


「どこの国なのですか」


 友人ではあるが、どこの国なのかは知らない。聞く気がなかったから。


「遠いよ」


「遠い?」


「君の母が簡単に来れないくらいね」


「それは朗報です」


 自宅に戻って一週間後、ラディシャに父から手紙が来た。婚姻の許可だ。思わず破り捨てたくなった。今まで散々、手紙を書いても返信が来なかったのに。

 無視し続けていたことがこれより、さらにわかったことだけだ。許可された嬉しさもない。よくもまあ今までの手紙のことすら言及もなく、婚姻の許可の手紙を寄越せたものだ。


 少しくらい、詫びの言葉もあるかと思いきや、ないのだから性格が終わっている。兄からも何もない。妹の婚姻など、人生の一つではなかったのだろう。とんだ家族だ。

 家族崩壊していたのだから、もう家族なんかじゃなかっただけか。家族と思いたかったのは自分だけだった。独りよがりだったのだ。笑った。


 ラディシャが待っているとパルットの馬車が家に止まる。泊まることなんてほぼないので、母も流石に気付く。

 外に出ると母も外に出てきて「なに?誰か来たの?」と質問してくる。しかし、誰も何も答えず馬車に私物が運ばれていく。花嫁になることを知らないらしい。


「え、どこいくの?長旅?お母様も行きたいわ」


 今から用意しても間に合わないのに、なにを言い出すのやら。呆れて、無言で乗り込もうとする。

 ぐいっと腕を掴まれる。なにか勘が働いたのか。こういう時のマーインはめちゃくちゃ五感が働くのだ。とっても卑しい。


「離して」


「お母様を置いていくなんて何様?親の言うことを聞いて、聞いたことを言いなさい」


「今日から結婚して嫁に行くだけです」


「……え?」


 本当になんにも聞かされていなかったのか。別に言っても構わなかったのに。きっと父からは母の愛情なんてないのだろう。

 ここまで妻を蔑ろにし続けるとは。離婚しないのも世間体だろう。益々不愉快だ。


「今日から出ていくので」


「え、そ、聞いてない」


 冷静に話してあげているというのに、この人ときたら逃さないかというように腕の力を増す。痛い。


「聞いてないわ!置いていくなんて!」


 青くなるからやめてと言うが、首を振って髪を振り乱す。子供っぽいなんてものじゃない、この人は子供そのものだ。


「嫁に行く私はいつかいなくなるんです。そんなのわかってましたよね?」


 説明して見てもイヤイヤと言い続ける。もう眺めるしか、できることはない。明日からこの屋敷で、一人になると本能でわかっているのだな。

 恐れていたのなら、唯一の同棲者に対して干渉し続けなければよかったのに。


「お、おかしいわ!おかしい!いつ会ったの?いつ話していたの?旦那様は知っているの?わ、私があなたは行かないと言っておくから、もう用意しなくていい。乗らないで!母親の命令よ!」


「それは困りますねー」


「な、だれ?」


 母の叫びが空に届いたと思えば、次に聞こえてきたのは間延びした声。


「僕の婚約者を離してくれ」


「この子は私のものよ。誰にも渡さない」


「いや?もう僕のものさ。あなたの夫ぎみから貰った」


「パルット」


 煽るなぁ、と内心頼もしさに笑みを浮かべた。母に負けず喰いつけるなんて、精神が鋼並みなのだなと思う。


「こっちへおいで、とは言ってもその太い鎖で来れないよな」


 母の腕を見ながら、彼は共に来ていた無骨な男たちに目配せすると母の体からラディシャを引き離す。


「何するの!勝手に触ったわね!?旦那様に言うから!」


「いやいや、許可は得ている。母親が抵抗したら取り押さえてもいいとね」


「ゆるさっ、え?」


 ヒステリックに叫ぼうとした女の唖然とした顔があるうちに、ラディシャは離れた。彼のそばに行くと腕をさすられる。母の腕力でヒリヒリしていたので、ちょっと今は触らないで欲しいけど空気を読んで言わない。


「ラディシャはあなたのものではない」


 その間に彼が色々母に言い始めて、こちらは何か言う暇もない。引導を渡すのはずっと自分だと思っていたのに。不思議な気持ちになる。


「ラディシャはあなたの娘だが、あなたではない」


 彼が言っても何とも思わない。過去の自身が昇華されていく。外は寒くも暑くもないのに温かい。


「あなたとは別人であり他人格だ」


 父や兄に母へずっとずっと、言って欲しかった言葉を投げかけていく。木の葉がさらりと周りに舞う。それを漸く視界に入れて、綺麗だなと初めて感じた。

 母マーインは口元をワナワナさせるのものの、怒涛に挟まれる言葉に頭の中がぐちゃぐちゃになり困惑して、混乱している様が見受けられた。


 ラディシャになにか最後に言うかと聞くパルットに首を振る。この屋敷で暮らしてきたときから、常に訴えてきた。しっかりやめてくれと言い続けてきたのだ。

 なのに、やめてくれなかった。

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