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03

 どこの家庭に権限を持つ人間を権限を持たないものに止められるのか。

 父はそれならば母より上の権限を付けるくらいの配慮を見せてほしかった。何もない貴族の娘になにを止められると?

 ため息を吐きながら報告していると、彼は考え込むようにこちらを見つめる。どうしたのかと首を傾げた。


「提案なんだけど」


「え、あ、はい?なんでしょう」


「偽装結婚に興味はないか?」


「へ、偽装結婚?」


 パルットの提案に目を白黒させる。どういうこと?と彼を見返す。彼はクスクス笑って冗談じゃないよと釘を刺してくる。

 冗談だと思ったけど、先回りで言われてしまう。困り顔で相手の言葉を待つ。契約結婚ということだろうか。利益や幸せを考慮して、小さく頷く。


「できればお願いしたいです。今の私の価値はゼロなので……義母があれでは婿にも着たくないと男性たちが話していたのも聞いたことがあります」


 口が軽くなっていたのだろう。顔を伏せながら告げる。嫁の行き先も絶望的だ。お見合いを何度かしたこともある。かなり昔だけど。


「お見合いをした時も、隣に座って相手の親に話しかけるんです。自分の話だけをして、娘の見合いということが頭から抜けてたのか、興味がなかったのだと」


 言葉に詰まる。あの時間はまさに地獄だった。早く終わって欲しかったし、終わったら終わったらでこの母親のことを噂するために話すのだろうなと、現実逃避に俯き続けていた。

 案の定、やはり翌週には母親が可笑しいと皆にせせら笑われていたので、予想通り。父と兄は家にいなかったので後に報告されたとは思うが、なにも言われずなにもなかった。一言諌めてくれればいいのに。


 それって、やっぱりお前は大切じゃないと突きつけられる結果だけが残る。娘のものを取る母親と残された家は、ドールハウスなのではないかと時たま思っていた。


「私は貴族の家の家族の展示品なのだと思います。わざわざ取り出して愛でるのが兄だけ、なのですよ。綺麗にして動かす。私も母も飾っておくだけ……特に母は勝手に動くので嫌だなぁとは思ってるんでしょうけど」


 一息つく。目の前にあるオレンジティーを飲む。


「私も飾りつけた人形の一つ。精々もう片方が動かないように、重しに使えないかと思ったのでしょう。私は前にも進まないお飾りの家にい続けたくありません」


 使用人たちだってただの従業員なんだから、何もできない。その代わり自分たちはいい給料を貰えて、好きに使えるという利点がある。

 ラディシャも使えるけれど、勝手に持っていかれるのだから好きに買えているとは、とても言えまい。

 彼らの方がずっと自由だろう。彼らには縁談や友好を壊す誰かがいないのだ。羨ましい、とてもとても羨ましい。


「わかった。進めよう」


「母が邪魔しますよ。そちらの家に乗り込んで行きます。危ないです」


「理解しているから」


 パルットは腕を組んでから上機嫌に笑う。店員に手を挙げて注文する。そして、こちらにも目を向けて「注文をしよう。奢りだ。僕らの未来が、輝かしいものになるからね」と言い出す。

 こちらは暗い顔をしていたのに、全く違う輝きに目を細めた。眩しすぎて思わず。その顔を見た彼はふふ、と笑う。


「君とこうして話すだけなのは寂しかったから、嬉しい。結婚したらもっとたくさん、話せるようになるよ」


 相手の内面をちょっとだけ知れてラディシャは笑みをほんのり上げた。パルットはそれを見て嬉しそうに店員へ色々言い出す。テーブルの上はオードブルで満たされていく。

 そんなに頼んで大丈夫なのかと聞くと、お金はあるからと懐を叩く。そういう意味もあるけど、食べ切れるのかという心配もあるのに。


 ラズベリーたっぷりのマフィンがテーブルに置かれると、乾杯をしようと彼は掲げた。そんなに嬉しいのだろうかと首を傾げる。自分にはそこまで価値はないと思っていたから。


「ラディシャ、ほら、たっぷり食べて英気を養ってくれ」


「あ、はい。いただきます」


 マフィンをかじると彼は嬉しそうに、こちらへ声をかけてくる。


「美味しい?」


「美味しいです」


「僕と結婚できて……嬉しい?」


「え」


 今決まったばかりに何か湧き上がることは難しく、あとから実感するのだろう。今聞かれて困った顔を浮かべたけれど、パルットはウンウンと何度も納得したように、何も言ってないのに自己完結させた。


「僕も嬉しいよ」


「私何も発言してませんよ」


「言わなくてもわかる。君は僕が好ましいから、結婚できたらきっと、もっと仲良くなれる」


 性格が二.五倍ほど明るくなったような気がする。いや、一.五倍くらいかな。倍は言い過ぎた……かも。

 マフィンを食べ続けて、他のものもと皿を前に出していく彼。こちらは困った顔のまま、何度も何度も食べている姿を見て笑う相手。


 困った。こういう時に微笑み返すスキルはない。あまりに人間関係を築けてなかったせいで人との関わり方をろくに知らないのだ。ラディシャには難易度が高い。


 オドオドしつつも、お腹が満たされると眠気が出てくる。連日、彼のことが母に知られやしないかと、不安で眠りが浅くなっているせいだ。

 人を雇い交友関係を知らせるのならば、金をばら撒いて自称友人でも作ればいいのに。そうすれば自慢でもなんでも、ニコニコして聞いてくれるはず。

 なぜそっちをしないのかと不思議に思う。本物の友達ではないかもしれないけれど、ラディシャの交友関係を無理矢理暴いて突撃をするよりかは、まだ範囲を絞れる。

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