夢と記憶①
「おねえちゃああん」
「なに、またあんたいじめられて来たの?今度はどこの子よ!」
「あのね。あのね。海流くんがね」
「何だ、今度は海流かよ。ったく、あいついつまでたっても気が弱いまんまだな」
「衛にいちゃああん」
「分かった分かった。場所はどこだよ」
「いつもの、こうえん」
「分かった。優里、瑠璃を頼むぞ」
そう言って駆けて行く衛兄ちゃん。
ああ、これは夢だな。それも、ずっとむかし。
私と海流がまだ小学校の1年生くらいだったころ。
「お姉ちゃん、ごめんね」
「なんで『ごめん』なの?」
「海流くんと一緒ににげようと思ったの、でも海流くんがるりは先ににげろって、だから」
「ふうん、海流もけっこうカッコいいとこあるじゃない」
そういうお姉ちゃんは中学のセーラー服を着ているから、やっぱりそうだ。
「まああとは衛にまかせて、私たちは家で待ってよう。とにかく瑠璃はまず顔を洗わないとね。可愛い顔がだいなしだ」
「そうかな。えへへ」
「さっきまで泣いてたのにあんた相変わらず現金だねー。あ、今日はお父さんもお母さんも早く帰ってくるから安藤さんとこと一緒にうちでご飯食べようってさ。おみやげ買ってくるって言ってたよ」
「ほんと!ケーキ!?プリン!?」
「さあ、どっちかなあ」
「プリンケーキ!」
「……海流は、この子のどこが良いんだろうね。まあ可愛いけどさ」
「なんの話?」
「子供にはまだ1億年早い話」
「ふうん。プーリン、ケーキ、プリンケーキ!」
「海流のこと忘れてるだろあんた」
ああ、お姉ちゃんだ、そこにいるのはお姉ちゃんだ。
あいたかった。あいたかったんだよ。
手を伸ばしてお姉ちゃんの手を掴もうとしたけど、私の手はすり抜ける。
あれ。もう一度。するり。
ああこれ、夢かあ。じゃあ無理か。
がっかり。
洗面所に行って、顔をじゃぶじゃぶと洗う小学生の私。
あらあ、床がびしょびしょだ。
タオルを持ってきたお姉ちゃんが、うわーって顔で私を見る。
「あんた、いつになったらちゃんと顔洗えるようになるの」
「え?ちゃんとあらえてるよ?」
「下見な、下!」
「あれ?すいどう、こわれた?」
「ああもう良いから。ほらこれに足置いて」
お姉ちゃんが水でびしょびしょの、私の足をタオルで拭く。
「あんたもさあ。小学校に入ったんだから、もう少しちゃんとできるようにならないとダメだよ」
「いかんにぞんじます」
「余計な言葉覚えないの!ほら、床拭くからそこどいて」
手際よく床を拭くお姉ちゃん。やっぱり、お姉ちゃんはしっかりしてるなあ。
それはいいんだけど、なんで私こんな夢見てるんだろう。
今日はアンディと出かけて、帰ってきて、いろいろ考えてたらちょっと疲れちゃって、ぱたり。
あれ?特におかしなとこはなかったと思うけどなあ。
まあいいや。嬉しいからこのままで。
「おーい!優里、いるかー!?」
玄関の方から声がする。
「はーい!衛、海流は一緒ー?」
「おう、ちゃんと連れて帰ってきたぞ。上がって良いか?」
「いーよー!海流連れて洗面所に来て!どうせ顔ぐしゃぐしゃでしょ」
「まあな。おじゃましまーす!」
ふたつの足音。
ひとつはどすどすと床を踏み、もう一つは少し軽い、とたとたと言った感じの音。
「悪い優里、洗面所使わせてくれ。ほら、海流」
そうして顔を出した男の子は海流だった。
小学生の頃から顔は整っているイメージだったけど、改めて今見てもやっぱり美形だ。ただ、今は片方の頬が少し腫れているし、涙のあとがついてるからちょっと減点。
「なに海流、殴られたの?」
「違う違う。瑠璃を追っ掛けようとしたガキどもにしがみついて、振り払おうとしたガキの肘がたまたま当たったらしいんだよ。殴られてたんならアレだけど、偶然じゃあな」
「そっか。で、衛が追い返したの?」
「いや、海流がそれでも離さなくて、そのうち諦めて逃げてったらしい。俺が行った時は海流一人だった」
「そっかー。海流、よく頑張ったね」
海流がこくり、とうなずく。
「るりちゃんにいたずら、しようとしてたから」
「そっか。えらいえらい。ほら瑠璃、ちゃんと海流にありがとう言いなさい」
「うん。ありがとう、海流くん」
海流はちょっと顔を赤くして。
「いいよ。次もぼくが、るりちゃんを守るから」
「おお。海流、格好良いなお前」
「いやー。お兄ちゃんにも見習って欲しいよね」
「え?なんで俺なの。俺助けに行ったじゃん」
「間に合ってないじゃない。カッコ悪」
「いやそれ俺のせいじゃねえし!」
「衛にいちゃんかっこわる」
「瑠璃ぃ、それはねえだろ」
「いいよ衛兄ちゃん。るりちゃんは僕が守るんだから」
「そんなこと言ってると、次は助けに行かねえからな」
「……いいよ」ぐす。
「うわ、大人げないな衛は」
「中学生は子供だ!」
「いかんにぞんじます」
「瑠璃お前そんな言葉どこで覚えたんだよ!」
「はいはい。もうすぐお母さん達も帰ってくるから、みんなで待ってようか」
「あのね海流くん、きょうはケーキとプリンなんだよ!」
「プリン、とケーキ?」
「そ!だから、ふたりではんぶんずっこにしよ!」
「……ぼくのは、るりちゃんにあげるよ」
「えー。やだ」
「……え、なんで?」
「だってさ、いっしょに食べたほうがおいしいよ!」
「……うん。じゃあ半分こ」
「うん!」
「ほら海流。とりあえず顔洗えって」
「あ、うん」
お姉ちゃんと衛兄ちゃん。そして海流。
それがあの日まで私達が過ごした、日常。
いつ、なぜ、それが壊れてしまったんだろう。
私は、自分の記憶を辿る旅に出る。




